特集インタビュー

言葉や文化は違っても、ファッションを楽しみたいと思う気持ちは万国共通。そんな一人ひとりのお客さんの願いに応え、小さな喜びを積み重ねた先に「6億人の市場」がある。そう語るユニクロシンガポールの伊藤裕一さんが初めて東南アジアに赴任したのは約6年前。学生時代から思い描いてきた海外で働く夢を実現し、英語力の壁を乗り越えながらリテールビジネスの現場でつかんだものとは。

伊藤 裕一 氏 いとう・ゆういち UNIQLO (SINGAPORE) Pte. Ltd. Sales Director  石川県出身。2001年に入社し、三重県や富山県などの店舗を経て、2007年に東京の本部経営計画部に異動。2009年、再び現場に戻り銀座店の副店長を務めたのち、2010年にシンガポールへ赴任し、店長を務める。2012年から3年にわたり、マレーシア勤務。営業責任者として販売拡大や出店拡大を行う。2015年9月、再びシンガポールに戻り営業部長職。シンガポールの全店舗を統括している。

目次

  • 海外で働く
  • ダイバーシティ

信仰とおしゃれ心を両立させて、ムスリム女性の心をつかむ!

現地の女性達の声から生まれた「Hana Tajimaコレクション」。

 東南アジアで着実に経済力をつける、ムスリム(イスラム教徒)の中間所得層。そのファッションシーンに、今、新風が巻き起こっている。今年(2015年)7月、ユニクロが第一線のムスリム・デザイナーHana Tajima氏を起用して、ムスリム女性のためのカラフルでスタイリッシュなコレクションを発表したのだ。
 新ラインを販売するのは、マレーシア、インドネシア、シンガポール、タイの4カ国にあるユニクロ店舗。ヒジャブ(女性の頭部を覆う布)から、ブラウス、ワンピース、チュニック、パンツ、ケバヤと呼ばれる伝統衣装まで、幅広いアイテムを揃え、発売と同時に地元の女性達の間で大評判となった。
 「マレーシアに赴任するまで、イスラム教は私にとっても、まったく縁遠い世界でした」
 今年9月まで、3年にわたって営業責任者を務めた伊藤裕一さんは、感慨深げにそう語る。
 マレーシアは、国民の6割がマレー系で、東南アジアでもイスラム教の影響が強い国のひとつだ。ユニクロが進出した当初は中華系のお客さんが多く、1年を通して最高気温が30℃を超える暑い国だけに、キャミソールやショートパンツもよく売れた。ところが、マレー系人口の多い地域にオープンさせた新店舗では、様相が一変したという。

Hana Tajimaコレクション発売初日には、開店前から多くのお客様が詰めかけた。

 「ムスリムの女性は、トップスもボトムスも長いものを着用します。露出度が高い服や、身体の線がはっきり分かる服は好まれません。ショートパンツなどは、もってのほか。キャミソールやタンクトップも、あまり売れませんでした」
 「異変」はそれだけではなかった。人気の動物キャラクターがプリントされた服も、なかなか売れなかったのだ。
 「動物の絵柄が不適当だったのです。日本では一般的なデザインが、こちらでは敬遠されてしまうことに気づきました」
 動物の絵はNGだが、花柄やボーダー柄なら問題ない。長袖以外に七分袖までは許容範囲とする人もいる——。伊藤さん達はムスリム客の動向から、地元市場で何が受け入れられ、何が求められているのかを探っていった。
 「根本的には、彼女達も日本の女性と変わらないのです。おしゃれは大好きですし、我々の店舗でも、とても楽しそうに着られる服を選んでいます」
 宗教的な戒律や尊厳はしっかり守るけれど、同時にファッションも楽しみたい!そんなムスリムの女性達を主役に、現場の声から生まれたHana Tajimaコレクションは、東南アジアの女性達の心をがっちりつかむこととなった。

海外で仕事をするとき、大切にしている3つのこと

 さまざまな民族が暮らす東南アジアでは、日本流のやり方をそのまま持ち込んでも、通用しないことが少なくない。例えば、試着室で靴を脱ぐ日本の方式が、現地に馴染まなければ、靴を履いて試着できるよう変えていく工夫と気配りが、常に不可欠だと伊藤さん。その一方、常夏の東南アジアで、秋冬物の商品が爆発的に売れるという、思いがけない展開もあった。
 「ネルのシャツやスウェットなどは、クーラーが効いた室内で羽織るのに、ちょうどよいのです。もともと暑い国で、おしゃれな秋冬物がなかったので、歓迎されたのでしょう。ダウンジャケットやセーターも、冬場の海外旅行用に重宝されているようです」
 消費者の志向、社会背景、言語の問題といったこと以外にも、現地で仕事をしてみて初めて気づくことは多い。そこから浮かび上がる、海外で仕事をする際に最も大切なこととは何だろう?伊藤さんは、「人の話をしっかり聞くこと」、「違いを受け入れること」、「真・善・美を意識すること」に、重きを置くようにしているという。
 一つ目の「人の話をしっかり聞くこと」は、コミュニケーションのスタートラインだ。真摯に人の話を聞けば、分からないことはすぐ聞き返すことができる。そこから対話が始まり、対話を続けることで、より率直な意見やより大切な話を相手から引き出すことができるのだ。
 二つ目は、「違いを受け入れること」。何年も前、初めてシンガポールで勤務した伊藤さんは、店のレジに並ぶ地元のお客さんが、商品の入ったカゴを床に置き、前に進むたびに足で動かすのを見て驚いた。
 「初め私は、彼らは行儀が悪い、つまり“wrong”だと思いました。しかしやがて、彼らのやり方は私が知っているやり方と違うだけ、“different”であるだけだと気づきました。日本との違いがあって当然だということを理解し、その違いを素直に受け入れることが重要です」
 最後は、「真・善・美を意識すること」。国や民族によってさまざまな違いがある一方、誠実、公正、親切、勇気、友情など、人間に共通の価値観も、確実に存在する。世界で受け入れられるビジネスとは、そうした普遍的な価値観を尊重するビジネスでもあるのだ。
 「ユニクロは服を売る店ですから、誰が見てもカッコよく、美しく、喜んでもらえる服を届けることが大切です。さらに、きれいな店内で親切な接客をすれば、気持ちよく買い物をしてもらえるのも、万国共通でしょう。こうした本質的な価値は、常に忘れずにいたいと思っています」

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