もがき、挑み、諦めなかった10年。英語が拓いたエキサイティングな日々
〜YouTuber・ポッドキャスター NARUMIさん
公開日:2026年2月12日
アメリカでの失敗談や国際恋愛の経験などを赤裸々に発信し、登録者27万人を超える人気YouTuber「なるチャン」ことNARUMIさん。17歳のとき、英語が話せない状態で単身渡米し、さまざまな困難を乗り越えながらも努力を重ね、海外MBAを取得しました。累計10年以上の在米経験を通して、NARUMIさんに英語との向き合い方を伺いました。
目次
成長が感じられず、後悔が残った高校時代の留学
高校生のときにアメリカ留学を決めたきっかけは何ですか?
幼い頃から表現することが好きで、小中高とミュージカルの劇団に所属し活動していたのですが、人間関係に悩むようになり、次第に殻にこもるようになりました。
「変わりたい」という気持ちが強くなっていた高校生のとき、奨学金で留学する同級生と出会い、ふと「日本の外で暮らす」という選択肢が浮かんだんです。その背景には、劇団のアメリカ公演で英語を話せず悔しい思いをした小学生の頃から募っていた、「いつかは留学をしてみたい」という気持ちがありました。
とはいえ当時の英語力は英検4級ほどでした。応募締切までの8カ月間、参考書を頼りに必死で勉強し、奨学金の条件だった英検準2級にギリギリ合格。「ここから何かが変わるかもしれない」という期待で胸がいっぱいでした。
2010年、17歳でいざ憧れの留学へ! 実際に行ってみてどうでしたか?
それが、留学前に英会話教室にも通っていたものの日常会話はほとんどできず、自信もありませんでした。ホストファミリーに感謝を伝えたいのに言葉が出ず、もどかしかったですね。代わりに家事や手料理で気持ちを示そうとしても、会話がなかったので「何を考えているのかわからない」と思われていたようです。
学校でも授業についていくのがやっとで、家でも学校でも居場所を見つけられず、ひたすら部屋で参考書を開く日々でした。その後も、渡米前の期待を覆すようなさまざまな困難に直面し、何度も心が折れそうになりましたが、「途中で投げ出して後悔したくない」という思いだけを支えに、1年間の留学をやり遂げて帰国しました。
順風満帆とはいえなかった最初の留学。それでも再びアメリカの短期大学留学に挑戦されたのは、どんな思いからでしたか?
よく「1年留学すれば英語が話せるようになる」と言われますが、私の場合、「話す」力はほとんど伸びませんでした。それどころか、周りで英語だけが飛び交う環境だったのに、「聞く」力さえままならなかったんです。多少、耳が慣れた感覚はありましたが、帰国後、地元・沖縄で英語のラジオを聞いてもほとんど理解できませんでした。がく然としましたね。人に会っても「留学していた」とは恥ずかしくて言えないほどでした。そんな自分が悔しくて、負けず嫌いの性分もあり、「もう一度挑戦して、完ぺきな英語を話したい」と思ったんです。
ちょうどその頃、母が、アメリカの短期大学に2年間留学できるという沖縄市助成の留学募集を見つけてきてくれました。「チャンスは今だ」と直感し、帰国から間もなくの2011年9月に再び渡米しました。
現地ではまず半年間、ESL(英語を母語としない人のための英語集中プログラム)で学び、韓国・中国・サウジアラビア・メキシコなど、多様な国の留学生と出会いました。異なる文化や価値観に触れたことで、世界の見方が広がり、少しずつ自分を表に出せるようになりましたね。
高校時代の悔しい経験もあり、短大の授業ではいつも最前列に座り、課題でつまずけば迷わず教授に質問しました。主体的に学ぶ姿勢が身につき、英語そのものを「面白い」と感じ始めたのもこの頃です。「聞く」「読む」「書く」力が伸びていくのを実感し、一時帰国した際、地元のラジオの英語が8割ほど聞き取れたときは、成長を感じ、とても嬉しかったです。
ブレイクスルーのきっかけは、社長の意外なアドバイス

短大での学びを経て、社会に出てから「話す」力が飛躍的に伸びたと伺いました。具体的にどのような経験があったのですか?
短大卒業後、4年制大学に編入する同級生が多いなか、私は父の勧めもあり1年契約でアメリカの会社に就職する道を選びました。訪問販売の会社で、365日ほぼ毎日、朝から晩まで担当エリアを歩き回り、ドアをノックして「Hello!」と笑顔で挨拶し、セールストークを繰り返しながら新規顧客の開拓に取り組む仕事です。
体力的にもハードで、「話すこと」に苦手意識のあった私にとっては、正直かなりの挑戦でした。それでもアメリカで暮らしていくためには働くしかなく、「辞めるわけにはいかない」と腹をくくりました。
最初の1週間は上司の営業に同行し、セールスの基礎を徹底的に学ぶのですが、その上司のトークはテンポがよく、説得力がありました。早く仕事を覚え、成果を上げたい一心で私が取った方法は、上司のトークを録音させてもらい、シャドーイングを繰り返すこと。まずはワンセンテンスを聞いて覚え、それがスムーズに言えるようになったら次のセンテンスへ。発音やスピード、間の取り方など細部まで意識し、とにかく「完コピ」にこだわって続けた結果、1週間で口が自然と動き、セールストークをすらすらできるようになっていました。
仕事は順調に慣れていったのですか?
新人向けの強化合宿で鍛えられたこともあり、数カ月後には初めて自分だけで新規顧客との契約をまとめることができました。
しかし、入社から5カ月ほど経った頃に、再びスランプに陥りました。「英語力が足りない」と落ち込む私に、社長が「君には十分な英語力がある」と声をかけてくれたんです。そして、強い訛りのある英語を話しながらも常に高い販売成績を上げている中国人の同僚の営業に同行するよう勧めてくれました。
彼に同行して気づいたのは、足りないのは「語学力」ではなく、「英語を通じて相手とつながろうとする姿勢」でした。私はずっと、「英語は文法・発音・単語力」という言葉に縛られ、完ぺきに話そうとするあまり、プライドと苦手意識を強めていたんです。
でも、「どんなに正しい英語でも、相手に伝わらなければ意味がない」。そう思えた瞬間、肩の力がふっと抜け、アイコンタクトやボディランゲージなど、アメリカの文化も踏まえて「伝える」ことに意識が向くようになりました。その結果、販売成績も徐々に回復していきましたね。
それまでに英単語や文法パターンをしっかり学習していたことで、営業の場で状況に応じて自在に使い分けられるようになり、大きな自信につながりました。英語で「話す」ことに臆病だった自分が、殻を破って一歩前に踏み出せるようになったんです。
「生きた英語」と経験値を吸収。成長の大学院時代
訪問販売会社での1年契約が終わり、アメリカの4年制大学に編入されますね。
実は、当時お付き合いしていた彼のそばにいたくて、アメリカに残りたいと思ったんです。我ながら「世界一不純な大学編入の動機」だと自覚しています(笑)。でも、それだけではありません。英語力に自信がつき、アメリカでの生活にも馴染むなかで、「もっと挑戦したい」という気持ちが芽生えました。その背景には父の影響があります。
経営者だった父は、「雇われることだけが稼ぐ方法じゃない。自分の頭で考えなさい」と教えてくれました。「アメリカこそビジネスの最前線」とも話しており、私は17歳のときに「30歳までにMBAを取得する」という目標を立てました。こうした環境で育ったこともあって、4年制大学へ編入し、「起業学」を専攻することを決めました。
大学は、母国語が英語の学生に囲まれる環境で、彼らと積極的にコミュニケーションできたことが何より嬉しかったです。授業内容は専門的な内容になりましたが、関心のある分野を掘り下げて学ぶ面白さに夢中になりました。通算6年間のアメリカ生活のなかで、毎日心から楽しめたのは、この2年間が初めてだったように思います。
大学を卒業後、現地で就職した会社を短期間で退職し、大学院でMBA(経営学修士)取得を目指されます。キャリアの大きな転換点ともいえる決断には、どんな思いやきっかけがありましたか?
卒業を控え、現地で仕事を探し始め、無事に就職を果たした一方で、将来的には起業して自由に働きたい、キャリアの可能性を広げたいという思いが膨らんでいました。そして、自分のこれまでを振り返ったとき、今こそ17歳のときの目標「MBA取得」に挑戦する、一番近い場所にいると確信したんです。その後、MBAプログラム受講に必要な適性テストも乗り越え、2018年に大学院生活がスタートしました。
それから2年後、見事MBAを取得されます。大学院での日々で得たものは何ですか?
最も大きな財産は、豊富な社会経験を持つMBAプログラム仲間の思考に触れ、コミュニケーションを重ねながら、彼らの「生きた英語」を吸収できたことです。実務に裏打ちされた意見を浴びながら議論した経験は、視野を広げ、人としての成長を促す、非常に刺激的な時間でした。企業経営に必要な知識を体系的に学べた経験は、人生や現在のキャリアに大いに生きています。
また、自分に合った効率的な勉強法も確立できました。心理学・行動経済学の名著『Thinking, Fast and Slow』を読む授業では、得意のリスニングを生かし、オーディオブックを倍速で聞きながら読み進め、理解を深めることができました。
この本は人間の思考が「直感的なシステム」と「論理的なシステム」に分かれ、前者に頼りすぎると認知バイアスに陥るということを解いていて、難しくもとても面白い内容でした。学ぶ楽しさとやりがいを存分に味わった濃密な2年間だったと感じています。
Thinking, Fast and Slow by Daniel Kahneman (Penguin Books, 2014)
英語は、新たな景色に出合えるコミュニケーションツール

現在は累計10年以上過ごしたアメリカから沖縄に移住され、YouTuberやポッドキャスターとしてご活躍されています。YouTubeはチャンネル登録者数が27万人を超える人気ですね。
4年制大学在学中に、アメリカのリアルな日常や文化、トレンドを紹介するYouTubeチャンネルを開設しました。YouTubeでは、よいことも悪いことも包み隠さず伝えることで、これから留学を目指す人や英語を学習する人を後押ししたいと考えています。
特に、英語は「目的」ではなく、「コミュニケーションツール」だということを自然に伝えられればと思っています。英語学習を始めた当初の私は「英語を完ぺきに話したい」という気持ちで、その達成自体が目的でした。
しかし、10年以上アメリカで過ごすなかで、英語は人とのやり取りで使うことで初めて意味を持ち、輝くものだと知りました。相手の文化やバックグラウンドを理解したり、人間関係を築いたりする――まさに、生きた「ツール」だと実感しています。
その「コミュニケーションツール(英語)」を身につけると、どんな可能性が広がると思いますか?
私の場合、英語を習得できたことで、アメリカでの暮らしを心から楽しめるようになり、夢だったMBA取得も叶いました。苦労も喜びもひっくるめて毎日がエキサイティングで、自信や自己肯定感もぐんと高まりました。
英語を使えると、世界の情報に直接アクセスでき、価値観や考え方の幅が大きく広がります。原書を読んだり、字幕なしで映画を楽しんだりと、日々の体験が一気に豊かになるだけでなく、海外で働くなど選択肢が増え、多様な人との出会いも生まれます。私のように、人生のパートナーと巡り合うことだってあるかもしれません(笑)。
最後に、英語の学習に励む方々にメッセージもお願いします。
自分の得意を生かした学習法を見つければ、楽しみながら英語力を伸ばせますし、学習を継続することができます。また、TOEICなどのテストをうまく使いながら自分のレベルや課題を把握すると、効率よく学習できるのでおすすめです。
私はめげそうになったとき、母から教わった「一度手にした知識は誰にも奪われない」という言葉を思い出しています。
諦めず粘り強く取り組めば、ある日突然、変化が訪れます。
みなさんにもぜひ、英語を身につけることで、自分の想像を超える、ワクワクする新たな景色に出合ってほしいです!
NARUMIさん
1993年生まれ、沖縄県出身。17歳で単身アメリカに留学。短期大学、米企業での就職、4年制大学編入を経て大学院で海外MBAを取得。大学在学中に留学経験をもとにYouTubeチャンネル「なるチャン」を開設し、失敗談や国際恋愛の経験など赤裸々に発信。現在はパートナーと沖縄に居を移し、YouTube、Podcast「シノブとナルミの毒舌アメリカンライフ」、オンラインサロンなどで活動。著書に『私はアメで、明日は晴れで』(KADOKAWA)。
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