Step by Step [Basic]

Chapter7
グローバルリーダー育成のための環境を整える

グローバルリーダー育成は、研修の実施だけでは不十分。育成を加速させるカギは、プログラムの導入にあたり、人材マネジメント全体とグローバルリーダー育成を連動させることにある。本連載の最終回では、教育研修以外の観点も含め、人材マネジメント全体を通じて、グローバルリーダー育成に取り組む際の留意点を考察していこう。

Q:グローバルリーダー育成プログラムを効果的に推進するには、導入にあたり教育研修以外の要素も含めて、何に留意すればよいのか?

A:グローバルリーダー育成およびプログラムの目的を関係者に明確に打ち出した上で、参加者に対するキャリアパスの設計、人材登用・配置、人事評価など、人材マネジメント全体(下の図を参照)の仕組み・運営とグローバルリーダー育成プログラムを連動させる。

人材マネジメントの全体像

人材マネジメントの6つの要素が、グローバルリーダー育成プログラムとどのように連動すれば、グローバルリーダー育成が効果的に進められるのか示していこう。

(1)人材マネジメントの仕組みの構築、導入:人材マネジメント全体を通じ、グローバルリーダー育成に取り組む

グローバルリーダーの人材プールづくりは、教育研修を通じた育成だけでなく、人材マネジメント全体で推進するのが望ましい。グローバルリーダーの育成は、教育研修ですべて達成できるわけではない。教育研修の導入だけではなく、それ以外の仕組みや制度の活用も求められる(Chapter5参照)。

海外のグローバル企業やグローバル化で先行する日本企業(トヨタグループ、野村証券、コマツ、ブリヂストン、大手商社など)[*1]では、グローバル共通の人事制度導入や主要ポジションの設定などにより、キャリアパス・異動・登用とリーダー人材育成との連動が進んでいる。従来は国内事業が中心であった日本企業(資生堂[*2]、ヤマト運輸[*3]など)でも、グローバル事業展開を支えるため、リーダー人材育成を核とした体系的人材マネジメントが、ここ数年取り入れられている。

いずれの企業においても、グローバルリーダー育成プログラムを通じて組織が目指す直接のゴールは、自社が求めるグローバルリーダーの人材プールを形成することにある。

(2)キャリアパスの設計、キャリア開発:グローバルリーダーのキャリアパスを明示する

グローバルリーダーの候補者たちには、グローバルリーダー育成プログラムへの参加だけでなく、目指すポジションに向けて求められる経験を、継続的、計画的に積ませるようにしたい。そのため、育成の道筋であるキャリアパス(目指すポジションに就くまでの配置異動のルート)を明確にしておこう。

例えば、新卒社員を40代で海外拠点幹部に登用するには、絞り込んだ候補者に対し、20代では異文化体験、30代では組織マネジメント経験、40代までに修羅場経験(事業再生、新規拠点立ち上げなど)ができるキャリアパスを組み立てることが有効だろう。また、キャリアパスの明確化は、社員(特に幹部候補)にとっては、自身のキャリアで目指す方向性が早い段階で見えるため、モチベーションや組織に対するエンゲージメントが高まる上に、優秀な人材を引き留めることにもつながる。キャリアパスの設定では、「どのポジションで、どのような仕事を、どれくらいの期間経験し、その中で求められる要件は何か」が明らかになっていることが求められる。そのため、グローバル事業展開上の主要ポジション、そこに至るまでのキャリアパス上のポジションを特定し、そのポジションを担うための基準・条件となる期待役割、期待成果、能力要件を定めておこう(Chapter3参照)。

一般に、組織の主要ポジションを担うリーダーに対し組織全体で継続的・計画的に人材マネジメントを行う上述のような考え方を、「リーダーシップ・パイプライン理論」[*4]と呼ぶ。国内外の多くのグローバル企業(GE、メルク、P&G、ネスレ、アメックス、ブリヂストン、野村証券など)がこの考え方を採用している。

平等を重んじる日本企業では、幹部人材を早期に選抜し育成ルートに乗せるようなリーダーシップパイプライン理論に基づく仕組みは、選ばれなかった人材のモチベーション低下を招くと思われがちだ。しかし、効果的に組織リーダーの成果を促している企業は、この仕組みを、一度選ばれたらそのまま進む"エリートコース"とはとらえていない。主要ポジションに求められる基準・条件に沿って、定期的に組織リーダー候補がゴールに達しているかを確かめ、人材プールを入れ替えることで、社員全体のモチベーション維持を図っている。

日本企業は、人材の流動性が低い状況を前提に、新卒一括採用、定期的な人事異動、階層別教育研修、職能資格制度に基づく報酬・処遇、定年退職といった長い時間軸で属人的な人材マネジメントを行ってきた。一方、日本以外の多くの国では、人材の流動性が高く、属人的な人材マネジメントを行うのは困難だ。そのため、日本企業には、グローバル展開を進めるにあたり、組織を支えるポジションを軸にした人材マネジメントへの転換が求められている(Chapter2参照)。

(3)採用・配置・ローテ―ション:グローバルリーダーに必要な研修以外の機会を提供する

参加者にとって、グローバルリーダー育成プログラム終了後の人材登用や人事異動は、グローバルリーダーに必要な経験、スキル、知識を習得する有用な機会だ。その機会提供の仕組みや制度を整えよう。

具体的には、将来海外というアウェイの環境で経営を行う参加者たちには、グローバル事業に直接関わる業務機会、難易度の高い経営課題に取り組む機会などを提供する。さらに、早期に海外での組織マネジメントの経験を積ませるため、海外派遣の人選では、参加者を優先的に登用することが望ましい。

例えば、海外拠点幹部としての適性を見極め、能力を引き上げるには、参加者に早期に難易度の高い職務経験や、役職権限を行使できない組織横断活動(クロスファンクショナルチーム<CFT>活動)のリーダーなど、ストレッチな経験(いわゆる修羅場経験)を積ませることが有効だ。実際に、GEや日産自動車では、正式な組織上のポジションを増やさずに、CFT活動を用いて、リーダー人材の発掘、育成、人材プール形成を行っている[*5]

(4)目標設定:研修の学習ゴールの設定、達成を上司が支援する

参加者が意欲的に学習を継続するためには、彼らの目標設定おいて、グローバルリーダー育成プログラムを通じて求められる個人の学習ゴールを設ける。具体的には、プログラム参加が決定した後に部門責任者や直属の上司が参加者一人ひとりに対し、彼らの能力開発ニーズの特定や学習ゴールの設定を支援する。さらに、プログラム参加中は、ゴール達成に向けたコーチングやメンタリングを行うことが望ましい。

部門責任者や直属の上司が、部下の能力開発に目標設定の時点から関与することで、グローバルリーダー育成プログラムの一連の活動が参加者の業務と切り離され、人事主催の単なるイベントと化すことが防げる。

(5)能力開発:経営層・上司の支援・関与を獲得し、業務で学習内容の実践に取り組む

プログラムそのものの効果向上に向けた取り組みについても、いくつか紹介しておこう。

参加者の学びを実際の業務や事業の成果につなげるためには、能力開発の力点を①自社の実態、②目指す経営方針・事業戦略、③対象層に求められる人材像、④対象層における能力開発ニーズに置きたい。したがってプログラムには、どの会社でも求められるビジネス共通スキルを一通り盛り込むのではなく、自社向けに学習の焦点を定め、内容をカスタマイズすることを勧めたい(Chapter56参照)。また参加者の人選は、目指すグローバルリーダーの人材像に沿って行うことが大切だ。本人の適性や潜在能力を重視せず、年次や役職、過去の職務評価をもとに参加者を選ぶことは避けたい。

参加者の学習効果向上のためには、実際の事業・業務上の課題をプログラムに盛り込むアクションラーニング形式の能力開発が望ましい。研修に代表される学習経験は、社員の成長機会全体のわずか1割を占めるにすぎないと言われている[*6]。その学習経験を、成長機会全体の7割を占めると言われている職務経験と連動させることで、学習効果の向上が期待できる。

参加者一人ひとりのリーダーシップ特性(強みと改善機会)や能力開発ニーズをつかんでいるのは、直属の上司や部門の責任者だ。プログラム開始時に、彼らの能力開発ニーズおよび学習ゴールを、本人に対して直属の上司から明示することが望ましい。また、プログラムの節目には、経営層、部門責任者、直属の上司、海外拠点幹部が参加者と交流し、幅広い視点から参加者を指導、支援する場を設けることも効果的だ。社員の成長機会全体の2割を占める[*6]と言われている他者との交流をプログラムに組み入れ、両者の連動を高めることも、参加者の学習効果にプラスの影響を与えるだろう。

実は、研修自体(内容だけでなく、研修中の講師の介入・支援も含む)が研修の効果全体に寄与する割合は2割に過ぎないことが海外の調査で示されている。一方、研修前の経営層の関与や対象層の選定、参加者への動機づけの効果全体への寄与の割合は4割、研修後の職場での実践への支援環境も同じく効果全体への寄与の割合は4割に達するという[*7]。この結果を見ても、プログラムへの経営層や上司の支援・関与を得ること、学習内容を実践するための研修と実務との連動が重要と言えるだろう。

(6)評価、報酬、処遇:研修の学習ゴールの達成度を人事評価へ盛り込む

グローバルリーダー育成プログラムを通じて求められる参加者個人の学習ゴールについては、その達成度を人事評価に反映することが望ましい。部門責任者や直属上司の関与のもとに学習ゴールを設定するだけでなく、その達成度評価についても人材マネジメントの仕組みの中に組み込むことで、参加者の継続的な学習への意欲向上を促す。学習ゴールの達成度は、参加者の行動の変化や新たに身に付けたスキルの応用に焦点を当て、本人の自己評価および上司の評価、あるいは360度フィードバック評価などを用いて検討することができるだろう。

また、プログラム終了後の参加者の処遇では、先述のように、グローバル事業や難易度の高い経営課題に取り組む機会を提供し、優先的に海外へ派遣する。終了後にグローバルリーダーのポジションへの登用が控えているならば、「グローバルリーダーの候補者」であるという参加者の自覚が促されるとともに、プログラムへの参加意欲が高まるだろう。


グローバルリーダー育成が効果的に機能しているかについては、参加者一人ひとりの学習ゴールの達成度だけでなく、客観的な指標を用いて、グローバルリーダーの育成や活用度を測りたい。そうすることで、グローバルリーダー育成が組織にどのような成果をもたらしているかを示すことができ、自社のグローバル戦略の実現を人材育成の面から推進し、組織成果につなげられているかも確認できる。

例えば、グローバルリーダーの人材プールの人数はもちろん、プール人材の主要ポジションへの登用・異動数、グローバル事業関連のポジションで参加者たちが実際に上げた成果などを定期的にモニタリングする。組織成果を示すことによって、グローバルリーダー育成の取り組みに対し、経営層をはじめとする関係者の納得感を高め、さらなる支援・協力を得て、取り組みを加速することができるだろう。

グローバルリーダー育成プログラムを導入する、または、見直すため、この連載を読み進めてきた読者は、プログラムが単なる数日間の研修ではなく、様々な意図や裏付けの元に組み立てられた組織の活動であると気づかれたのではないか。多くの日本企業が、事業の軸足をグローバル展開に移していることから、グローバルリーダー育成は、今後ますます人材マネジメントの要となると思われる。プログラムの企画設計者として直接関わる人材育成担当者に対し、組織の期待は大きくなるのではないだろうか。その期待に応えるために、今後も引き続き研鑽を積んでいただくことを、筆者は切に願ってやまない。"一歩一歩(Step by Step)"、着実に前に進んでいただきたい。

今回のポイント

  • グローバルリーダーの人材プールを形成するには、教育研修だけでなく、人材マネジメント全体の仕組みや運営を通じて推進する
  • グローバル事業上の主要ポジションに就くためのキャリアパスを明確化し、候補者をキャリアパスに沿って登用・異動して、研修以外の経験を計画的に積ませる
  • 参加者の学習を実務や事業の成果につなげ、学習効果を上げるために、直属の上司や部門の責任者の支援や協力を得て、学習活動と職務を連動させる
  • グローバル戦略実現を目的としたグローバルリーダー育成プログラムでは、組織成果に重点をおいて、効果をモニタリングし、示していく

2014年5月から、グローバル人事に携わる方向けに人材マネジメントの実践理論を紹介する「アドバンス編」を始めます。ひきつづき人材マネジメントに関する有用な情報を読者の方々に提供したいと思いますので、今後もぜひお付き合いください。全7回にわたってご愛読いただき、ありがとうございました。


リンクは記事掲載当時のものとなります。

*1:グローバル化で先行する日本企業

「日本企業のグローバル経営における組織・人材マネジメント報告書」(経済同友会、2012年)

https://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2012/120425b.html別ウィンドウで開く/Open the link in a new window

*2:資生堂

資生堂ホームページ「人材のグローバル化とグローバルレベルでの人材育成」(2014年2月25日)

*3:ヤマト運輸

「インタビュー我が社の人材戦略 幹部は国籍・入社方法不問――ヤマト運輸人事総務部長 大谷友樹氏」(日経Bizアカデミー、2011年)

*4:リーダーシップ・パイプライン理論

「リーダーを育てる会社つぶす会社」ラム・チャラン、ステファン・ドロッター、ジェームズ・ノエル著、英治出版

*5:クロスファンクショナルチーム活動

「CFTを極める」(日経情報ストラテジー、2005年11月号)

*670/20/10の法則

国内外の人材育成の分野で広く知られている、米国のリーダーシップ研究の調査機関であるロミンガー社による「70/20/10の法則」という考え方がある。同社の調査によれば、経営幹部が「成長に役立った」と思う出来事は、「70%が経験、20%が周囲の人から受けた助言や薫陶(くんとう)、10%が教育研修」。つまり、70%を占める職務経験は、重要なリーダー育成の機会ということになる(Lombardo, Michael M; Eichinger, Robert W(1996). The Career Architect Development Planner(1st ed.). Minneapolis:Lominger. p. iv)。

*7:研修自体が研修の効果全体に寄与する割合は2割に過ぎない

『Courageous Training 』Tim Mooney, Robert O. Brinkerhoff ;Berrett-Koehler Publishers

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