特集インタビュー

交渉成功のカギは信頼感とwin-win精神―― 多様性を受容する大きな気持ちをもって スポーツビジネスの最前線で活躍する

菊地広哉氏 きくち・こうや IMG シニア バイス プレジデント マネージング ディレクター ジャパン 1981年博報堂に入社し、海外スポーツイベントの開発や、Jリーグ設立など、スポーツマーケティング事業に携わる。博報堂ドイツを経て退職。いったんスポーツビジネスからは離れるも、GEキャピタルジャパン、マイクロソフトを経て、IMGに入社した。

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スポーツ選手を交渉ごとの不安から解放するのが仕事

数々の世界的アスリートのマネジメントやビッグイベント開催など、スポーツマネジメントに長年かかわってきた菊地さん。「スポーツ選手を交渉ごとの不安から解放するのが仕事」と語る。

数々の世界的アスリートのマネジメントやビッグイベント開催など、スポーツマネジメントに長年かかわってきた菊地さん。「スポーツ選手を交渉ごとの不安から解放するのが仕事」と語る。

 菊地さんがスポーツビジネスにかかわるようになったのは、博報堂に入社して3年目のこと。国内外のスポーツイベントの開催、スポンサーシップ商品の開発を行う新部署に配属されたのがきっかけだった。
 「当時はまだ何の実績もなかったのですが、米国のゴルフイベントのスポンサー権購入を日本企業に仲介するなど、グローバルな仕事も任されていました。私に声がかかったのは、米国留学の経験があって英語での日常会話が多少できたせいですかね。もともとスポーツには興味がありましたし。私とスポーツビジネスとの出会いはこのころが原点です」
 博報堂では海外スポーツイベントの開発や、Jリーグ設立など、スポーツマーケティング事業に長年携わった後、同社を退社。キャリアのなかで一時、スポーツビジネスから遠ざかったこともあったが、現在はIMG日本支社の代表を務める。
 そのIMGは世界最大規模のスポーツカンパニーとして知られる。1960年、米国クリーブランドの弁護士マーク・マコーマックと、彼の同級生だった若き日のアーノルド・パーマー(ゴルフ界のスーパースター)がマネジメント契約を結んだことが発端だ。「アスリートと法律家は、ビジネス上の補完関係にあるんです。つまり、スポーツ選手が経済的不安、交渉ごとの不安から解放されて、最高のパフォーマンスを発揮できるように支援する。そこに私達の役割があります」
 A・パーマーとの契約以来、アスリートのマネジメント事業は拡大、ノバク・ジョコビッチ、マリア・シャラポワ、浅田真央、錦織圭、室伏広治といったトップアスリートをクライアントに多数抱えている。並行して事業の多角化も進められ、現在ではイベント開催に映像制作、テレビ放映権の販売、ライセンス事業、スポンサー企業向けコンサルティングなども手がける。
 「加えて選手の育成にも力を入れており、フロリダにある『IMGアカデミー』ではアスリート養成所として約600人を集め、錦織圭らを輩出しています。我々はスポーツビジネスに関するさまざまな場面で、選手や企業、メディアのサポートをさせてもらっているんです」

相手を言い負かして結んだ関係は長続きしない

 このようにスポーツビジネスを幅広く手がけてきた菊地さんがこれまで協働してきたパートナーは、国内外のアスリートに始まり、スポンサー企業、各種協会など多岐にわたっている。「交渉などの場面ではたくさん苦労してきました」と笑う菊地さんだが、ことさらに交渉「術」を強調することはない。
 「大切なのは術ではなく、相手との信頼関係をつくることだと思うんです。『交渉術』を扱った本もいろいろありますけど、術というより交渉のプロセスを解説しているように思います。交渉ごとにまつわるあらゆるコミュニケーションは、その根底に相手との信頼関係がなくては始まらないものだと思います」
 一番避けなければいけないのは、相手を言葉で言い負かして自分の利益を最大化しようとする態度だ。菊地さんは若いころ、こんな失敗をしたという。来日中のとある海外サッカーチームとの間で、食事代を「払う、払わない」のトラブルがあった。契約書には「滞在中の食事代はチームがもつ」と明記されていたにもかかわらずである。
 菊地さんは契約書に則り、支払いを拒否した。しかし後になって「本当にこれでよかったのか」と後悔が募った。
 「実はそれほどの金額ではなかったのです。杓子定規的にやりすぎず、『それぐらいのお金、こちらが支払ったほうがお互いにいい気持ちで交渉を終えられたんじゃないか』と後から思ったんですね。そういうことが年齢を重ねて分かってきました。よく言われますが、信頼をつくるには『win-win』の関係を目指す必要があります。つまり、こちらの利益ばかりではなく、相手にも利益がある状態にもっていくことなんです」
 時折、アスリートの代理人が、スポンサーに法外なお金を求めるケースを見かけることがある。一時的にスポンサーがつくことがあったとしても、「ほとんどの場合、その関係は長続きしない」とのこと。win-winであるほうが、結局のところ、自分たちの利益を最大化することにつながるのだ。

イエス・ノーを曖昧にする日本人は「ミステリアス」

女子プロゴルファーのポーラ・クリーマー選手と一緒に。同選手との興味深いエピソードもお話しくださった。

女子プロゴルファーのポーラ・クリーマー選手と一緒に。同選手との興味深いエピソードもお話しくださった。

 信頼関係は、表裏のない明快なコミュニケーションにより培われていくものだ。「自分達はこうしたい、なぜならこうだから」とはっきり伝える。相手の言葉にも即座にレスポンスする。イエスかノーか誤魔化すようなことはしない。情報を求められたら隠さず提供する。「この点は日本人が苦手とするところかもしれません」と菊地さんは言う。
 「日本の文化というのか、日本人の話は結論がよく分からない場合がありますよね。官僚の文章がよい例で、曖昧でイエス・ノーどちらにもとれるようなコミュニケーションが存在する。でも海外の人からすると、それではミステリアスでどうしてほしいのか分からない、となるんです」
 また、相手の利益も常に考慮することは忘れない。例えば、アスリートを世間に売り込む相談をするときなどは、具体的なアドバイスを付け加える。
 女子プロゴルファーのポーラ・クリーマーのスポンサー探しを担当したときのこと。菊地さんは彼女を日本に売り込むため、ある日本の大会への出場をもちかけたが、彼女のマネジャーは「大きなスポンサーがつかないなら日本には行かせない」と主張した。そこで菊地さんはこんな話をしたという。
 「テニスとゴルフの違いはあるけれど、マリア・シャラポワの例を出したんです。彼女は外国での大きな大会で優勝した実績がありながらも、日本ではまずジャパンオープンという小さな大会に出場して優勝した。そこで日本国内の知名度が上がってスポンサーが集まるようになった。日本のマーケットを開拓するには、まず来日することが重要なんです。そうでないと、大きなスポンサーもつかない。そう説得したら、『じゃあ、一度日本に行かせてみよう』と分かってくれた。結果、クリーマーはある大会で見事に優勝して、大きなスポンサーも見つかりました」

多様性を認める大きな気持ちで交渉に臨むべし

 信頼関係を築くためにwin-winの関係を心がけ、コミュニケーションを裏表のない明快なものにする。それが海外ビジネスを進めるうえでのキーだと菊地さんは強調する。相手を言い負かすような言葉は不要だが、自分の気持ちを誤解なく伝えるための言葉は必要だ。菊地さんは英語とドイツ語を身につけているが、今も学習は怠らない。
 「語学習得のコツは、タメになる表現を見つけたら地道に覚えることです。職場には帰国子女の社員がいますが、彼らと話をしているとこれまで自分が使っていた表現はおかしかったんだと気づかされることもいまだにあります。例えばpleaseとkindlyを重ねて使ってはいけない。丁寧な言葉を2回続けるとおかしいから、pleaseだけでいいんだと言われる。自分の英語は『日本語英語』だったんだと分かりますね」
 これまで30年以上にわたり、世界を舞台に仕事をしてきた菊地さん。国内外の優れたアスリート、優れたビジネスパーソンと仕事をするうえで学んだのはどんなことだろうか。そう尋ねると、菊地さんは「多様性を認めること」だと答えてくれた。 「ガラパゴス」と呼ばれる日本の文化や常識は、海外ではほぼ通用しない。その現実を真摯に受け止める必要があるということだ。
 「交渉ごとでも苦労することがあると思います。例えば、ゴルフイベントの成り立ちにしても日本と米国では大きく違います。米国ではもともとカントリークラブに所属している人達が『自分達で大会を開こう』と言ってお金を出して有名選手を呼んだのが始まりです。それがテレビで全米に中継されるようになると、広告スポンサーを集めるようになり『○○カップ』などと名づけられる冠イベントになった。一方、日本のゴルフイベントは完全な宣伝目的、スポンサーありきで成り立っています。つまり成り立ちが米国とは真逆なんです。博報堂時代、米国のカントリークラブとのミーティングに参加したことがあり、『なんでこの人達はこんなにスポンサーの言うことを聞かないんだろう』と不思議だったんですが、事情を知ると『なるほどな』と事情が理解できたんです。日本の常識で判断してはいけなかった。同時に日本は相当変わった国なんだとも実感しましたね」
 日本人は人間の多様性を心底では認めていないのではないか。海外の日本人も「日本ではこうなのにな」と不満を抱えているのではないか。それが菊地さんの実感だ。
 「世界でやっていくには、むしろ日本のほうこそ変わっていると思ったほうがいいんです。日本人同士のコミュニケーションにおいても、さまざまなギャップを経験する。海外に出てみたらそれ以上のギャップがあって当たり前。それが多様性なんです。それでもなお、『これだけは共有しましょう』という落としどころを探っていくのが『交渉』なのだと思っています。もちろん私だって交渉のなかでカチンとくることもありますが(笑)、あまり肩に力を入れず、多様性を受容する大きな気持ちで交渉に臨むようにしていますね」

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