特集インタビュー

 日英中のトライリンガル。 中国人と同じ目線で語り合い、 ソニー中国進出の地盤を固めた

 幼少期より北京で暮らす。北京大学文学部卒業後、1992年ソニー株式会社入社。市場調査、海外マーケティング、広報、新規事業立上げなどの業務を担当。その間、中国に4年半滞在。その後、ソニー・ピクチャーズエンタテインメント米国本社で広報・ブランディング関連活動を経験。2006年ケロッグ経営大学院にてMBA修了。その後、A.T.カーニー株式会社、デル株式会社、バイドゥ株式会社、グリー株式会社入社を経て現在に至る。

目次

  • 日本と外国の橋渡し
  • 新興国事情

中国人との直接対話を16都市で実施

 両親の仕事の関係で幼少時から中国に暮らした添田さん。そのため「母国語は中国語と日本語」。ソニーに入社して3年目に中国行きを命じられたのも、その経歴を買われてのことだ。しかし、「中国で何をすれば?」と上司に尋ねると「白い紙に自分で考えて地図を書きなさい」との答えが返ってきた。
 「上司にそう言われて、考えたんです。当時は1990年代半ば、ソニー製品がようやく中国市場に並びはじめたころ。しかし商品を売るだけでは中国ビジネスは成立しません。必要なのは現地とのコミュニケーションでした。ソニーという海外からやってきた“異物”を中国に受け入れてもらうためには、私達が現地と同じ目線をもって自分達のことを紹介し、かつ現地のニーズを日本にフィードバックしなければならない。そうして中国の方々にとって身近なブランドとして受け入れてもらいたかった。いわば、私達は日本のアンバサダー(大使)になる必要があったんです」
 それは日本企業にまつわる偏見を取り去るための作業でもあった。例えば当時、多くの中国人は「日本企業は三流品を中国に売っている」と考えていた。そのために取り組んだのは、現地の社員、顧客、取引先との「草の根」的なコミュニケーションだ。特に添田さんはユーザーとの直接的な対話に尽力した。
 いわゆる『タウンホールミーティング』です。日本からトップマネジメント、エンジニア、マーケッターなどのメンバーを呼びよせ、中国のみなさんに語りかけました。それは単なる商品説明会ではなく、もっとダイレクトなコミュニケーションなんです。なぜ中国向けにこの商品をつくったのか、そこにかける思いはどんなものか。そうした商品の背景と私達の思いを中国のみなさんにぶつけ、また彼らの本音を聞く。それが中国と日本の間にある精神的な距離を縮めると私は考えました」
 そのために、北京をはじめとした中国の主要都市16カ所を巡りタウンホールミーティングを実施。成果は商品を知ってもらうだけにとどまらなかった。
 「中国の大学生に対して『卒業したらどんな企業に就職したいのか』という調査をしたことがあります。中国に進出した初年度の調査では、ソニーはトップ50にも入りませんでした。しかし4年後、私が中国を離れるころには、日本企業として唯一トップ10入りを果たしたんです。つまりソニーが、現地の人達にとって身近なブランドとして中国で認めてもらえた。苦労が実りました」と添田さんは胸を張る。

「ガラスの壁」をつくらないコミュニケーション

ソニー製品を中国の人に知ってもらうため、現地ユーザー向けにさまざまなコミュニケーションイベントを開催した。

ソニー製品を中国の人に知ってもらうため、現地ユーザー向けにさまざまなコミュニケーションイベントを開催した。

 海外で事業をゼロから立ち上げるために最も必要なことは何か。添田さんの答えは明快だ。それは「相手の目線に合わせて、相手が分かる言葉でコミュニケーションしていくこと」。タウンホールミーティングはまさにそのための試みだった。
 「自分達が言いたいことを一方的に伝えているうちは、コミュニケーションは成立しませんし、ビジネスも立ち上がりません。実際、中国における日本企業の成功事例をみると、現地のニーズに合わせてビジネスモデルをファインチューニングしています。つまり、日本での成功体験を無理に中国に押しつけようとしていない。中国人はみな日本の技術力は認めています。しかし日本のサービス、ノウハウといったものを売ろうと思ったら、もっともっと現地の目線に合わせなければいけない」
 こうした添田さんの視点は、従来の日本企業からは生まれにくいものかもしれない。添田さん自身、幼少時から中国で暮らした経歴が影響していると考えている。
 「常にアイデンティティクライシスの感覚がありました。中国にいると、ことあるごとに『日本人はどう思うのか』と聞かれました。また日本に帰ってくると『中国人はどう思うのか』と聞かれる。挙げ句、中国にいても日本にいても『あなたは何人なんだ』と言われるんです。答えられるはずがない。それが自分の悩みでした。でも、あるときから自分は2つのアイデンティティの持ち主だと考えるようにしたんです。日本人と話をするときには日本人が分かる考え方でコミュニケーションしよう、中国人と話をするときは中国人が分かる考え方で、と」
 相手の目線に合わせること。それがあれば言語や文化、生活習慣の違いも乗り越えることができる。ソニー時代、中国に対して心をひらくことができない日本人とたびたび接する機会があったという添田さん。彼らは、中国という自分とは異質なものに対してコミュニケーションをすることができなかったのだ。日本から出張してきたある年配のソニー社員は中華料理になじめず、毎日和食を食べていた。「それではお互いの間に“ガラスの壁”をつくってしまうことになる」と添田さんはいう。
 「仮に、アメリカ人が日本にやってきて『和食が苦手です、アメリカの料理でないと食べられない』となったら、私達はどう感じるでしょうか。そこでひとつのガラスの壁ができてしまうんです。つまり、お互いに顔は見えるのに言っていることが聞こえてこない。心が閉じてしまっているからです。でも半歩でもいい、自分から相手のほうに踏み出していくだけで状況は変わります。例えば、月1回でもいいから現地の人達とランチを食べてもらう。そうして少しずつコミュニケーションを重ね、彼らの言葉、彼らのロジックを理解する。そのうちに、彼らも本音で語ってくれるようになりますし、日本人も本音で語ることができるようになるんです。進出しようとしているのは私達。であるなら、私達のほうから手を差し伸べていかなくてはいけないんです」

個をもたなくては「顔の見えない日本人」のまま

 添田さんは、中国のほかにもアメリカでの滞在経験がある。そこで学んだのは「個」をもつことの大切さ。それはグローバルマネジャーにとって必要不可欠なものだと添田さんは考えている。
 「中国の大学でも、ケロッグのビジネススクールでもそうだったんですが、『あなたはどう思うのか』とすごく聞かれるんです。日本と違い、みなが自分の意見を言い合うのが当たり前。ビジネススクールでは、授業中に先生が質問するとみんなが一斉に手を挙げました。クオリティの高い質問ができたかどうか、それが採点の対象になっているからです。ほかの学生にとっても知的チャレンジングである質問ができたら、その場に対して大きな貢献をしたことになる。だから評価されるというわけです。それはビジネスシーンでも同じ。個をしっかりもち、自分なりのロジックをもって話をしていかないと、多くの群集のなかのひとり、顔の見えない人間になってしまいます。それは、その場に対して価値を生み出すことができない人間と見なされる、ということでもあります」
 ときに「顔の見えない日本人」と揶揄されることがあるように、日本人は集団による意思形成を重んじ、「個」の感覚が希薄だ。しかし、添田さんは断言する。「個」をもつことは、言語習得以上に大切であると。海外で活躍できる人材になろうと思ったら、顔の見える日本人にならなければいけない。
 「日本にいるときから、トレーニングをしておくことが大切です。常に自分の意見をもつこと。誰かの意見に同意するときであっても、『○○さんの意見に賛成です』で終わりにしてはいけない。なぜ賛成なのか、自分にとって大きな論点はどこにあるのか、それをしっかり考えること。グローバルマネジャーに求められるスキルやマインドセットはさまざまですが、『個』をもつことは、すべてのベースになってくると思います」

「生きた言語」を学ぶ機会をもってほしい

教科書を通じて学ぶだけではなく、「生きた」言葉を学ぶと相手との距離がぐっと縮まる、と語る添田さん。

教科書を通じて学ぶだけではなく、「生きた」言葉を学ぶと相手との距離がぐっと縮まる、と語る添田さん。

 添田さんは、日本語、英語、中国語のトライリンガルだ。これからの時代、英語は世界共通語として否応なく勉強する必要がある。「加えてもう1言語習得しておくのがベター」というのが添田さんの意見だ。
 「中国語でなくても、ロシア語でもフランス語でもいいんです。通訳を介してコミュニケーションをするのと、自分の耳で細かなニュアンスまで理解するのとでは、コミュニケーションの濃度がまったく違う。すると、現地の人々の懐に入りやすくなるわけです。ビジネスがしやすくなるというのもありますが、言語の楽しさ、コミュニケーションの楽しさが一段と増します」
 添田さんが意識的に学んだのは英語だ。北京大学を卒業後、カリフォルニアに語学留学した。そこで得たものは「生きた英語」だった。
 「つまり、英語のコンテクストのなかで英語を覚えるということ。これは教科書を通じて学ぶ英語とは違う、生きた英語なんです。北京にいたころ、日本語の達者なアメリカ人に『添田さんは口が悪いですね(笑)」と冗談で言われてびっくりしたことがあります。『口が悪い』という言葉は教科書には出てこない、生きた日本語です。これを聞いた瞬間、お互いの精神的な距離がぐっと近づくのを感じました。これが、生きた言葉の効用です。お互いの文化を理解し、コミュニケーションを深めていくためにとても有効。それは、相手が英語圏の人間であろうと、中国圏であろうと、そのほかの言語であろうと同じ。生きた言葉を学ぶ機会があるなら、ぜひ体験してほしい」
 現在、添田さんが習慣としているのは、原書による読書だ。
 「翻訳書ではなく、原書で読むところがポイントなんです。翻訳書も素晴らしいですが、やはり原書に比べると細かいニュアンスが伝わってこない。その点、原書には生きた言葉に触れる楽しみがあります。いきなり1冊を読破するのは難しくても、少しずつ慣れていくといい。日本にいながらにして、生きた英語を学ぶ方法のひとつですね。今すぐ英語を使う機会がないという人であっても、これだけビジネスがグローバル化している昨今ですから、将来的に英語を使ってビジネスをやるんだという意気込みがあると語学は楽しくなります。特に、生の言語を学ぶほどに、異文化の人達とのコミュニケーションがいかに深いものであるかが分かってくる。私が思うに、語学ってただの勉強じゃないんです。新しい、楽しい体験をつくるためのツールだと考えると、きっとはかどりますよ」

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