Step by Step [Advanced] Chapter10
社員の自立的な学習を支援する

4月を迎え、異動や昇格を機会に、新たな気持ちで自己啓発目標を定めた人も多いのではないでしょうか?今回は、ICT(情報通信技術)の進化が促す、社員の "学び方の変化"を取り上げます。モバイルラーニングやソーシャルラーニングといった新しい学習手法も紹介しながら、新たな企業学習のあり方を考察します。

<相談内容>

学習意欲の高い若手社員から、「研修参加のチャンスが限られているため、オンライン学習を導入してほしい」という声が多数寄せられています。eラーニングで、集合研修のような学習効果が得られるとは思えないのですが...。

(40代 男性 人材開発課長 M.S.)

【解説】

M.S.さん世代の方は「学習」と聞くと、教師の講義で知識を学ぶ学校教育のスタイルを連想するのではないでしょうか?企業学習でも、階層別研修のような集合研修や上司や先輩による指導が主流でしょう。一方、幼い頃からデジタル社会に親しみ、ソーシャルネットワーク文化で育った若手社員(ミレニアル世代[*1] )は、M.S.さん世代とは学習スタイルが異なります。彼らは、組織が提供する集合研修や職場のOJTだけに頼らず学びます。職場で増える新しい世代の学び方、彼らが得意とするインターネットを用いた学習手法を概観し、M.S.さんの疑問を解いていきましょう。

ミレニアル世代は主体的に学ぶ

1980年代から2000年にかけて生まれ、21世紀に社会に参入したミレニアル世代は、現実の世界を越えて他者と結びつき、デジタルで常時交流します。米国の調査[*2] では、この世代の8割はフェイスブックのアカウントを持ち、友人の数はおよそ250人。それ以前の世代に比べてはるかにネットワークが広く、インターネット上で"自分"を確立しています。認知科学者のジョン・シーリー・ブラウン教授によると、この世代の大半は、占有や管理よりも創造、共有、協働を重んじ、職場を他者との協創、学習の場と捉えるそうです。

ミレニアル世代の参入で、組織の学習文化はどのように変わるのでしょうか?前述のブラウン教授は、この新しい学習文化の主役を「起業家精神の学習者(Entrepreneurial Learner)」と呼びます。彼らは、環境変化が複雑で激しい中でも変化に前向きに対応し、周囲の環境から自身に必要なことを読み取り、あらゆる機会を学習の好機として受け止め、主体的に学びます。その学習スタイルには、①探究(常に自らの好奇心に沿って何かを探り当て、追求する)、②結びつき(他者と知識・経験を共有する)、③内省(他者の支援で自身を振り返る)、④遊び(創造性向上のために学習に遊びの要素を加える)の四つの特徴があるそうです[*3]

具体的な学習スタイルの変化を紹介しましょう。学習デザインの大家で、「eラーニング」という言葉の生みの親の一人であるエリオット・メイシー氏によれば、最近の学習はテーマ、時間、内容とも、個々の学習者に一層委ねられるようになっています。学習者は、組織が提供する学習内容全てを学ぼうとするわけではありません。自分が知りたいことだけに絞り、それ以外には時間も手間も極力かけたくないと考えるようです。例えばeラーニングでは、コンテンツに7分しか集中せず、残りは流しっ放しや早送りにする人も多いそうです。そのためかコンテンツが短くなる傾向があり、1日間の集合研修は半日に、半日の集合研修はeラーニングに変わり、eラーニングは12分間の動画に短縮されることもあるようです。学習者は、自身の学習目的に合わせて、体系的な教材の中で役に立つ部分だけをバラバラに切り取って利用します[*4] 。これまでのように誰でも一律な学習の仕方は好まれないのです。

インターネットが変える学びの世界

ICTの進化で、学びの可能性は格段に広がりました。インターネット上では世界中の知が蓄積、公開され、日々更新されます。M.S.さんたちがなじみ深いのは「ウィキペディア」でしょう。誰でも編集に参加できる百科事典で、250を超える言語で総計2千500万項目の記事が掲載されています[*5] 。世界中の人たちが知を集積し、共有する試みです。

世界中のあらゆる人に質の高い教育を提供する「教育機会の平等」を目指し、教材や講義といった教育リソースが、米国を皮切りにウェブ上で無償公開され始めました。時間、地域、組織、費用といった制約を越えて、意欲ある人はウェブで学べるようになったのです。この新たな学びのあり方を「学びと教え」のオープン化、オープンエデュケーションと呼びます[*6] 。インターネットに接続できれば、大規模公開オンライン講座(MOOC[*7] )を通じて、学費の高い世界トップクラスの大学の講義を無料でウェブ上から受講できます。ハーバード大学のキャンパスに通わなくても、同校の看板教授、マイケル・サンデル氏の講義を、自宅のパソコンで好きな時間に聴講できるのです。現在では、世界中で1千万人以上がMOOCを受講しているそうです。日本版MOOC(JMOOC)として、2014年4月に開講した「gacco(ガッコ)」の登録者は、社会人を中心に10万人を超えています[*8]

最近では、操作性や持ち運びの便利さから、スマートフォンやタブレット端末などのモバイル機器を使うモバイルラーニングを導入する企業が増えています。2012年の米国の調査[*9] によると、回答企業の約3割が社内にモバイル機器用の教材を持ち、時間や場所に制限のない学習環境を備えています。接客業務や外回り業務に従事する人など、インターネットやパソコンに簡単にアクセスできない人も、モバイル機器なら研修を受けられるからです。

2013年の日本の利用者向け調査[*10]によると、回答者の5割弱がスマートフォン、3割強がタブレットを使い、主にインターネット上のテキスト・資料を読んだり、動画教材を見たりしています。通勤・通学途上での利用がもっとも多く、空き時間を利用する"すきま学習"に活用されているようです。前述のMOOCも、最近ではモバイルラーニングを意識してコンテンツを作り込み、講義動画を10分以下に短く区切る工夫もしています。また「反転授業」といって、各自がモバイルラーニングで知識を予習してから、集合研修で討議や演習を行い、現場での活用を促す企業もあります。

ソーシャルメディアに集まる意欲的な学習者たち

「学習者の気づきは独学で高められるのか?」「学習意欲は保てるのか?」、M.S.さんには、そんな疑問が湧いてきたかもしれませんね。近年ウェブ上では、ソーシャルメディアを使った自由でオープンな学習(ソーシャルラーニング)の場が急速に増えています。ブログ、ツイッター、フェイスブックのような、誰もが参加しコミュニケーションできるソーシャルメディアには、知識、情報、経験を共有したい意欲的な人たちが集まります。組織や地域を越えて、学び合い、教え合うインフォーマルな協同学習の場が生まれているのです。

ソフトウェア企業のSAPは、社内外のエンジニア200万人が参加する、ブログを使ったオンライン学習コミュニティ「SCN(SAP Community Network)」を運営しています[*11]。参加者は各々の学習ニーズに沿って知識や経験を交換し、投稿した質問や意見には平均17分で最初のレスポンスが来るそうです。このコミュニティでは、早く回答すれば評価ポイントが得られ、ポイントが高い人は良いプロジェクトに入りやすくなっています。そのため、協同学習への意欲がさらに促される好循環が起こります。

日本最大級の学習管理サイト「Studyplus」には、90万人以上の学生・社会人が登録しています。このサイトは、自身の学習記録をグラフで見える化し、タイムラインで仲間と学習時間を競ったり、励まし合ったりして、学習を楽しく習慣化できると評判です[*12]。サイト内では、「プログラミング」「中小企業診断士」といった同じ志向性を持つ学習仲間をタグですぐに探せます。個人のプロフィールを見れば、その人のこれまでの学習履歴や取得資格、学習目標などが一目で分かります。学習コミュニティは、目的や属性別に6,000件もあり、人気のコミュニティの一つ「社会人勉強仲間」には、約9,000人が参加しています。前述のMOOCも、オンライン学習コミュニティ機能を備え、受講者の交流を支援しています。MOOCでは、1講座の受講者数が数万人規模になることもあるため、講師に直接質問したり、フィードバックをもらったりすることはできません。そのため、学習内容の定着に向けて、受講生同士で教え合い討議する場を設けています。

SAP社のSCNやStudyplusは、新しい学習文化の主役である「起業家精神の学習者」が持つ学習スタイル(①探究、②結びつき、③内省、④遊び)に合った仕組みと言えるでしょう。学習テーマを自分で選び、同志を見つけて教え合い、ゴールを目指す。SCNのポイント制やStudyplusの学習時間のグラフ化など、遊び心をくすぐる仕掛けも用意されています。前述のブラウン教授は、独創的な発想の多くは、近年、ソーシャルネットワーク上で起こっていると指摘しています[*3]。知的資本の共有・発展の場は、リアルの教室からデジタルやインフォーマルなネットワークに移りつつあります。

企業学習はどのように変わるのか

起業家精神の学習者の増加、ICTの進展によって、企業学習は変わり始めています。近年、企業学習のあり方は、過去に蓄積した知識・スキルを未熟な学習者に教え込む学校教育式から、経験を積んだ学習者が、周囲の環境、人との交流、仕事の経験から主体的に学ぶことを組織が支援する、学習者中心の方式に移っています。環境変化の加速化、複雑化によって、過去に蓄積された知識・スキルは5年も経つと陳腐化し、実務で活用しづらくなります。そのため、知識・スキルの蓄積・伝承よりも、創出への支援が重んじられるのです。

さらに、学びと教えのオープン化によって学習のテーマ、時間、場所、教材を、社員が自分の意思で選べるようになってきました。企業学習も、人材開発部門が用意した一律の教材を集合研修やeラーニングで学ばせる形から、社員自身の学習ニーズに基づく自発的な参加型の学習が増えるでしょう。ソーシャルラーニングのような個人主導の知識・経験の共有、相互学習を行う比重も高まると予想されます。

人材開発部門の役割は学習プロセスの活性化

社員の学びの自立が高まれば、従来のように、組織が社員の学習を全てコントロールするのは難しくなります。個々の社員の学習状況の把握も容易ではありません。そのような状況で人材開発部門に求められるのは、組織成果の達成に向けた組織学習の舵取りです。個々の教材作成や研修運営よりも、組織の学習プロセスの活性化に力点が移るでしょう。組織目標達成に向けた効果的な学習のあり方や社員の学習目標の見極め、学習目標到達に向けた教材の選択、インフォーマル学習の場づくり、到達度合の把握などが新たな職務です。2013年以降、人材開発の分野では、「キュレーション(Curation)」というキーワードが注目されています。キュレーションとは「美術館や博物館などの学芸員(キュレーター)が、テーマに沿って作品を収集、編集して展示すること」。人材開発部門のキュレーションは、組織の学習戦略に則り、社員の複雑で多様な学習ニーズに応えるために、学習リソースの有用性や信頼性を判断、集積し、自由に使えるようにすることです。そのためには、オンライン学習や個人の学習状況がわかる学習管理システムといった、学習テクノロジーの導入、活用がますます求められるでしょう。

ただし、オンライン学習は全ての社員に同じように効果を及ぼす訳ではありません。M.S.さんの会社の若手社員のように、課題を自分で見つけて自発的に学ぶような、学習意欲が高い人にとっては、教材や学習仲間を探しやすいため有効です。一方、学習に興味が薄い人は、学習目標を定めて主体的に学習リソースにアクセスすること自体が難しいため、集合研修、コーチング、メンタリングなど、企業側が主導する学習スタイルの方が効果的です。したがって、多数の人を対象に知識・スキルの底上げ用にオンライン学習を広く導入しても、効果は期待できないかもしれません。日本企業の若手・中堅社員の自主学習に関する調査[*3]では、自主的に学習する人たちの6割以上は、現在の仕事で高い成果を上げるために学ぶそうです。学習テクノロジーの導入は、彼らがさらに自発的、効果的に学び、能力を伸ばすために役立ちます。教育投資で彼らの組織へのエンゲージメントを高めることが、組織成果の創出につながるでしょう。

一方、同調査では、新入社員および若手社員の約5割、中堅社員の約7割が、普段、自主学習に取り組んでいないと答えています。仕事やプライベートで多忙なことが主な理由ですが、「関心のあるテーマが少ない」と答えた人も、若手や中堅社員で3割近くいます。彼らには職場の上司と連携して、学習の方向付けを支援しましょう。現在の課題や求める人材像をふまえて、学習目標の設定を手助けし、各自に合った学習リソースを提供することで、学習意欲を引き出せるでしょう。ゲームが持つ、人を自発的に何かに没頭させるメカニズムを他の活動に応用する「ゲーミフィケーション」という考え方や手法が最近、注目されています。人は、ゴールが魅力的で、十分に意欲を促すフィードバックが得られる事柄には、能力の限界まで、長時間夢中になって取り組むそうです[*13]。何かに打ち込み、没頭する喜びといった内的報酬に動機づけられた学習は、自発的に長続きするのです(Chapter1参照)。

インターネット上でキャリアを切り開く

変化が激しく知識が陳腐化しやすい環境では、学校を卒業しても学習は終わりません。オープンエデュケーションは、職業人生を通じて学び続け、仕事上の道具となる知識・スキルを高めるための強い味方です。組織が提供する学習機会に限定されることなく個人が主体的に学んで知識・スキルを身に付ければ、仕事の成果を上げるだけでなく、キャリアを自分で切り開くことも容易になるでしょう。フェイスブックのようなソーシャルネットワーク上の個人的なつながりは、仕事の成果向上や転職の起点になります。リンクトインというビジネスプロフェッショナル特化型のソーシャルネットワーキングサービスは、ビジネスのパートナーづくりや人材獲得で、すでに3億人以上に使われています[*14]

ICTの進化により学習の可能性が広がる一方、M.S.さんのようにICTを使った学習手法に抵抗感を持つ人もまだ多いでしょう。しかし現実にはデジタル格差が広がり、ICTに馴染んだ人とそうでない人とでは、学習にとどまらず、キャリア上のチャンスにも差がつきます。仮に苦手だとしても、ICTを使わず遠ざけることは避けたいものです。対面から得られる共感や内省、リアルなネットワーク構築といった点で、集合研修の学習効果は否定されるものではありませんが、新たな学習テクノロジーの学習効果を理解し人材開発に上手く活用することも、今後M.S.さんのような人材開発責任者に求められるでしょう。

■コラム■ Webの学び場に踏み込もう

オープンエデュケーション関連のサイトを訪ねてみませんか?百聞は一見に如かず、まずはいくつかのサイトを覗いてみましょう。

<MOOC>
○ マサチューセッツ工科大学 オープンコースウェア(MOOCの起源と言われる)
 http://ocw.mit.edu/index.htm (英語)
○ edX(エデックス:マサチューセッツ工科大学やハーバード大学の講座が受講可能)
 https://www.edx.org/ (英語)
○ Coursera(コーセラ:スタンフォード大学やプリンストン大学など、116の提携先が講座を提供)
 https://www.coursera.org/ (英語)
○ Gacco(ガッコ:JMOOC公認の日本の無料オンライン大学講座)
 http://gacco.org/index.html
○ Schoo(スクー:仕事で活用できるスキルを生放送と録画で学べる動画サイト)
 https://schoo.jp/

<SNS>
○ SAP Community Network(SCN)(SAP社運営の学習コミュニティ)
 http://scn.sap.com/welcome?original_fqdn=www.scn.sap.com (英語)
○ Studyplus(勉強が楽しくなる日本最大級の学習管理サービス)
 http://studyplus.jp/
○ LinkedIn(ビジネスプロフェッショナル特化型のSNS)
 https://press.linkedin.com/(企業オフィシャルホームページ、英語)


リンクは記事掲載当時のものとなります。

*1:

1980年代から2000年にかけて生まれた世代。米国のミレニアル世代は、8千万人とされ、2025年までに全米の就労人口の75%を占めると言われる。

*2:

「Millennials in Adulthood」, Pew Research Center, 2014年

*3:

Brown, J.,「The Entrepreneurial Learner-Thriving on Change in the 21st Century」, ASTD ICE 2013基調講演

*4:

Masie, E.「Big Learning Directions & Big Learning Data」, ASTD ICE 2014コンカレント・セッション

*5:

「ウィキペディアについて」ウィキペディア日本語版 2015年3月9日

*6:

『ウェブで学ぶ』梅田望夫、飯吉透 共著、ちくま新書、2010年

*7:

Massive Open Online Courses(大規模公開オンライン講座):インターネット上で誰もが受講できる講義であり、主に米国の大学から無料で提供されている。

*8:

gaccoホームページ http://gacco.org/about.html 2015年3月10日

*9:

「Mobile Learning: Delivering Learning in a Connected World (Vol. 4, No. 1)」, ASTD research, 2012年

*10:

「モバイルラーニング利用実態調査 結果報告について」、日本イーラーニングコンソシアム、2013年

*11:

SAP社の学習コミュニティ SAP Community Networkは以下のサイトを参照
http://scn.sap.com/welcome?original_fqdn=www.scn.sap.com

*12:

StudyPlusホームページ、http://info.studyplus.jp/、2015年3月9日

*13:

「学習・キャリアに関する調査」、リクルートマネジメントソリューションズ、2014年

*14:

リンクトイン・ジャパン 日本語公式フェイスブック、2015年2月9日

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