Step by Step [Advanced] Chapter9
パフォーマンス向上を促す職場をつくる

2月、3月に期末決算を迎える企業は、業績達成に向け、最後の追い込みに慌ただしい時期でしょう。社員の働く意欲や職場の活気は、組織の成果にどのような影響を与えるのでしょうか?近年、心理学の新たな潮流として注目されるポジティブ心理学の観点から、職場のパフォーマンス・マネジメントを考察しましょう。

<相談内容>

営業部の複数の若手社員から、「業績が悪いせいで、上司が毎日誰かを叱りつけ、職場がとても暗い。もっと前向きに仕事がしたい」との声が上がっています。上司の営業部長は、「仕事はそんなに甘くない。だから目標達成できないんだ」と聞く耳を持ちません。目標達成に向けて厳しい職場でないと、成果が出せないのでしょうか?

(30代 女性 人事部係長 R.K.)

【解説】

価格競争、コスト競争、受注競争...、厳しくなる事業環境の中、R.K.さんの会社の営業部は、営業目標の達成に苦労しているようですね。営業部員にかかるストレス、プレッシャーが高まっているのでしょう。上司は、焦るあまりに部下を叱り飛ばし、職場にイライラや疲弊感が蔓延しているようです。厚生労働省の調査では、現在の仕事や職業生活に関して強い不安、悩み、ストレスがある労働者は6割に達します。もっとも多い要因は、「職場の人間関係」(41.3%)、次いで「仕事の質」(33.1%)、「仕事の量」(30.3%)です[*1]。2013年の職場コミュニケーション調査では、「部下を叱ることが育成につながる」と考える課長が89%なのに対し、56.8%の一般社員は「叱られるとやる気を失う」と答えています[*2]

上司の"愛のムチ"は、実は部下からやる気を奪っているのです。上司が叱咤して部下にストレスやプレッシャーを与え続けると、仕事に自信を失った部下が、不安とあきらめ感から仕事を途中で投げ出すかもしれません。今の仕事への取り組み意欲が低い部下は、仕事の満足感がさらに下がって離職を考えるかもしれません。上司の叱咤をネガティブにとらえた部下は、メンタルヘルスを損なうかもしれません。

部下の働く意欲を引き出し、成果を上げてもらうには、どのような工夫が必要でしょうか?R.K.さんと一緒に、ポジティブ心理学の知見を活かして、組織のパフォーマンス向上のヒントを探りましょう。従来とは異なるアプローチで、仕事の成果やエンゲージメントを向上させ、組織の競争優位性を高めるヒントが得られるはずです。

懸命に働いた結果「幸せ」になるのか?~「成功」と「幸福」の関係

たくさんの人が、日常の仕事で高いパフォーマンスを求められ、ストレスやプレッシャーに直面しながら、試練を乗り越えようとしています。「懸命に努力して成功すれば、幸福になれる」という考え方を幼少時から信じて、実際に仕事や学業で努力して成功した経験があるからです。しかし、今や日本を含む経済成長率の低い先進国では、どんなに働いても、右肩上がりの報酬や昇進が約束されている訳ではありません。

組織上責任ある立場の人は、周囲の人に厳しいストレスやプレッシャーを与え、家族や同僚、友人との人間関係、プライベートの生活を犠牲にしがちです。自身がメンタルヘルスの不調を訴えたり、健康を害したりすることも少なくありません。前述の職場コミュニケーション調査では、部下や後輩の仕事ぶり、能力に満足している上司は37%にとどまります。一方、一般社員の78.3%は、自分は頑張っていると答え、62.5%は、職場の同僚が「疲れ気味」だと感じています[*2]。この実態を見ると、果たして懸命に働くことが幸せにつながるのか、疑問が湧いてきます。

ポジティブ心理学では、成功と幸福の関係について、従来とは逆の発想を唱えています。「幸福度が高まると、個人の活動能力が上がり、成果を上げるようになり、結果的に成功に結びつく(幸福優位性)」というのです。ではポジティブ心理学とはどのようなものか見ていきましょう。

ポジティブ感情が好業績を生む

ポジティブ心理学は、1998年にペンシルベニア大学マーティン・セリグマン教授(当時のアメリカ心理学会会長)が創設した心理学の領域で、人々の人生をより充実させるための、個人・組織・地域社会における持続的幸福(ウェルビーイング)の実現がテーマです。教授のウェルビーイング理論では、ポジティブ感情/エンゲージメント/関係性/意味・意義/達成の5つが、ウェルビーイングを高める構成要素とされています[*3]

セリグマン教授の著書は2002年に全米ベストセラーとなり、その後、『タイム』誌、『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌でも、ポジティブ心理学の特集記事が組まれています。ハーバード大学のポジティブ心理学講座は学生に人気の高い講義の一つで、2006年には2学期間で1,200人を超える受講生を集めました。また、日本では2011年に日本ポジティブ心理学協会が設立されており、経済協力開発機構(OECD)は、2年に1度、加盟国の幸福度を調査し、社会、政治、教育など、国家政策での活用に役立てるなど、世界的にも注目されています[*4]

ポジティブ心理学の研究では、「人は幸せを感じる時(=ポジティブなマインドセットの時[*5])に成功する」ということが見出されています。心のあり方や気分がポジティブな時は、頭がよく働き、やる気が高まり、その結果、物事がうまく回り出します。ある研究では、うれしかったことや楽しかったことを考えるだけで、そうでない人よりも数学のテストの成績が上がったり、作業の効率や正確性が改善されたりすることが分かっています[*5]

例えば、幸福度の高い社員は生産性や売り上げが高く、リーダーとして優れており、高業績を上げるため報酬も高いようです。ノースカロライナ大学のバーバラ・フレドリクソン教授の調査によると、ポジティブ感情の高い社員はそうでない社員よりも18カ月後の評価や給料が高いという結果が得られました[*6]。別の研究者は、1,200人を対象に7年間調査を行い、仕事で活力に満ち、学習意欲の高い「幸福度の高い」社員は、そうでない社員に比べ、長期的に高いパフォーマンスを上げることを明らかにしています[*6]

米国の靴のオンライン小売大手で、卓越したサービスでファンを持つザッポス社は、社員の幸福度向上を重んじる企業文化を築き、成長を続けています[*7]。同社では、社員を幸せにするため、仕事に意義を持たせ、職場内の結びつきを強め、社員が安心して働ける制度を整えることで、組織や仕事に対するエンゲージメントを高めてきました。米国フォーチュン誌の「働きがいのある企業100」では、毎年上位に選ばれています。幸福度の高い社員は、「顧客を幸せにする」という同社のビジョンの下、感動的なサービスを提供します。それが顧客からの高い支持につながり、高業績を実現するという"幸福の連鎖"を生んでいます。

また前述のフレドリクソン教授によると、ポジティブ感情には、人の認識や行動を「拡張」させる作用(拡張効果)もあるそうです。個人の視野の拡大を通じて、創造的なアイデアをもたらすのです。例えば「楽しい気分や充足感を抱いた後」と「不安や怒りを感じた後」、どちらが創造的なアイデアを思いつきやすいでしょうか?シリコンバレーのIT企業では、社員のデスクがお気に入りのグッズや写真で飾られ、斬新なデザインの会議室が用意され、オフィスでビアパーティーが開かれたりします。これらは、組織のユニークさのアピールだけでなく、社員のポジティブ感情を高め、創造性や革新性を促す工夫だと言えます。

チームのパフォーマンスを高めるには

R.K.さんの会社の営業部では、ネガティブな発言が多くないでしょうか。「何度言ったら分かるんだ」「やる気があるのか」「どうせできっこない」...。チーム内のネガティブな思考が一定の割合を越えると、チーム活動は停滞するそうです。

ポジティブ思考とネガティブ思考の"比率"と業績との関係に関する仮説を紹介しましょう[*8]。心理学者で、経営コンサルタントのマルシャル・ロサダ氏は、ある会社のチーム(8名編成、全60チーム)を、生産性や顧客満足度によって高業績チーム、低業績チームに分け、行動の違いを調べました。各チームの会議中の発言を分析した結果、高業績チームの議論では、ポジティブな意見がネガティブな意見を上回り、その割合は6対1でした。自分の意見を言う主張的な態度と、相手を認め、理解するため問いかける探求的な態度との割合は、1対1。社会、地域、企業全体、他部署に関する外向きの話と、自分たちの利害に関する内向きの話の割合も、1対1とバランスが取れていました。一方、低業績チームの発言はネガティブな意見がポジティブな意見の3倍以上あり、チーム全体が極端に主張的で内向きだったことが明らかになっています。

では、チームのパフォーマンスを高めるには、どのような工夫が必要になるのでしょうか。ポジティブなコミュニケーションはとても大切です。「君のおかげで契約が取れたよ」「難しそうだけど一緒に考えてみよう」「すごくいいアイデアだね」。チームが最大限に能力を発揮するには、こんなポジティブな会話や体験が、ネガティブな会話や体験の6倍必要なのです。

また、部下の生産性向上には、部下の長所を頻繁にフィードバックすることが効くそうです。しかも、できるだけポジティブな表情や声のトーンで伝えることが、相手によい影響を与えるようです[*5]。前述の職場コミュニケーション調査では、一般社員の97.2%が「上司に褒められるとうれしい」と答えています。部下をできるだけ肯定的に励ますマネジャーのチームは、部下をあまり褒めないマネジャーのチームと比べ、業績が3割も高いという研究結果もあります[*5]

上司と部下の「関係の質(つながり)」の高さも大切です。関係の質が高いと、部下は、仕事の意欲や能力が上がるだけでなく、自分が好意的に受け入れられていると感じ、責任感が高まります。さらに、上司と部下の信頼関係が高まり、仕事上の情報共有や相互支援が活発になります。部下に対し、電話やメールではなく対面で話をする、向き合う時は相手に100%関心を注ぐ、相手の話を積極的に傾聴する、相手が求める助けに気づいて支援する。このような上司の行動が、高い「関係の質」を築くそうです[*9]

その他に、得意分野をつかみ、それを活かせる仕事を任せることも、部下の幸福度向上につながります。人は、自分の得意分野のスキルや強みを仕事で使うと、仕事に充実感を覚え、「自己効力感(Self-efficacy:自己の能力や可能性に対する自信、信念)」が高まり、ポジティブ感情が生じます。そのため、前向きに課題解決や学習に取り組めるのです。ある実験では、自分の強みを一つ、1週間毎日、様々な方法で使ってもらったところ、使わない人よりもポジティブ感情が高まり、前向きな感情は実験後も6カ月間続いたそうです[*10]

強みは見出すだけでなく、仕事で活用し続けることが大切です。強みの発見で終わると、部下は知的好奇心を満足させるだけで、幸福度は長続きしません。強みを活用して初めて、「自分の強みが使えた」充実感が高まり、幸福度の向上につながります[*10]

セリグマン教授が紹介する、自己の強み診断の一つである「VIA-IS」は、ペンシルバニア大学のサイトから、日本語で無料体験できます。このテストは、200カ国から、100万人が受検しています。
www.authentichappiness.org

職場のポジティブ比を上げていこう

最後に、チームのポジティブ比を上げ、社員の可能性を引き出す職場環境づくりの例を紹介しましょう。組織開発や人材育成に携わるR.K.さんに、ぜひ参考にしてもらいたいと思います。

仕事の合間の運動、仲間同士の笑い話、お気に入りのウェブサイトの閲覧、ボランティア活動への早上がり参加...。一見 "サボり"にも見えるこれらの行動は、ポジティブ感情を上げ、仕事の能率や集中力、創造性を高める"充電法"なのです。例えば、新たなアイデアを生み出すための気分転換や雑談の場づくりに、職場のコミュニケーションスペースにキャンディやスナックを置く企業もあるそうです。パッケージにメッセージを書けるチョコレートを使って、感謝の気持ちを伝え合う組織もあります。日本GEでは、小学校でボランティア授業を行う機会を、社員に提供しています。13年も続くこの活動には、ハードな仕事の合間を縫って、毎年約400人の社員が参加するそうです[*11]。また最近では、雇用形態や勤務時間の多様化、オフィスの分散化、対面コミュニケーションの減少などで社員同士の面識が減り、不安や孤独感を覚える社員が増えています。そのため、社員同士の良好な関係を築く手段として、社員旅行や運動会を見直す企業も出てきました[*12]

ポジティブ感情の波及効果は、ネガティブ感情以上に高いといいます。一人の社員がポジティブ感情を発信すると、感情が周囲に伝わり、組織の感情につながるようです。営業部にも、今のネガティブ感情を払拭するため、ポジティブ感情のウェーブを起こすことが求められます。部下を褒める、部下が求める支援を行う、部下に得意分野の仕事を任せる、社員同士の交流の機会をつくる。R.S.さんが、営業部のキーパーソンを巻き込み、ここで紹介したヒントを試して、職場の活気を高めてくれることを願っています。

■コラム■ ポジティブであればあるほど仕事はうまくいきますか?

チーム全員がひたすらポジティブでは仕事は成り立たない、と思う上司は多いのではないでしょうか?確かに、人事や経理などバックオフィスのメンバーのリスク感度が高くなければ、組織全体の運営が危ういかもしれません。

一説には、チームのポジティブ/ネガティブ比が13対1を上回ると、チームの成果は下がるようです。ポジティブ感情過多の人は、現状に対して自己満足し、困難な課題解決を避けている可能性があるようです。ネガティブ感情は、常にマイナスの効果をもたらす訳ではありません。不当な出来事への憤りや危険に対する不安は、課題解決に必要なシグナルです。現実を直視して腹を据えるには、ネガティブ感情が必要なのです[*6]

「防衛的悲観主義」という心理学の概念を知っていますか?この性質の人(防衛的悲観主義者)は、物事を悪い方向に考えて成功する人です。以前うまくいっていることでも、最悪の事態を予測し、リスクを避けて慎重に行動します。その上で、将来への不安をバネに最大限努力して問題解決にあたるので、目標を達成できることが多いのです[*13]

ただ、防衛的悲観主義者は常に不安を抱いているため本人のストレスが高く、周囲に対してもネガティブな感情を伝染させて、職場を暗くしがちです。ネガティブ感情への対処法としては、「不安の先送り」、「感情の切り替え」をお勧めします。心配事が頭に浮かんだり、不安でイライラしても、自分でタイミングを決め、それまではネガティブなことを考えないようにするとよいでしょう。そして、不安な状況を乗り越えた後は、ネガティブ感情を封印して達成感を味わいましょう。


リンクは記事掲載当時のものとなります。

*1:

厚生労働省「平成24年労働者健康状況調査」、2012年

*2:

公益財団法人 日本生産性本部「第2回 職場のコミュニケーションに関する意識調査」、2013年(有効回答数:課長職300名、一般社員539名)

*3:

『ポジティブ心理学の挑戦』マーティン・セリグマン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2014年

*4:

OECDの日本の幸福度調査の概要については、以下のウェブサイトを参照
http://www.oecd.org/tokyo/newsroom/documents/20140505BLI2014_CountryNoteJapan_Japanese_version.pdf

*5:

『ポジティブな人だけがうまくいく3:1の法則』バーバラ・フレドリクソン著、日本実業出版社、2010年。フレドリクソン教授は、「喜び」「感謝」「安らぎ」「興味」「希望」「誇り」「愉快」「鼓舞」「畏怖」「愛」の10項目を一般的なポジティブ感情として説明している。単なる「前向きで積極的な気持ち」ではないことに留意してほしい。

*6:

グレッチェン・スプレイツァー&クリスティーン・ポラス「社員のパフォーマンスを高める幸福のマネジメント」ダイヤモンド社『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』、2012年

*7:

『顧客が熱狂するネット靴店 ザッポス伝説』トニー・シェイ著、ダイヤモンド社、2010年

*8:

Marcial LosadaLosada M. and Heaphy,E.Emily Heaphy,「The Role of Positivity and Connectivity in the Performance of Business Teams: A Nonlinear Dynamics Model」American Behavioral Scientist, 2004年 ※本仮説は、行動分析で見られた現象であり、必ずしも因果関係に影響されたものとは言えない

*9:

Dutton, J. E. (2006). Energize your workplace: How to create and sustain high-quality connections at work. Wiley. com.

*10:

Martin E. P. Seligman, et.al,(2005).「Positive psychology Progress, Empirical Validation of Interventions」American Psychologist.

*11:

日本GE ホームページ

日本GEプレスリリース「GE『地域に役立つ発明家になろう!』ボランティア授業、2013年も開催」(2013年5月27日付け)

*12:

「日経スペシャル ガイアの夜明け シリーズ「働き方が変わる」第9弾 社内の"見えない壁"をぶち壊せ!」(2014年11月11日放映)

*13:

『ネガティブだからうまくいく』ジュリー・K・ノレム著、ダイヤモンド社、2002年

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