特集インタビュー

日本人はグローバルビジネスでこう戦え! 日本人のチームワークと、現地スタッフとの相互理解が米国での成功につながる 「マルちゃん」でおなじみの東洋水産株式会社。同社の北米拠点であるMaruchan, Inc.は、米国やメキシコの即席麺市場でトップシェアを獲得し、高杉良の小説「ザ エクセレント カンパニー」のモデルにもなっている。取締役総務部長の吉村功さんに、23年間に及ぶ米国駐在の経験と日本企業が海外で成功する秘訣を伺った。

東洋水産 株式会社 取締役 総務部長 1979年、東洋水産入社。86年から23年間にわたり、カリフォルニア州アーバインにある同社米国法人Maruchan, Inc.に駐在。主に営業畑を歩み、カップ麺等の販路拡大に努めた。駐在中は同社取締役等を歴任。2009年に帰国して本社総務部長に就任し、11年6月から現職。

目次

  • 日本の強み
  • 海外で働く

日本企業・日本人の強みはチームワーク

 3年前に帰国するまでの23年間、米国のMaruchan, Inc.に駐在していた吉村さん。現地の人材をマネジメントし、販路拡大に伴う急成長を支えたひとりの吉村さんも渡米当初は商習慣の違いにとまどったという。
 「アメリカの場合、日本人の営業担当自身が実際にお客さまと商談するわけではなく、お客さまとの間にフード・ブローカーが入り、我々のセールス活動を代行するんです。例えばウォルマートとの商談でも、まずブローカーがウォルマートのバイヤーにアポイントを取り、そこに米国人セールスマン、営業や工場の駐在員などMaruchan, Inc.の社員が同行するわけです。こうしたアメリカ特有の商売の仕組みを理解し、ブローカーを交えた商談での駆け引きが分かるようになるまで、しばらく時間がかかりましたね。また、そうした商談の場では業界特有の言葉が飛び交います。それを理解でき、どういう内容を話しているのかが分かるようになるまで数年かかりました」
 だから、仕事は楽ではなかった。製造工場は土・日もほとんど休みなく動いていたため、吉村さんら営業方や、事務方も工場の人達と同じように、休みは週に1回程度だったという。
 加えて日本人駐在員の人数は限られていたので、ひとりで複数の役割をこなした。それだけに、日本人スタッフ間の風通しは非常に良く、いわゆる “ 部署間の壁 ” なども存在せず、「やらなければいけないことはこれだ。いまからでもすぐやろう」というように問題意識が共有できていたという。
 「英語でいうと “ いくつもの帽子をかぶっている(wear many hats) ” という状況です。私も営業に限らずいろいろな担当をさせてもらい、とても勉強になりました。私達の時代には、“この人のためなら一肌脱ごうや ” というような、いわゆる “ 義理人情の世界 ” 的なものも強く残っていたのです。自分が力を抜くようなことをすればその分、他の人に負担がかかってしまう。海外駐在という狭い世界のなかで同じ釜の飯を食べていれば、嫌でもそれが分かる。だから、本当にみんなが支え合っていました。そうしたチームワークが私達の強み、日本人の強みかもしれません。いまから思うと、駐在時代の全部が苦労といえば苦労ですし、楽しかったといえば楽しかったです」

現地スタッフとのコミュニケーションがカギ

「アメリカでは小学校のころから授業のなかで模擬裁判を行います。積極的に自分の意見を言うのが当たり前なんです」と吉村さん。グローバル人材には積極性が求められる、というのも説得力がある。

 日本企業が海外に進出した場合、現地スタッフとのコミュニケーションは大きな課題となる。いくら言葉ができても、例えばTOEICが900点の人であっても、英語を母国語とする人達と自由自在に意思疎通を図るのはそう簡単なことではない。ボキャブラリーが豊富でも、言い回しや隠語など、知らない言葉遣いが数多くある。吉村さんも日々言葉とは格闘した。
 「そんななか、私達が本当に助かったのは、セールスマンとして帰米二世の方がいてくれたことです。アメリカで生まれて、日本で育って、またアメリカに戻った方でした。残念ながら亡くなられたのですが、その方が私達と現地スタッフの間に入り、文化など、さまざまな面で橋渡し役になってくれました。また、日本で採用された日系三世の社員が、約26年にわたり、ずっとアメリカに駐在してくれています」
 この人達が、「言葉」ではなく「考え方」の橋渡し役として、日本人はこう考えている、ということを現地スタッフに伝えてくれた。また、逆に、現地スタッフがこういうふうに思っている、ということも吉村さんら日本人スタッフに教えてくれる。
 「現地の文化を分かっている人が、日本の文化も理解してくれて、それを現地の人に伝えていく。それができたからこそ、Maruchan, Inc.では現地スタッフが会社、そして私達日本人に協力してくれる態勢ができたのだと思います。
 私がアメリカに行って5、6年経ったころでしょうか。本当に会社が伸び盛りのときで、毎年物流の量が20%くらいの割合でどんどん伸びていました。朝から工場の前に、商品を待つトラックが並ぶんですよ。朝6時から出荷を始めて、それこそ夜の11時、12時くらいまで続く。特にラーメンの需要が多くなる冬場、クリスマスに近い時期などは、そういう日が何日も続きました。
 出荷業務の中心は、メキシコからの移民の従業員達でした。そのころ、物流の管理を任されていた私は、何回も同じ夢を見てうなされていました。メキシコ人達が『もう疲れたからこんな仕事は嫌だ』とボイコットしてしまい、自分が朝出社しても事務所に誰も来ていなかった、という夢です」
 彼らは夜中まで働いても、翌日には朝5時半くらいに出社して出荷の準備を始める。睡眠時間はせいぜい4時間くらい。そんな厳しい状況だから、いつ仕事をボイコットされてしまうか心配で仕方がなかった、と吉村さんは言う。しかし、彼らは最後まで頑張り、多忙極まる需要の最盛期を乗り切ってくれた。
 それはなぜかーー。彼らのなかに子どもが病気で困っている人がいると聞けば、その人の負担が軽くなるようにシフトを変えた。少し仕事が暇になったら、メキシコ人街のシーフードレストランに一緒に行って食事をご馳走した。結局、そういうちょっとしたことの積み重ねだった、と吉村さんは言う。
 「言葉だけではなく、気持ちを思いやることが大事だったのだと思います。メキシコ人達にも、『これだけ気を使ってくれているんだから、あいつの言うことも聞いてやらなきゃしようがないか』と思ってもらえた。言葉とともに気持ちが通じ合った結果ではないかと思います」

日本人はもっと相手の懐に入ることも必要

各国で販売されるさまざまな商品の前で。「例えば北米のカップ麺は、フォークでも食べやすいように比較的麺の長さを短くしているんですよ」と吉村さん。現地の文化・習慣を理解することが必要。

 長い間、日本から派遣される駐在員を見てきた吉村さん。思うように現地の人とコミュニケーションが取れないと、英語力に自信のあった人ほど落ち込んでしまう、という例をずいぶん見てきたという。
 「逆に、自分はあまり英語が得意じゃないのだから身振り手振りでやるしかない、と開き直っている人が、いつの間にか友達を大勢つくっていたりするんです。『思い切って相手の懐に入れば何とかなるだろう』と楽観的に考える人のほうが、海外駐在に向いていると思います。実際、そういう人のほうが、現地の人とうまくやっています」
 一般的に日本人は、異文化に自ら入っていこうという積極性が足りないのでは、とも指摘する。確かに、日本人は自分達と違うものに対して、恐怖心、警戒感からか、少し距離を置く傾向があるかもしれない。では、吉村さんはなぜ現地の人とも心を許し打ち解けることができたのか。
 「私はどちらかというと野次馬精神があるほうなんですよ(笑)。それが、無理せず、自然とその地の人々の輪に溶け込んでいけたという結果につながったのではないでしょうか。それに私の場合は、子どもを通じてアメリカ人と家族ぐるみのお付き合いをするようになったことが大きいですね。一番下の娘が10年ほど地元のチームでサッカーをやっていたので、週末になるとチームメイトの家族と何時間も過ごしました。ヨーロッパや中南米からの移民の家族もいましたね。試合がないときはみんなでバーベキューをやったり、ご自宅に呼んでいただいたりと、とても親しくしていただきましたし、いろいろな意味で助けてもらえました」
 確かに言葉ができるに越したことはない。しかし、それだけではない人と人との心の通い合いが可能になる環境をつくり、実際に心を開いて付き合った。それが、吉村さんが現地の人達に「いろいろな意味で助けてもらえた」理由だろう。

積極性こそがグローバル人材に求められる

 「日本企業はこれからグローバル化していかなければならない」「海外に出ていく必要がある」とよく言われるが、それはいまに始まったことではないと吉村さんは指摘する。
 「企業の海外進出は、何十年も前から行われていました。日本はすでにグローバルな大海に放り込まれているのです。日本のマーケットだけで成長を続けられたというのは、すでに過去の話。そもそも外から見れば、日本は非常に小さなマーケットだといえます。ですから、日本企業が小さなマーケットに留まることなく、外に出て行かざるを得ないのは当たり前です。ただ、注意してほしいのは、日本から外に出ることイコール、グローバル化するということではないということです。日本から、日本の基準で外を見るのではなくて、外から、グローバルな視野に立って日本を見てほしい。そういった視点で、私達は一体何をしなければいけないのか。そこを考える必要があると感じています」
 すでにグローバル化する世界の海に放り込まれている日本企業と日本人。では、そうした環境の中なかで生き残っていくためには、どういった資質やスキルが必要なのか。
 「難しい問いですね。でも、やっぱり積極性のある人。何にでも興味をもつことができる人が強いのではないかと思います。自分から何でも知りたいと思い、『何でこんなことになっているんだ?』と考える。そういう人のほうが、どんな仕事をやらせても受け身にならず、自分の力で進んでいきます。仕事に対して興味をもち、どうしていけばいいかを考え、周囲に自分の考えを広げ、周りの人を巻き込んでいく。そうした人材が求められます。
 海外で働きたいと言いながら、『アメリカやヨーロッパなら行くけど、インドや東南アジアは嫌だ』なんていうようでは、まったくグローバル感覚は育ちません。いろいろなところに行って、いろいろなことをやってみたいと思う人が、グローバルな人材ではないでしょうか。そういう人は言葉がうまく話せなくても、例えば中南米に入ってしまえばスペイン語が話せるようになってしまう。そうしたマインドをもった人こそがグローバルな人材であり、どこに行っても活躍できるんじゃないかと思います」

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