Step by Step [Advanced] Chapter7
教育研修の学習効果を高める

秋の研修シーズンが終わりました。教育研修担当の皆さんは、参加者の職場での仕事ぶりがどのくらい変わるのか、研修の効果が今から楽しみですね。さて今回は、参加者の学習効果を高める研修のあり方について、世の中に広く普及している学習理論を踏まえて考察します。ぜひ、今期実施した研修の振り返り、来期の企画でヒントにしてください。

<相談内容>

営業担当役員から、「営業課長研修の内容が甘すぎないか。現場の課題を参加者同士で話し合うだけで何が身につくのか。ベテラン講師が気合を入れて、営業の極意や部下の指導方法をビシビシ教え込む講義の方がためになるぞ」と言われました。外部講師が厳しく教えるような研修で、参加者の学習効果は本当に上がるのでしょうか?

(30代 女性 人材開発係長 N.O.)

【解説】

営業担当役員の方は、厳しい研修は学習効果が高いと考えているようですね。1960年代、熱血スポーツ漫画がアニメ化されて人気を博しました。野球の『巨人の星』やボクシングの『あしたのジョー』など、主人公が鬼コーチの指導のもと、血のにじむような努力で必殺技を身につけライバルに勝利する"スポ根"漫画です。役員の世代にとっては、研修は特訓、講師は鬼コーチのイメージなのかもしれません。一方、N.O.さん世代には違和感があるでしょう。1980年代以降のスポーツ漫画では、「根性論」は影を潜めます。サッカーの『キャプテン翼』などの代表作では、「ライバルや仲間に学び、豊かな発想でプレーを楽しむ」ことが主人公の成長や勝利のカギとなっています。

スポーツにおける指導や成長、結果を出すやり方にもさまざまな手法があるように、効果的な研修に対する考え方は、人それぞれに異なります。学習内容、実施形態、講師の役割...、研修で参加者の学習効果を高める秘訣とは何でしょうか。学習効果に関する学習理論や調査データを紹介し、N.O.さんの疑問を解いていきましょう。

学校教育とは異なる成人の学び方

研修の参加者アンケートで、「仕事にすぐ役立つ内容が少なかった」「講義が長くてつらかった」「参加者同士でもっと話し合いたかった」というコメントを目にしたことはありませんか?「学習」というと、教師の講義を通じて、知識を学ぶ学校教育のスタイルを連想しがちです。しかし、経験が少ない子供が学校で未知の事柄を学ぶのと、大人が職場で仕事のスキル・知識を学ぶのでは、学び方が異なるのです。

学習効果向上に向けて、研修設計の基本として知っておきたいのが「成人学習理論(P-MARGE)」[*1]です。大人の研修では、成人学習の特徴を踏まえて、学習の内容や流れを組み立てることが求められます。次のP-MARGEという用語を見てください。講義型で知識中心の研修は学習効果が低い理由が、見えてきませんか?

【成人学習の特徴(P-MARGE)】
P:Learners are Practical. 大人の学習者は実利的
M:Learner needs Motivation. 大人の学習者には動機が必要
A:Learners are Autonomous. 大人の学習者は自律的
R:Learner needs Relevancy. 大人の学習者には関連性が必要
G:Learners are Goal-oriented. 大人の学習者は目的志向性が高い
E:Learner has life-Experience. 大人の学習者には豊富な人生経験がある

学習内容が自身の役割や業務に関連し、実務に活用できると認識すると、大人は学ぶ必要性やメリットを感じて動機づけられ、学習意欲が高まります。また、自発的に学習内容や学習方法を選び、自身や他者の経験と学習内容を紐づけて学ぶことで効果が高まるのです。

2014年のグローバル調査[*2]で、組織リーダー13,000名が自社のリーダーシップ開発研修の問題点として最も多く挙げたのは、「自身の業務との関係性が低い」、「事業課題との関係性が低い」でした。その後に「学習内容を活用する機会が十分にない」、「自身の能力開発計画との結びつきが弱い」が続きます。参加者は、学習の目的・内容と業務とのつながり、自分にとっての明確な学習の必要性・メリットを研修に求めているのです。

研修参加者は未熟者?

次に、研修における参加者と講師の位置づけや役割を考えてみましょう。ここでは、「外部形成理論」「内部発達理論」という2つの対比する考え方を紹介します。

外部形成理論では、学習者は未熟であると考えます。そこで、教師や講師がインストラクターとして、社会や組織が蓄積した知識・スキルの体系を、学習者にインストール(転移)することに力を入れます。日本人には馴染み深い、師範が古典を教える "寺子屋式"の学習です。一方、内部発達理論では、学習者はこれまでに相応の経験を積んでいると捉えます。教師や講師は、ファシリテーターやコーチとして、学習者が主体的に、周りの環境・人との交流・経験から学べるように支援することを重んじます。例えば、NHKのEテレで放映されたマイケル・サンデル教授の「白熱教室」[*3]は、ハーバード大学の人気授業の一つです。講師のサンデル教授は、ファシリテーターとして、参加者の自発的な発言を中心に学習テーマを掘り下げていました。

環境変化が急激な昨今、過去に蓄積された知識・スキルがそのまま実務で通用する機会が減っており、ビジネス現場での学習は、内部発達理論が主流になっています。N.O.さんの会社の営業担当役員の方は、外部のベテラン講師が未熟な社員に営業の知識・スキルを教え込むことを望んだのでしょう。しかし、外部のベテラン講師が教える他社の「営業の極意」「部下の指導法」は過去のもので、相手や状況の異なる部下たちの現場でそのまま活かせるとは限りません。

研修の主役は誰か?

研修の参加者は決して未熟ではなく、仕事を通じて多くの経験を持ち、ビジネスの変化を肌で感じています。法規制の内容といった知識習得に限定される研修以外は、参加者の主体性を重んじ、実務の課題を題材に、討議・演習・現場実践など能動的な手法で学習を進めることが望ましいでしょう。

学習の定着率に関する有名な説 によると、受動的に講義を聞いた場合、参加者の記憶に残る内容はたった5%だそうです。一方、能動的に参加する実演では30%、グループ討議では50%、フィードバック付きの実践では75%と、学習内容が参加者の記憶に残る割合が高いようです。

研修の主役は講師ではなく、参加者です。講師はファシリテーターとして、研修の進行管理に留まらず、参加者の学習意欲を保ち、気づきを促す問いかけを討議の要所で行うことが求められます。「白熱教室」でも、サンデル教授はファシリテーターに徹します。教授は、学生同士が活発に意見を戦わせる仕掛けとして、興味深い問いかけを行い、考える材料を提供します。学生の意見を引き出し掘り下げて、学生が自ら学習ゴールに達することを支援します。

米国のリーダーシップ研究機関であるロミンガー社が調査結果をもとに唱えた、学習機会に関する「70/20/10の法則」という考え方があります 。国内外の人材育成の分野で広く知られているので、馴染みのある人も多いでしょう。ビジネスリーダーが「成長に役立った」と思う学習機会の構成比率は「70%が仕事上の実務経験、20%が他者との交流から受けた教えや支援、10%が教育研修などの勉強」。教育研修では、この3つの学習機会をバランスよく提供することが大切です。そのため、集合研修やe-ラーニングに加え、実際の課題解決に関するアクションラーニングや参加者同士が経験を共有する相互学習のワークショップを実施したり、人材育成視点のローテーションやコーチング、メンタリングを仕組み化する企業が増えています。

最近のリーダーシップ開発研修では、グループ討議中心のワークショップや実際の課題解決を行うアクションラーニングが取り入れられています。例えば、日本GEの選抜リーダー育成プログラムは半年間のアクションラーニングで、参加者がチームで実際のプロジェクトマネジメントを実践するそうです 。経営トップや事業責任者が示すストレッチな目標に挑み、失敗を経験して自分に足りないものに気づき、リーダーとしての自分の「軸」(大切にする価値観・こだわり・哲学)を見つけ出すことが目的といいます。また参加者の学習をフォローアップするため、個別コーチングとメンタリングに力を入れているそうです。人事トップが、月1回、1時間、参加者と真剣に対話し、鋭い質問を投げかけ、彼らの「軸づくり」を促すといいます。参加者主体の内容で、研修にとどまらない学習機会を提供するプログラムが主流になっているのです。

成人の学習は"試行錯誤"

成人学習における内部発達理論の効用について、さらに考えていきましょう。N.O.さんの周囲にも、実践する前から、上司や講師から細かくやり方を教えてもらいたがる人がいるのではないでしょうか?仕事のノウハウやテクニックを最初から指導してもらった方が、効率的で失敗も避けられ、何より楽でしょう。しかし、それでは自分自身で仕事を創意工夫したり、経験を通じて自分なりの仕事のノウハウを蓄積することはできません。いつまでも言われた通りにしか仕事ができない「指示待ち社員」になってしまいます。企業が求める人材像に関する調査(2013年)[*4]では、正社員に求める能力・資質の最上位は「リーダーシップ、統率・実行力」(調査回答者の52.1%が支持)です。支持を仰がなくても仕事を進めることができる社員が、求められています。

大人が仕事で学ぶプロセスとして、広く知られているのが「経験学習」という概念です。大人は、自分自身で考えて試し、成功体験や失敗体験を積んだ上で、結果を振り返って、自分なりのコツを得る、という学習サイクルを回しています。この学習サイクルを継続的に何度も回すことで、経験から学んだ「実践のコツ」を蓄積し、仕事をより効率的、効果的に行えるようになります。

米国の著名なリーダーシップの研究機関Center for Creative Leadership(CCL)は、1980年代からの調査研究をもとに、成果を上げるリーダーにとって「自分で実行し、他人が挑戦するのを観察し、失敗を犯すことによって学ぶ」ことがいかに重要かを訴えています[*5]。また最近では、世界的規模の経営人材紹介会社であるコーン・フェリー・インターナショナル社が、経験からの学びを活用する能力を「ラーニング・アジリティ(Learning Agility)」と呼び、注目しています[*6]。"学びの早い人材(Agile Learner)"は、持ち前の好奇心で素早く様々なことを学習し、多様な経験から形作った自分なりのセオリーを活用して、複雑な問題解決に取り組みます。「広く早く」経験から学び取り、新たな役割や業務に素早く(Agileに)対応し、高い成果を上げるのです。

学習者に"学び上手"になってもらうには、試行錯誤の学習サイクルの中で、学習者が自身の経験を振り返り、自分なりのコツを得る段階での支援が大切です。講師の役割はファシリテーターやコーチ、メンターであり、体系的な知識・スキルを一方的に教え込むインストラクターとは異なります。

教育研修のあり方が大きく変わる

学習者を主役と捉える内部発達理論は、これからますます主流になるでしょう。環境変化の激しさやデジタル社会の進展により、学習者の自律性が増すからです。組織学習、イノベーション、デジタル文化を専門とするジョン・シーリー・ブラウン教授は、環境変化の激しい時代には「変化に前向きに対応し、周囲の環境から自身に必要なことを読み取り、あらゆる機会を学習の場にして主体的に学ぶ人たちが学習の主流となる」と唱えています[*7]。またデジタル社会の進展により、スマートフォンやタブレット端末などのモバイル機器を使った、時間や場所を問わない学習が可能になりました。今後、学習のテーマ、時間、場所、教材の選択は、ますます個人に委ねられるでしょう。

では、学習スタイルの自律化を受けて、組織学習はどのように変わるのでしょうか?組織が決めたゴールに向けて、人材開発部門が用意した一律の学習内容を効率的に社員に学ばせる手法がこれまでのやり方でした。今後は、社員が自身の学習ニーズに基づき、自発的に学ぶやり方に移っていくでしょう。ソーシャルラーニングやインフォーマルラーニングといった社員主導の知識・経験の共有、相互学習の比重も高まります。例えばソフトウェア企業のSAP社は、ブログを使った社内外200万人が参加する学習コミュニティを持っています[*8]。参加者は、互いの学習ニーズに沿って知識や経験をブログ上で交換し、投稿した質問や意見への最初の回答は、ブラウン教授によると平均17分で来るそうです。

組織学習の変化に合わせ、人材開発部門の役割も変わります。教材作成や研修運営から、学習環境の整備(組織における効果的な学習のあり方、社員の学習ゴールの見極め、ゴール到達に向けた教材の選択など)に移るでしょう。学習環境を設計、運営するリーダーに求められるのは、社員が効率的・効果的に学べるように、適切な学習リソースを、先見性と専門性をもってスピーディーに整え、提供することです。そして、社員たちがお互いに学ぶ場づくりを行うことも重要です。

N.O.さんが役割変化に対応するためには、"組織の知的生産性向上を目指し、効率的、効果的な学びとは何かを追求すること"が求められます。広く普及している学習理論を学び、経験学習、相互学習、ソーシャルラーニング、インフォーマルラーニングといった学習者中心の学習法への知見を高めることもその一つでしょう。また、今後組織の中心となるデジタル世代の学習ニーズや学習スタイルを知り、モバイルラーニングや社員の学習コミュニティを支える学習テクノロジーに親しむことも欠かせません。N.O.さんがさらに研鑽を積まれることを期待しています。

■コラム■ ビシビシ叱る研修の学習効果は高いのか?

N.O.さんの「ビシビシ指導すれば学習効果は高まるのか?」という疑問へのヒントとして、学習者の学習意欲を高めるための動機づけの枠組み、ケラーの「ARCS(アークス)モデル」 を紹介します。「ARCSモデル」は、学習意欲を高める四つの要素を示しています。研修にこの四つの要素を入れ込むことが、参加者の学習の動機づけにつながります。

【ARCSモデル】

①Attention(注意):
学習者に興味関心を持たせ、マンネリを避けて、「面白そうだ」と思ってもらう。
②Relevance(関連性):
学習者に研修のテーマに親しみを持たせ、自身の課題として積極的に取り組んでもらう。学習のプロセスを楽しめるようにして、「やる意味がありそうだ」と思ってもらう。
③Confidence(自信):
学習者にゴールを示して成功の機会を与え、自分の努力でできたと思えるようにして、「やれそうだ」と思ってもらう。
④Satisfaction(満足感):
学習者が努力の結果を確かめられるようにして、目標に到達したらほめて認める。フェアな評価を行い、学習者に「やってよかった」と思ってもらう。

このモデルに基づくと、講師がビシビシ叱る厳しい研修は、参加者が「学習プロセスを楽しめない」「失敗を責められ、自信が持てなくなる」「努力が認められず、満足感を得られない」といったマイナスの効果を生みます。厳しい試練を乗り越えることに高い満足感を覚えるような達成動機が強い人以外は、学習意欲がそがれてしまうでしょう。

講師は親心で叱っているつもりでも、参加者が反省・奮起するとは限りません。叱って相手の心に響くのは、お互いに信頼関係があるからです。"スポ根"漫画の主人公は、鬼コーチと強い絆で結ばれているからこそ、つらい特訓に耐えられるのです。初めて会った講師が叱っても学習効果は高まらないでしょう。


リンクは記事掲載当時のものとなります。

*1:成人学習理論

『企業内人材育成入門』中原淳編著 ダイヤモンド社、2006年

*2:リーダーシップ開発研修の問題点に関するグローバル調査

Global Leadership Forecast 2014-2015」の調査概要は、以下のサイトで読むことができる。
http://www.ddiworld.com/glf2014(英語)

*3:サンデル教授の授業

授業の様子は、ハーバード大学のサイトで一部見ることができる
https://scholar.harvard.edu/sandel/justice(英語)

*4:正社員に求める能力・資質

労働政策研究・研修機構「構造変化の中での企業経営と人材のあり方に関する調査」、2013年

*5:リーダーの学習能力

『ハイ・フライヤー 次世代リーダーの育成法』モーガン・マッコール著、プレジデント社、2002年

*6:ラーニング・アジリティ

コーン・フェリー・インターナショナル「Learning Agility: The X-Factor in Identifying and Developing Future Leaders」ASTD2012国際会議 セッションSU218での発表資料、2012年

*7:新たな学習文化の登場

Brown, J.,「The Entrepreneurial Learner-Thriving on Change in the 21st Century」、ASTD ICE 2013基調講演

*8:SAP社の学習コミュニティ

SAP Community Networkは、以下のサイトを参照
http://scn.sap.com/welcome?original_fqdn=www.scn.sap.com(英語)

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