ビジネスパートナーHR入門

Chapter5
ビジネスパートナーHRの役割⑤
~人事プロフェッショナルとして成長するために何が必要か~

登場する組織の現状と人物紹介はこちら

本連載では、グローバル化の進展に伴って変化する企業の人事部門に求められる役割や、人事部員に求められる意識、行動、能力、スキル、キャリアパスについて考えます。

毎回、冒頭に登場するのは、架空の日系機械メーカーの人事企画課長、田中さんです。彼の会社は創業70年。海外売上高比率が3割に近づき、グローバル事業展開が急速に進んでいます。中長期経営計画によると、5年後に海外売上高比率は5割、海外拠点の社員数は日本の2倍に達する見込みです。

このような経営環境のもと、経営陣はグローバル共通の人事制度構築にも着手し、外資系グローバル企業で長年活躍した人物を人事部長としてスカウトしました。新任の人事部長の野々村さんは、重要施策として人事部改革に取りかかり、田中さんを「人事部改革プロジェクト」のリーダーに任命します。新卒プロパーで18年間人事労務畑一筋、国内工場と本部での勤務が長く、海外赴任経験がない田中さんは、グローバル企業の人事には馴染みがありません。そんな田中さんからの相談を通じて、ビジネスパートナーHRのあり方を整理していきましょう。

Chapter1で紹介したデイブ・ウルリッチ教授は、1987年以来、人事スタッフが事業に貢献するために求められるコンピテンシーを継続的に調査しています。この調査では、アジア、アフリカ、ヨーロッパ、中南米、中東、オセアニア、北米の各地域で、5年に1回アンケートを行います[*1]。日本が初めて参加した最新の調査によると、人事スタッフには、まず、「人事の活動の方向性を戦略的に定める力」が求められます。基礎力としては、「法令遵守を促す力」「事業や人事のデータを分析、解釈、活用する力」「テクノロジーやソーシャルメディアを活用する力」が挙げられました。活動の成果を上げるには、「有言実行によって周囲の信頼を得る力」「組織変革を促す力」「事業に求められる人材を特定し育成する力」「社員へ報酬、社会へ価値創造を提供する力」が求められます。さらに、すべての力の土台として「組織のパフォーマンス向上に向けて、個人と組織、中長期と短期、といった矛盾しがちな事柄を調和させる力」が挙げられています。人事スタッフにグローバル共通で求められるのは、人事戦略を立て、周囲を巻き込みながら着実に実行し、組織へ貢献する力です。

日系機械メーカーの「人事部改革プロジェクト」リーダーを務める田中さんは、人事部の機能見直し後に、人事スタッフに求められる力を特定し、部内の人材の配置や育成に役立てようと考えています。田中さんの最後の相談内容です。

人事部がBPHRとしての役割を果たすには、現状の人事スタッフの育成が不可欠です。BPHRはどのように育てていけばよいのでしょうか。

    Chapter5では、BPHRの人材開発、キャリア開発の実態について、最近のグローバル調査の結果やBPHR経験者の意見を取り上げます。BPHRに求められる役割を果たすには、どのような能力や育成機会が求められているのかを考えていきましょう。

    インタビューを通じてヒントを提供してくれたのは、Chapter2、3、4で紹介した次の方々です。

    Aさん:
    日本企業(機器メーカー) 人材育成部長
    前職の外資系グローバル企業では、事業部門でプロジェクトマネジャーを経験後、BPHRを担当。本社人事部で中核人材の育成にも携わる。その後、日本の機器メーカーに転進
    Bさん:
    外資系グローバル企業(金融サービス) 事業部門 人事マネジャー
    金融系の外資系グローバル企業数社でBPHRを経験。事業売却で組織体制が変わる中、担当事業部門の将来を見据えた人事戦略づくりや現場社員のケアに取り組む
    Cさん:
    日本企業(電機メーカー) 事業部門 人事部長
    大手電機メーカーの本社人事部で20年間、主に労務を担当。グローバル成長への貢献を主眼に人事機能が再編される中、事業部門(ビジネスユニット)の人事責任者になって3年目
    Fさん:
    日本企業(消費財メーカー) 経営企画部長
    入社以来20年以上人事部に所属し、人事部長になる。その後、人事以外の複数の管理部門で責任者を務める。今回は、経営企画部長の視点で、古巣の人事部を語る

    事業部門の4割以上は人事を戦略パートナーと見ていない

    Chapter2で、「従来の事業部人事」と「戦略パートナーとしてのBPHR」との違いを取り上げましたが、おぼえていますか?前者の役割が「人事制度、施策の運用管理」なのに対し、後者の役割は、「事業成果創出を人事の側面から支援する事業部門トップのパートナー」です。類似の視点で、グローバルに展開する人材開発コンサルティング会社が人事の役割を実態調査しています(2016年)[*2]。この調査では、人事の主な役割として、①「人事制度運用と事務対応」、②「事業部の人材マネジメントの課題解決、施策の実行支援」、③「事業戦略実現に向けた人材マネジメントのしくみの構築、実践」の3つが挙げられています。人事部門に最重要な役割を尋ねると、②が60%で最も多く、①は22%、③は18%です。ところが、事業部門の幹部に自社の人事部門の役割について聞くと、①が最も多くて43%、②は37%、③は20%で、両者の認識にはギャップがあります。自らを「事業部門の課題解決、施策実行の支援者」だと認識する人事部門の半数近くが、事業部門には「制度運用の人事事務担当」だと受け止められているのです。一方、事業戦略の実現を支援する③の役割に関しては、両者の認識はほぼ一致します。回答者全体の20%は、事業戦略を熟知した事業部トップの人事参謀として信頼されています。

    また、同調査では、人事部門のリーダーのスキルを、他部門(技術、営業、業務、マーケティング・広告、IT、財務)のリーダーと比較しています[*3]。それによると、人事部門のリーダーの強みとして、組織的な人材育成、次にコーチング、個人の開発、チームを束ねる、などの対人コミュニケーションが挙げられました。一方、他部門に比べて劣るのは、財務感覚、ビジネス手腕、起業家精神、グローバル感覚といった事業運営に必要なスキルです。また、社内外の関係者に対する顧客志向が他部門に比べて弱いこともわかりました。人事スタッフにとって、事業への理解が浅いことが、戦略パートナーとして機能する上で障害となりかねません。

    BPHRに事業部門の現場経験は欠かせないのか

    では、人事部門内だけの経験から、人事の専門性と事業の知識の両方を身に付けることは難しいのでしょうか。外資系企業の事業部門でマネジャーを務めた経験のあるAさんに、事業部門の業務経験で役立ったことを聞きました。

    Aさん

    Aさん

    (Aさん)
    私は現場のマネジャーとして、人事部門が発信する方針、制度、施策を部下に伝え、現場運用を行う経験をしました。その経験から、現場のマネジャーが人事の発信の内容ややり方にどう反応し、部下にどう説明するのか、想像できることが強みです。人事の通達は細かい気配りを要する内容が多く、現場のマネジャーは部下への伝え方で苦心します。社員のやる気、会社への信頼感を左右するからです。私は、発信文書の言葉一つをとっても、現場がそこから何を感じ取るのか、いつも気にかけます。一方、長い間特定の人事業務だけを経験してきた人は、そういった現場のマネジャーの苦労を想像できず、現場からの異論に対して「会社が決めたことだから」と言い切ることが案外多いのです。

    特に日本企業では、労務、給与、福利厚生、採用、教育などの特定の人事業務でキャリアを積んだ場合、現場運用の視点を持つ想像力は鍛えづらいと思います。日本企業の人事は、現場に対しては基本的に"やってあげる"というスタンスです。採用では"人を採って配属してあげる"、教育では"研修をやってあげる"、労務や給与は"ルールを決めてあげる"。そのため、現場と徹底的に議論して、社員目線で制度や施策を考える習慣が根付かないのです。

     

    外資系企業のBPHRのBさんは、業種や会社は異なりますが、入社以来人事部門一筋で、事業部門の経験はありません。彼女は、どのように担当部門の事業の理解を深めているのでしょうか。

    Bさん

    Bさん

    (Bさん)
    BPHRとして自ら仕掛けるためには、現場を知り、取り組み課題を定めなければなりません。そのために、他者に情報を求める、自分で体験する、の両面から事業の理解に努めています。現場の実態や過去の事例は、上司や事業部門のキーパーソンとのつながりを活かして、とことん情報収集します。特に本部長クラスとは日頃からコミュニケーションを取り、人事課題の洗い出しや人材要件の設定など、現場の視点が必要な時にヒアリングします。社員からも、普段のコミュニケーションや個別面談を通じて業務の実態を聞きます。加えて私自身は、事業部門の意思決定の場に参加し、部門の状況、事業方針、重点をおく事業戦略などについて理解を深めます。現場の社員の業務内容や日々の行動をつかむには、ジョブシャドウイング[*4]も有効です。また、事業戦略の理解に欠かせない経営戦略、マーケティング、財務会計といった経営知識は、夜間のビジネススクールを受講することで身に付けました。

    人事出身のBPHRは、やはり多くの時間を事業や現場の理解に費やしています。BPHRを導入した多くの日本企業は、人事の専門性、事業の知識、問題解決スキルを併せ持った理想の人材を、社内で短期間のうちに必要数確保する難しさに直面します。人事事務担当としてキャリアを重ねた人たちを今からBPHRとして育成するには、事業の理解や問題解決スキルの養成に相当の時間がかかるでしょう。そこで、事業部門の人材を人事部に異動させる企業もあります。人事部内の人事出身者と事業部門出身者の人数のバランスを取ることで、知識や経験を相互補完する対応も見られます。

    人事部内の事業部門経験者を半数に

    BPHRの役割が根付きはじめた日本企業は、どのようにBPHRを育てていけばよいのでしょうか?日本企業で20年以上人事部に所属し、現在人事部長を務めるCさん、人事部長経験者のFさんの意見を聞いてみましょう。

    Cさん

    Cさん

    (Cさん)
    人事の役割の重点がBPHRに転じてから、人事部内だけでのBPHR育成は難しいと感じました。そこで、人事部門と事業部門間のローテーションを、本腰を入れて考え始めました。私が担当する事業部人事の人員構成は、今後、事業部門経験者を3分の1、できれば半分にしたいと思います。具体的には「人事業務の専門知識や人事の行動規範をある程度身に付けた若手を、いったん事業部門に異動する」というキャリアプランを考えています。事業部門からも「営業や企画の人材に全社的な視点を養わせるために人事の経験をさせたい」という声が上がっており、2-3年間の人事交流から始めようと思っています。人事部から異動した人が事業部門で早々にパフォーマンスを発揮できるか、という懸念はあります。一方、事業部門から来た人は、事業構造や現場運営を熟知しているため、現場の課題解決支援に限ればBPHRとして比較的早く機能すると思っています。

     

    Fさん

    Fさん

    (Fさん)
    当社で最近人事部長に就く人は、人事部一筋ではなく、営業、製造などの部門を経験しています。「人事部は事業により貢献してほしい」という経営トップの意思の表れでしょう。ただ、その下のマネジャー層は人事部以外の部門を経験したことがなく、人事部全体がBPHRとして機能するには時間がかかりそうです。管理部門のキャリアが長くても、自社の事業につながる経験があれば、BPHRとしてのキャリアは開けると思います。当社はメーカーですから、技術や事業構造に加えて、「ものづくり」の思想や歴史を理解する経験がそれにあたります。例えば、当社の経理部門には製造の原価計算を担当した人が多く、「ものづくり」の視点で意思決定や提案ができます。中には、製造部門に異動してもリーダーとして十分に通用する人もいます。

     

    人事部はもっと経営の議論に入ってほしい

    前述のグローバル調査から、人事部門を率いるリーダーのパーソナリティに関するデータも紹介しましょう。人事のリーダーは、他部門のリーダーに比べ人に対する感受性が強いとされる一方、野心や知的好奇心が控えめだという結果が出ています。そのため、事業成長への熱意をあまり示さないとも見られがちです。

    最後に、元人事部長で現在は経営企画部長を務めるFさんに、人事部と関わる他部門の視点で、人事部スタッフの意識や行動の課題について語ってもらいました。

    Fさん

    Fさん

    (Fさん)
    当社では、開発、マーケティング、営業、財務経理、総務、人事、経営企画といった本社部門長が出席する経営会議があり、経営企画部長の私が主管を務めます。会議では、マーケティングや営業が比較的早いうちにアイデアを開示して他部門に意見や協力を求めるのに対し、人事部は議論を避ける傾向があります。扱う情報の秘匿性が高いのはわかりますが、人事は経営の重要な機能ですから、経営の全体像の議論に早い段階から加わってほしいのです。例えば、中期経営計画策定の会議では、年間10%超の成長というチャレンジングな目標が掲げられて議論に入りました。ところが、人事部からは目標達成に向けた人事戦略を飛び越えて、グローバル人材育成、ダイバーシティ活用といった個別課題に対する制度、施策が提案されました。人事制度は人事の専権事項だから他部門に触らせたくないという気持ちが強いのかもしれませんが、議論自体を避けているように感じられました。

    外に出て見ると、人事部は理屈先行で運営がうまくできていないと感じます。人事制度は社員全員に関わるため、できるだけ多くの人の意見を聞くべきです。その上で、合意形成に粘り強く取り組む姿勢を見せてほしいと思います。「決まったことに文句を言うな」という態度では、社員の納得は得られないでしょう。自分が信じて作った制度やしくみを批判されることは、気持ちのよいものではありません。でも現場で効果を上げるしくみにするには、人事部だけの視点に固執せず、時には自己否定できる勇気も必要かと思います。

    連載を振り返って

    今回冒頭に紹介したウルリッチ教授の調査に、日本は初めて参加しました。調査結果では、BPHRに求められる9つのコンピテンシーにおいて、日本の人事部員の自己評価はすべてグローバル水準を下回りました。この結果は、日本企業の人事部がBPHRの概念に触れてまだ日が浅い中で、人事部変革に向けて一歩を踏み出す危機感の表れとも受け取れます。

    5回にわたってBPHRの役割、求められる意識、能力、スキル、キャリアパスについて、理論、調査、関係者の意見を紹介してきました。読者の方からは、BPHR導入に際して人事部スタッフの教育に利用してくださっているという声もいただき、多少なりともお役に立てたことはうれしい限りです。ご愛読ありがとうございました。最後になりましたが、お忙しい中、インタビューに協力してくださった6名のみなさんに、あらためて御礼を申し上げます。


    *1:ウルリッチ教授のグローバルコンピテンシー調査

    「ビジネスパートナー人事に必要な9つのコンピテンシーと4つの活動」小峯郁江、守島基弘、人材教育2016年6月号

    *2:人事部門の役割認識

    「What 15, 000 Assessments Spanning 300 Organizations Say About Leader Readiness」Evan Siner、ATD2016国際会議セッション、2016年5月

    *3:人事部門リーダーの強みと開発点

    「High-Resolution Leadership: A synthesis of 15, 000 Assessments into How Leaders Shape the Business Landscapes」DDI、2016年

    *4:ジョブシャドウイング

    この場合、現場の社員に人事部員が密着し、職場での仕事ぶりを観察すること。

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