Step by Step [Advanced] Chapter6
教育投資を組織成果へ結び付ける

11月は研修シーズン真っ最中ですが、来期の研修計画立案に着手する時期でもあります。最近は、教育研修に対して具体的な成果を求める組織が増えているようです。組織にとって、研修の"成功"とは何を指すのでしょうか?今回は、研修をはじめとした組織学習の成果に焦点を当てます。組織成果に結び付く組織学習と、それを推進する担当部門のあり方について、最近の調査研究結果、グローバル企業の取り組み実態を材料に探っていきましょう。

<相談内容>

年内に、来期の研修予算と実行計画を役員会で提案する予定です。人事担当役員には、その際に「教育投資をどのような組織成果に結び付けるのか説明してほしい」と迫られています。人材開発部門の仕事は社員に対する知識・スキルの付与で、それを使って成果を出すのは現場の仕事だと思います。人材開発部門は組織成果に責任を持たなければいけないのですか?

(30代 男性 日本企業 教育研修チームリーダー T.W.)

【解説】

T.W.さん率いる教育研修チームと役員の間には、組織学習に対する認識にズレがあるようですね。経営者は組織学習を通じて、顧客満足度や生産性、従業員満足度などにプラスの成果をもたらしたいと考えています。T.W.さんが、個人の能力開発だけに焦点を当てた知識・スキル研修を提案しても、同意はおろか関心すら得られないかもしれません。教育研修チームが、役員会での来期の提案に向けて押さえるべき要点は何でしょうか?T.W.さんと一緒に考えてみましょう。

経営者が組織学習に求めていること

人材開発に熱心な経営者は、組織学習を企業成長に向けた戦略的な取り組みと捉えています。だからこそT.W.さんたち教育研修チームに対し、「組織成果に結び付く教育投資をしてほしい」と真剣に望むのです。経営幹部育成など、企業成長や事業ゴールの達成に大きな影響を与える学習活動には、特に高い関心を示す経営者もいます。

例えば、グローバル食品会社のキャンベル・スープ・カンパニーの前CEOは、潜在能力の高い上級マネジャーを鍛える「CEOインスティチュート」を自ら立ち上げ、直接指導しています[*1]。筆者がグローバルリーダーシップ開発を支援した日本のメーカーでも、経営トップが忙しい合間を縫ってプログラム全体に関わりました。トップは、参加者の動機づけに始まり、研修にも時折立会い、人材開発部門の経過報告にも熱心に耳を傾けます。プログラムの仕上げには、海外拠点の課題解決をテーマにしたアクションラーニングプロジェクトを行い、最終発表会では、現地の社長も呼び、経営会議さながらに先頭に立って鋭い質問を飛ばしました。この思い入れの背景には、海外事業展開を次の成長戦略の柱に据え、海外売上高比率を急速に引き上げるという経営課題があったのです。提案された海外拠点の課題解決プランは、参加者、現地のトップ、本社経営陣の協力のもと、早速実行に移されています。

事業の成果と組織学習の成果をつなげよう

経営者が事業戦略と学習戦略の連動を重視していることは分かりましたが、組織学習は、実際に事業ゴールの達成に貢献できるのでしょうか。ASTD(米国人材開発機構)の調査[*2]を参考に考えてみましょう。この調査は「事業の成果を生み出す組織学習のあり方」を明らかにしたもので、2011年に、組織学習や事業ラインの担当役員826名を対象に行われました。調査結果からは、高業績企業の組織学習担当部門は低業績企業に比べ[*3]、事業の成果創出を意識した学習活動を行って効果を出していることがうかがえます。主な結果を紹介しましょう。

  • 自社の組織学習担当部門は「大変有効である」「総じて有効である」[*4]と考える企業は、高業績企業では55%に上るのに対し、低業績企業では、28%に留まる。
  • 事業成果を具体的に指標として組織学習ゴールに組み込んでいる企業は、高業績企業では67%なのに対し、低業績企業では51%である。
  • 過去の事業成果をふまえて組織学習ゴールを設定している企業は、高業績企業では56%だが、低業績企業では33%に過ぎない。
  • 自社の事業ゴールと組織学習ゴールは「よく連動している」「概ね連動している」と考える企業の割合は、高業績企業では72%だが、低業績企業では53%に留まる。
  • 事業ゴールと組織学習ゴールの連動の程度と業績(MPI[*5])、組織学習担当部門の有効性(LEI[*6])には正の相関関係が見られる。

これらの結果を見ると、優れた組織学習担当部門は、組織学習ゴールに事業の成果指標を組み込み、その結果を検証し次の学習活動に生かす、というサイクルを回しています。このプロセスによって事業戦略と学習戦略を連動させているのです。そして、事業ゴールと組織学習ゴールの連動は業績向上に寄与し、組織学習担当部門の有効性を高めていると考えられます。

組織学習の成果を測定する

経営者は、T.W.さんたち教育研修チームに対し、事業の成果指標をゴールとして組み込んだ組織学習の企画提案を求めています。参加者の満足度や理解度等の学習者個人だけを対象にした成果指標では、納得してもらえないでしょう。組織学習の事業への貢献を示すには、具体的にどのような指標で成果を測ればよいのでしょうか。

人材開発プログラムの効果を「見える化」する手法として、人材開発分野で広く知られている効果測定の「4段階評価モデル」[*7]を紹介します。

【評価の4つのレベル】

  • レベル1:反応 参加者の研修への満足度を評価する
  • レベル2:学習 研修内容(知識、スキル、手法など)に関する参加者の理解度を評価する
  • レベル3:行動 参加者の職場での行動変容度を評価する
  • レベル4:組織成果 研修の目的に応じて目指す事業・組織上の貢献度(顧客満足度、生産性、従業員満足度など)を評価する

研修の主な目的が、参加者が学習内容を業務に活かして組織成果に貢献することであれば、レベル3の行動変容度まで測定することが望ましいでしょう。T.W.さんの会社では、現状どのような評価を実施しているのでしょうか?

前述のASTDの調査[*8]では、高業績企業は低業績企業に比べ、4段階評価モデルを組織学習の効果測定に導入する傾向が高いことが分かっています。レベル1評価(反応)は75%、レベル2評価(学習)は55%の企業が実施。レベル3~4(行動、組織成果)評価は、測定の適切なタイミング、360度評価の実施、正確な経営データの採取などが求められるため難易度が高いのですが、それでも40%強の組織が採用しています。

その他に研修の財務的効果の測定手法としては、4段階評価モデルを拡張させたROI(Return on Investment:投資収益率)評価があります。ROI評価は、レベル5評価とも呼ばれ[*9]、研修の投資対効果を測ります。実際には、研修が直接生み出した成果の特定や成果の金銭的価値への換算が難しく、測定に至らない場合が多いようです。2014年初めに発表されたASTDの効果測定に関する調査[*10]でも、組織成果を評価する際の阻害要因のトップは、「プログラムと直接結び付く成果の特定が困難なこと」で、5割弱の人がそのように答えています。

戦略的な組織学習に取り組む企業は何を指標としているか

次に、効果測定で用いる指標を見てみましょう。前述の2014年のASTDの調査[*11]では、組織学習の事業への影響度を測る指標として、回答者の49%が「従業員満足度」、「顧客満足度」を用いていました。続いて、「従業員エンゲージメント」が45.8%、「生産性」が42.7%となっています。では、戦略的な組織学習を推進している企業は具体的にどのような指標を効果測定に用いているのでしょうか。

化学分析機器や電気・電子計測機器メーカーで業界最大手のアジレント・テクノロジー社のCEOは「財務成果」に加え、社員のリーダーシップ開発の効果と結び付く「企業成長」「顧客ロイヤリティ」に関する指標を重んじています。また、社内の人的資源の適切な維持・開発の結果を成果指標にする組織もあります。コンピュータ・ソフトウェア会社アドビシステムズの人事担当副社長の成果指標は、「人材のリテンション」「退職実態」「組織内の能力開発の取り組み結果」、さらには「主要ポストの充足率」です。特に選抜育成するリーダーについては、「リテンション」「社内での担当職務」「昇進」を継続して追っているそうです。人材開発へのコミットメントが高い企業では、事業ゴールにつながる人事・人材開発関連の指標を用いる企業も少なくないのです。

事業ゴールを組織学習ゴールに組み込む際は、事業部門が重んじる課題に焦点を定めます。そのため組織学習担当部門には、事業ゴールの達成に向けた学習戦略のあり方と成果を、事業部門の責任者とともに計画し、互いにゴールを明確にすることが求められます。

「事業部門のパートナー」であるために

事業部門と一緒に学習戦略を立てる際、T.W.さんたち組織学習担当部門のメンバーに求められるのは、自社の事業に関する知見を高めることです。前述のASTDの調査[*12]によると、高業績企業では、組織学習担当部門の自社の事業に関する知見が「非常に高い」「高い」と答えた割合が74%であるのに対し、低業績企業では57%でした。また組織学習担当部門の知見の高さは、企業業績や組織学習担当部門の有効性(LEI)と正の相関があります。

日本企業では長期雇用が前提で、さまざまな部署を経験させ、時間をかけて、人事・人材開発部門が中央集権的に社員を育成、選抜、評価する傾向があります。組織学習担当のメンバーは、全社共通の人材開発の制度・仕組みを精緻に作り込むことが主要業務となり、それらの仕組み・手法そのものと管理運営に精通していきます。一方で、変化が激しい事業環境を捉え、事業ゴールの達成のために変化のスピードに合わせて、事業部門が求める人材を育成するという発想はまだまだ薄いようです。

株主から「利益目標必達」「継続的な成長」の両立を厳しく求められるグローバル企業では、たとえ管理部門であっても、自社の事業成果に対する当事者意識が高いと言えます。そのような企業の組織学習担当部門は、事業部門の主要ポジションを担える人材の獲得、育成、維持を支援する「事業部門のパートナー」を自認しています。メンバーは、事業部門の人材のパフォーマンス発揮状況を常に把握しようと努め、研修や面談、アセスメントだけでなく、現場で人を見ることを欠かしません。人物そのものだけではなく、自社の成果に貢献する人材かどうかの見極めに力を注ぎます。

日本の大企業と外資系グローバル企業、両方の組織学習担当部門のリーダーを経験した知人は、「双方の行動原理が異なっている」ことを実感したといいます。組織学習担当部門の責任者の任務に対する認識は、日本企業では「管理部門のリーダーとしてきっちり管理すること」。一方、グローバル企業では「事業の業績を上げること」。日本企業の責任者たちがまず語るのは、人事・人材開発の制度論や手法論ですが、グローバル企業の責任者たちは、自社の事業の現状、課題に連動する自部門の打ち手に関心を向けています。

経営者が、組織学習担当部門を自社の事業成長と利益創出に貢献する"事業パートナー"として認めれば、組織学習を重視し、財務的、人的に相応な投資を行い、組織学習活動に自ら関わってくれるでしょう。役員会に向けて、まずは人事担当役員に「事業部門のパートナー」としてのスタンスを反映した事業成果につながる人材開発プログラムを提案しましょう。T.W.さんたち教育研修チームの提案に期待しています。

■コラム■ 事業戦略と組織学習の連動

実際に、事業戦略と連動した組織学習はどのくらい実践されているのでしょうか。リーダーシップ開発活動に関して、米国の調査コンサルティング機関Bersin & Associates社は、リーダーシップ開発の取り組みの発展段階をモデル化し、米国内外の300超の対象企業が、どのステージにいるのかを明らかにしました[*13]

【リーダーシップ開発活動の4つの発展段階】

  • ステージ①:バラバラに個別の知識・スキル研修を実施する(25%)
  • ステージ②:体系的に組み立てられた研修を実施する(38%)
  • ステージ③:自社の方針・課題に応じたリーダーシップ開発を実施する(28%)
  • ステージ④:人材マネジメント全体に組み込まれた全社的リーダーシップ開発を実施する(10%)

( )内の数値は、各ステージにあてはまる企業の割合

このモデルでは、自社の事業戦略や経営課題に連動した組織学習活動(ステージ③④)を"Development(人材開発)"、学習活動と事業戦略との連動が弱く個人の能力開発に重点をおいた取り組み(ステージ①②)を"Training(研修)"と区別しています。リーダーシップ開発では先進的な米国企業を含む、回答企業全体の6割が、個人の能力開発に特化した"研修"段階に留まっているのが実態です。


*1:経営者の組織学習への取り組み

「SUITE SYNCHRONICITY:Exploring the Relationship and Alignment between the CLO and the Executive Team」ASTD, i4cp共同調査、2011年

*2:「事業の成果を生み出す組織学習のあり方」に関する調査

「Developing Results:Aligning Learning's Goals and Outcomes with Business Performance Measures」(Whitepaper Volume3/No.5、ASTD Research、2012年)

*3:業績を分類する指標

主な質問項目について、企業業績を測る総合指標MPI(Market Performance Index:「売り上げの伸び」「市場シェア」「顧客満足度」「収益性」から成る市場業績指数)で分類を行い、回答者を高業績企業と低業績企業に分け、その回答を比較しています。

*4:組織学習担当部門の有効性を測る指標

LEI(Learning Effectiveness Index):LEIは「組織学習ゴールの達成における組織学習担当部門の有効性」「組織のビジネスゴール達成における組織学習担当部門の有効性」「組織学習担当部門に対する評価」の三つの問いへの回答で測定される。

*5:MPI

脚注3参照

*6:LEI

脚注4参照

*7:4段階評価モデル

1959年にドナルド・カークパトリックが提唱(『Evaluating Training Programs:The Four Levels』(Donald L. Kirkpatrick、1998年)

*8:4段階評価モデルの導入傾向

脚注2参照

*9:ROI評価

『Level 5 Evaluation:ROI』Jack Phillips、1998年

*10:組織成果の評価の阻害要因

「The Value of Learning: Gauging the Business Impact of Organizational Learning Programs (Vol. 5, No. 4)」ASTD Reasearch, 2014年

*11:組織学習の事業への影響度を測る指標

脚注2参照

*12:組織学習担当部門の知見の高さと業績の関係

脚注2参照

*13:リーダーシップ開発の発展モデル

「Raising the Bar: The Modern Approach to Leadership Development」、Kim Lamoureux、 ASTD ICE 2011 コンカレント・セッション

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