特集インタビュー

世界で戦う「理系」グローバルマネジャー  ITでは「技術」が 世界の共通言語 だから、腕を磨き続けよう 川島 優志 氏 Google グローバルウェブマスターマネジャー

Googleのグローバルウェブマスターマネジャーとして同社のWebデザインチームを率いる川島さん。さまざまな国籍、そして文化的バックグラウンドをもつ部下達に囲まれながら日々奮闘している。英語での密なコミュニケーションの重要性を認めながらも、「エンジニアならまずは腕を磨くことが大切だ」と熱く語る。

プロフィール
川島 優志(かわしま・まさし)
大学を中退後、単身渡米。ロサンゼルスのデザイン・プロダクションなどを経て2007年にGoogleに入社。東京のグーグル日本法人に勤務し、アジア太平洋ウェブマスターマネジャーを務める。2011年からはカリフォルニア州マウンテンビューにある米国本社でグローバルウェブマスターマネジャーを務める。

目次

  • 海外で働く
  • 語学より大切なこと

きっかけは1枚のCD-ROM
大学よりも仕事が面白くなりコンピューターの世界へ

川島さんが手がけてきたGoogleの「ホリデーロゴ」。何かの記念日や偉人の誕生日などに表示されるこのロゴは、江戸川乱歩や新幹線をモチーフにするなど遊び心に溢れている。

川島さんが手がけてきたGoogleの「ホリデーロゴ」。何かの記念日や偉人の誕生日などに表示されるこのロゴは、江戸川乱歩や新幹線をモチーフにするなど遊び心に溢れている。

 日本人として初めて「ホリデーロゴ」を制作するなど、太平洋を隔てて日米両国のGoogleで活躍してきた川島さん。小学3年生のころからゲーム機でプログラミングを始め、6年生のときにはPCを使うようになるなど早くからコンピューターには興味をもっていたが、高校に入ると一転、校内誌の制作を担当するようになったという。
 「プログラミングは趣味として続けていましたが、雑誌づくりを始めてからメディアが面白いと思うようになった。それで早稲田大学の第一文学部を目指したんです」
 高校卒業後は志望どおり、早稲田大学へ入学。ところが、川島さんは間もなくキャンパスでの勉強よりも再びプログラミングに夢中になる。きっかけはひとつのCD-ROMだった。
 「当時、早稲田祭が中止された年がありました。文化系の団体は発表の場がなくなって困っていたのですが、演劇や音楽、映画などのサークルの作品を全部入れたCD-ROMをつくったら面白いんじゃないか、という話が盛り上がって実際にやってみたんです」
 川島さんと仲間達は、学生ローンから借金をしてまでCD-ROMを製作。新入生全員に無料で配布した。すると、これが周囲で大きな話題を呼び、さらには新聞にも取り上げられた。その結果、川島さん達のもとにはCD-ROMやWebサイト制作の依頼が舞い込んでくるようになったという。
 「ローンを返すためにも仕事をしなくてはいけなかったのですが、引き受けた仕事がまた次の仕事を呼ぶ、といった感じでどんどん話が来るようになりました。マイクロソフトのWebサイトもつくったのですが、そうしているうちに仕事が楽しくなってきてしまい、大学は中退しました」
 フリーランスの同志と声を掛け合いWeb制作などの仕事に精力的に取り組む日々だったが、しばらくすると川島さんはひとつの疑問を抱くようになった。
 「ITやコンピューター系の仕事をしていると、グローバルで成功しているプロダクトやサービスは、例えばIBMであったり、マイクロソフト、アップルであったりと、すべてアメリカ発だったんですよ。『なぜアメリカという場所から次々とラディカルなものが生まれてくるのか?』という疑問の答えを探してみたくなったんです」
 そして2000年、川島さんはアメリカ行きを決意する。
 「コンピューターを使って仕事をしているのに、アメリカを知らないままでは進歩しないのではないか。例えばピザ職人だったら自分の腕を磨くために本場・イタリアに修業に行って一流を目指しますよね。そんな気持ちでアメリカを目指しました」

ほとんど通じなかった
受験英語
自分の力はWebデザインで
証明

ITやコンピューターの「本場」アメリカに単身乗り込んだ川島さん。当初は英語でのコミュニケーションに苦労したが、デザイナーとしての「技術」で周囲のリスペクトを勝ち取ったという。「何よりも『腕』を磨き続けることが大事です」。

ITやコンピューターの「本場」アメリカに単身乗り込んだ川島さん。当初は英語でのコミュニケーションに苦労したが、デザイナーとしての「技術」で周囲のリスペクトを勝ち取ったという。「何よりも『腕』を磨き続けることが大事です」。

 縁もゆかりもないアメリカに情熱だけをもって単身飛び込んだ川島さん。
 「アメリカに行きさえすれば何とかなると思って、何の予備知識もなくサンフランシスコに行きました。向こうに行ってからビザが必要なことなども知りましたし、いま思えば若気の至りでしたね(笑)。英語も大学受験でやったから何とかなるだろうと、高をくくっていました。でも実用英語は学校で習う英語とはまったく違い、だいぶ苦労しましたね」
 学生ビザならば手っ取り早く取得できると聞いて、さっそく川島さんはロサンゼルスに移ってビザをとった。だが、ほどなく学生ビザでは働くことができないと知り、自分で会社を立ち上げる。
 「もう自分で自分に労働ビザを出してしまおうと思ったんですよ。社長なら何でもできるだろうと。ところが、法律ではオーナーにはビザが出せない。会社をつくってからそれに気づきました(笑)。そうこうしているうちに、ビザを出してくれるというデザイン・プロダクションに出会い、そこに入って働くことになりました」
 川島さんは実用的な英語のほとんどをここで学んだと話す。
 「とにかく入社当初、僕の英語はひどいものでした。入って1年くらいして、僕を採用してくれたマネジャーと一緒に飲んでいたら、『いまだから言うが、君が最初に面接に来ていろいろ熱心に説明くれたけど、本当は何をしゃべっているのかサッパリ分からなかったんだ』と言われたくらいです(笑)。一生懸命しゃべっていたつもりだったのに、ショックでしたね。そんなに僕の英語は通じていなかったのか、って」
 そんな川島さんだが、仕事のなかで実用的な英語を見よう見まねで学ぶうちに、英語力はぐんぐん上達していったという。
 「仕事の現場でとにかく人の言っていることや書いていることをマネて、ビジネスで遜色なく英語が使えるようになろうと必死で取り組みました」
 一方で、川島さんのもつWebデザイナーとしての「技術」が、さまざまなシーンで身を助けたという。
 「英語がひどかったわけですから、自分の力はWebデザインの仕事で証明するしかなかった。その結果、周囲の人も敬意を表してくれるようになった。そしてコミュニケーションがどんどん広がっていき、英語の力も上がっていったという感じです。実力があれば、それを率直に認めるというのはアメリカ文化のいいところだと思いますね」

マネジャーとして要求される
繊細なコミュニケーション力

 2007年、大学時代にCD-ROMを一緒につくっていた仲間から、「Google の東京オフィスがウェブのデザイナーを探している」という話が届く。川島さんはアメリカに残りたいという気持ちも強かったが、「Googleだったら、たとえ日本に帰ることになっても、アメリカで得たものをそのまま活かせる」と考え、履歴書を送った。
 Google側もまた川島さんに好印象をもち、入社話はとんとん拍子に進んで約7年ぶりに帰国することになった。
 「入社して最初にやった仕事が東京オフィスのウェブマスターでした。本当に小さなチームでしたが、Webデザイン、サイト制作、ロゴのグラフィック作成など、『何でも屋』のようでしたね。エンジニアが関与しない部分は全部やるという感じで、ずいぶん手広く仕事をさせてもらいました」
 それから川島さんは、アジア太平洋地域のウェブマスターマネジャーという要職を任されることになった。
 「アジア太平洋のウェブマスターチームは僕がつくり上げていったので、自分がリーダーシップをとってマネジメントしていかなければならない立場でした。そこで結果が出たので『今度はグローバルでやってくれ』と」
 さらに2011年には、グローバルウェブマスターマネジャーとしてGoogle本社に抜擢。再度、アメリカが川島さんの活躍の舞台となった。
 アメリカ本社での川島さんは、さまざまな国籍・文化的バックグラウンドをもつ部下を率いる、まさにグローバルマネジャー。日々英語で密なコミュニケーションをとる必要がある。
 「今は部下とのコミュニケーションにベストを尽くしています。部下としては上司が自分を100%理解していないと不安に思うでしょうから。よく、『英語はハートがあれば大丈夫。心がこもっていれば伝わる』と言います。それも一理あると思いますが、すべての人に対してそれだけで通用するわけではありません」
 部下との面談の最中、“Selfish”という言葉を使ったがために人事部門で取りざたされたこともあったという。
 「大きな問題にはならなかったのですが、ネイティブの文脈のなかでは『そのときにその言葉を使うのは信じられない』ということだったようです。自分としては間違った使い方をしているつもりではなかったのですが……。英語でのコミュニケーションの繊細さ、難しさを実感した出来事でしたね。言葉だけでなく、考え方や文化を含めて体得していかないと、本当に語学力が上達することはないのかもしれません」

技術力は世界に通じる
リスペクトされるほどの腕を磨こう

卓越したマネジメント力と技術で日米のGoogleで活躍し続ける川島さん。「アメリカが内発的にもっている“Big think”がイノベーションを生んでいる」と指摘する一方、日本人も自身のアイデンティティを活かして世界を目指すべき、と語ってくれた。

卓越したマネジメント力と技術で日米のGoogleで活躍し続ける川島さん。「アメリカが内発的にもっている“Big think”がイノベーションを生んでいる」と指摘する一方、日本人も自身のアイデンティティを活かして世界を目指すべき、と語ってくれた。

 グローバルなIT企業を目指そうという若いエンジニアに対して、川島さんはこうアドバイスする。
 「まずは、何よりも先に腕(技術)を磨くことが大事です。僕がGoogleの前に入った会社でそうだったように、技術は身を助けます。語学力を磨くことももちろん大事ですが、言葉から入ろうとしないで、やはり自分のもっているもの、技術を高めていくことが一番重要だと思います」
 日本オフィスでも英語でのコミュニケーションが上手なエンジニアばかりではないが、エンジニアの場合は自身の技術によってコミュニケーションがとれている人も多いという。
 「結局、エンジニアの場合はコードで話ができるんですね。その人がどのレベルにあるのか、というのはコードを見れば一目瞭然です。面接でも一問一答するよりも、その場でコードを書いてもらって、その合間にいくつか質問するだけでだいたいその人の力量は分かります」
 Googleでは実際、そうしたハンズオン形式の面接を実施しているという。
 「エンジニアとしてのレベルが高ければ、そこからリスペクトが生まれ、コミュニケーションも広がっていきます。特にIT・コンピューター系の用語というのはもともとが英語ですので、エンジニアは基本的にコミュニケーションとか人間関係をつくりやすいポジションにいると言えるかもしれません」
 川島さんは、グローバルな活躍を目指そうとしているエンジニアに、語学力を理由に諦めないでほしいとエールを贈る。
 「英語ができないから、コミュニケーションが十分にとれないから諦める。それでは何も始まりません。とにかく挑戦してみないと。エンジニアはまずは自分の力が世界のなかでどれくらいのレベルにあるのかを自覚すること。そして、世界で通用する、リスペクトされるレベルにあるという自信があれば、もう迷わず世界を目指せばいい。コミュニケーション力は後からついてきますよ」
 最後に、「ITでのアメリカの強さ」を探しに本場に渡った川島さんに、その答えの一端を教えてもらった。
 「アメリカ人の一流エンジニアなどと話していると、言い方は変ですが、『この人は少し頭のネジが外れているんじゃないか』と思うほど突飛で大胆なアイディアを出してくることがある。これは大きな発想、“Big think”をしやすい土壌がアメリカの文化にもともと内発的にあるからでしょう。夏目漱石は文化を語るうえで、『内発的・外発的』という言葉を使いましたが、コンピューターやITはまさに“Big think”が内発的に生み出したものだと強烈に感じましたね。日本では、例えばアニメーションなどは自国文化が内発的に生み出したコンテンツといえるでしょう。日本も自身のアイデンティティを活かして世界で勝負していくことが大事だと考えています」

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