特集インタビュー

日本屈指の大手商社、伊藤忠商事で企業内弁護士として活躍し、2013年4月より同社最年少、女性としては大手商社初となる執行役員に就任する茅野さん。03年には世界経済フォーラムから「次世代のグローバルリーダー100人」にも選ばれるなど、弁護士としてグローバルに手腕を発揮してきた茅野さんに、弁護士という専門分野を生かしながら、グローバルビジネスで活躍する秘訣を伺った。

米国で名門女子大スミス・カレッジ卒業後、コーネル大学の法科大学院を修了。カリフォルニア州弁護士資格を取得して現地有数の国際法律事務所に入社。サンフランシスコ、香港、東京などで勤務し、1999年にパートナーに昇格。2000年に伊藤忠商事に入社し、同社の企業内弁護士となる。10年に法務部長代行、13年4月1日より執行役員、法務部長に就任。

目次

  • リーダーシップ
  • コミュニケーション能力

企業内弁護士は「町の開業医」。
会社の法律問題を広範にサポート

 2000年に伊藤忠商事に中途入社した茅野さん。それまでは、カリフォルニア州の大手国際法律事務所Graham & James LLP(現Squire Sanders & Dempsey)のパートナーとして、世界をまたにかける国際派弁護士だった。伊藤忠商事への入社によって、「企業内弁護士」として活躍することになったわけだが、同じ弁護士という職業にもかかわらず、仕事の進め方や立場はずいぶん変化したという。
 「アメリカの法律事務所は一応、会社組織になっていますが、“一匹狼”の集まりのような面があります。パートナーに昇格すれば、営業の手腕が要求されます。つまり、仕事を取ってこなければならないのです。自分と秘書の給料分に加えて、さらに若い弁護士2人分くらいの収益を会社にもたらさなければなりません。それができなければ、パートナーとして失格となってしまいます」
 それに対して、企業内弁護士は、自らが営業することはなく、純粋に企業の法務面のサポートを求められる。弁護士として、より自分の専門知識を駆使することに集中できる。
 仕事の関わり方にも違いがある。法律事務所では、クライアントから大きな案件を受注した場合、いくつかのチームに分かれて対応することになる。いわば“分業化”されるのだが、そのため個々の弁護士が担当する範囲は、巨大な案件のごく一部にすぎない。
 一方で企業内弁護士は、企業が抱える法務問題について全体から巨視的に関わっていく。会社の営業部門からもちかけられるさまざまな法律問題に対し、法律の専門家として適切なアドバイスを行う。守備範囲はとても広範なのだ。
 茅野さんは、こうした企業内弁護士を“町の開業医”に例える。法律上の問題を抱えて具合が悪い営業マンは、とりあえず企業内弁護士に相談する。さらに精密検査や大きな手術が必要なときは、外部の“専門医”である法律事務所とチームを組んで完治を目指す――という図式だ。
 伊藤忠商事の場合、新規の海外プロジェクトについては収益性や法的リスクなどさまざまな角度から複数の部署でチェックするが、なかでも法務部の審査は非常に重視されている。法務部は、単に法律上の確認だけでなく、治安、事業に対する社会的な評判といった観点も含めて会社としてプロジェクトに着手すべきかを全般的に見ていく。
 「営業の現場に近いところで仕事がしたかった」。茅野さんは同社への入社動機をこう語る。「法律事務所時代、クライアントのひとつに弊社があったのですが、そのころ、中国に海苔の工場をつくる事業とか、東南アジアにプラントを輸出する事業などを展開していて、そうした案件の多様さも魅力でしたし、何より当時、一緒にお仕事をした営業の方たちが魅力的でした。弁護士として法律事務所で専門性を高めていく道もありましたが、さまざまな国と分野で商社が手がける事業に法律家として参画するスタイルに強い魅力を感じました。海外案件では法的なグレーゾーンも多いのですが、そういう点にこそ、企業内弁護士の仕事の醍醐味もあるんです」
 2010年には法務部長代行となり、12年にはフィンランドのパルプメーカーMetsa Fibreの買収などで実績を積み上げ、この4月に法務部長(執行役員)に就任する。

TPP、独占禁止法……変化する事業環境。
法務に求められるストラクチャリング

グローバルビジネスの最前線で、弁護士として活躍してこられた茅野さん。交渉のスペシャリストでもある茅野さんは、グローバル人材に必要なコミュニケーション能力は意識をもって鍛えることで身につけられると力説する。

 長年、企業法務をサポートしてきた茅野さんは、いま企業を取り巻く環境がものすごいスピードで変化していると感じている。
 「新興国を中心に、経済発展に対応するための法律の整備が進められています。企業活動に関係する法律や税法、財務・会計に関するルールづくりなどに関係する法律のできるスピードが速くなりました。新しいプロジェクトでは、こうした法律上の諸々の要因、ほかにもファイナンス、マーケティングといった視点も併せて、事業の収益性やリスクを判断しなければなりません。この事業は税金の取り扱いでは有利だが、会社法の規定では好ましくない点もある、といった感じです。変化し続ける企業環境に関する情報をいち早く入手しながら、こうしたストラクチャリング(事業のメリット、デメリットを分析しながら、最適な手段、手法を検討すること)を行うことも法務部の大事な仕事です」
 なかでも茅野さんは、商社のグローバル戦略で特に気を付けなければならない法律として「独占禁止法」を挙げる。
 「世界はどんどん狭くなっていると感じます。『域外適用』と呼ばれる法律上の取り扱いがありますが、例えば、アメリカの会社と合同で買収事業を行ったとき、日本とアメリカだけでなく、ほかの地域の独占禁止法にも違反しないよう届けを出さなければならないケースもあります。買収には直接関係のない中国で提出しなければならないこともあります。手続きに数カ月もかかることもあって、その間は事業がストップしてしまいます。これもリスクとして考えなければならない要因のひとつです」
 そのほかにもTPPや自由貿易協定、国際会計基準などあらゆる面で、グローバル事業をめぐる環境は刻々と変化している。企業にとって法務面をはじめとするこうした制度への対応は、極めて重要な課題となっているのだ。

伊藤忠も採用で重視するコミュニケーション能力
アンサープラス――。相手への気遣いはできるか?

 このように企業を取り巻く環境がめまぐるしく変化するなかで、グローバルに活躍するための要件として、茅野さんは一貫してコミュニケーション能力の重要性を指摘する。伊藤忠商事の法務部での採用の際もコミュニケーション能力の高さを重視しているという。コミュニケーションのポイントとして茅野さんは「聞き出す能力」、「答える能力」、「伝える能力」――の3つを挙げる。
 「聞き出す能力」とは、情報収集のための能力でもある。
 「アメリカの法律事務所では、クライアント・インタビューがいかに大切かを学びました。顧客はすべての情報を話しているようでも、実は大切な情報を隠していることが少なくありません。意図的か否かは別として、顧客は『それほど重要ではない』と思って話さないのです。クライアント・インタビューでは質問の方法を工夫したり、深掘りして聞きだす能力が必要です。これは企業内弁護士も同じです。営業部門の担当者が法務部に相談してきた場合、大事な情報をきちんと聞き出し、問題を顕在化させます」
 こうした聞き出す能力は、契約交渉の場でも応用できるという。契約書は中身が全部重要というわけではなく、譲歩できるところ、反対に絶対に譲れないポイントがある。交渉相手の落としどころを読み取るためにも、聞き出していくスキルが要求される。
 そして、「答える能力」――。
 「具体的には、弊社の英語試験でも重視しているような『アンサープラス』が重要です。コミュニケーションを進めていくうえで、相手への気配りや気遣いも大事ですし、会話が発展していくような受け答えをしなければなりません。よく外国人とのスモールトークが続かずに困るといった話を聞きますが、単に質問に答えるだけでは、会話はそこで終わってしまいます。相手がなぜそんな質問をしたのか、どう答えれば会話が発展するのかを考えながら、答えに何かを付加していくのです」
 最後に、「伝える能力」。日本人が苦手としがちなロジカルな説明能力についても、トレーニングによって身につけることが可能だという。
 「難しい専門用語を使う必要はありません。むしろ、いかに普通の言葉で伝えられるかが大切です。実際にやってみるとこれが難しい。そして、ロジックを鍛えること。ロジックはトレーニングで確実にスキルアップできます。例えば、ある自動車を買う理由を5分間で説明する。いくつかのロジックのフォーマットに沿ってトレーニングするんです。私はアメリカの高校でパブリック・スピーキングのクラスを積極的に取って鍛えました。どのようなトピックでもよいので繰り返しトレーニングすることが大切です。また、ディベートも相手を説得するためのとてもいい訓練になります」

「働きがいのある会社を作りたい」
――初の女性執行役員として

社外にもネットワークを広くもち、自分を客観的に見ることがキャリア形成や成長へのヒントになると語る茅野さん。グローバル企業で重責を担う現在も、積極的にセミナーに参加したり、声楽家として活動していることを楽しそうに話してくださいました。

 日本は女性の社会進出に関してほかの先進諸国に遅れていると指摘される。日本の有能な女性が日本でキャリアを積めないことを理由に、海外へ流出することも少なからず聞かれるところだが、こうした現状について茅野さんはどのように考えているのか。
 「社会人としての女性を見た場合、男性に比べていろいろな選択肢があります。女性のほうが男性よりも転職しやすいとか、学校へ行ってもう一度勉強してみようとか……。きちんとした目的があって方向転換することは悪くはないのですが、まずはその場で、自分のスキルアップを目指すことのほうが大切だと思います。簡単にあきらめないほうがいいと最近思うようになってきました。それと、自分の置かれている立場が客観的に見えるシステムをもったほうがいいと思います。自分の会社の外にネットワークを広くもつと、自分のことがよく見えてきます。私も外部のセミナーに参加してみたり、なるべく社外の人と会う機会をつくったりして、いろいろ情報交換をしています。先日はアメリカの商工会議所の『How to disagree agreeably』(同意しないことを快く受けてもらう方法)」というワークショップにも行ってきました。
 海外での豊富な経験を活かして企業内弁護士として専門性を遺憾なく発揮してきた茅野さん。法務部長、執行役員としてマネジメントというさらなる重責を担う茅野さんがいま考えているのは「働きやすい会社ではなく“働きがいのある会社”を築いていくこと」だと明るい笑顔で語ってくれた。

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