ブリット・アンドレアッタ博士のブログから Blog Post 3
バーチャルリアリティ(VR)と脳科学

ここ2年間はVRヘッドセットの売上が急増しています(編集注:この記事は2019年10月に掲載されたものです)。レクリエーション目的と専門的能力の開発の両方のためです。VRを今日最も強力な技術の一つたらしめるものは何か、また、それをいつどのように使用すべきか、注意しなくてはならない理由を考えてみましょう。

バーチャルリアリティ(VR)が強力なのは、私たちの体の中に一人称の視点を複製し、経験をより深いものにできるからです。VRは完璧ではありませんが、生物学的な反応を人体に起こすには十分な現実感を備えています。私がじかにVRヘッドセットを体験したのは家族が年末年始の休みにそれを購入した時でした。私はヨセミテ国立公園の一枚岩El Capitanを登るビデオを見て、実際に岩棚に立ち何千フィートも下にある地面を見下ろしたかのように、アドレナリンが溢れるのを感じました。アフリカのサファリの動画を見た時には、振り返るとライオンが私の匂いを嗅いでいるのを見つけてギョッとしました。そしてバーチャルなローラーコースターに乗った時には、実際に乗り物酔いになり、嘔吐する寸前になってヘッドセットを外したほどでした。これらは収録された動画なのだということを私の理性的な脳は知っていますが、頭を回転させて全方向を見ることが出来るため、私の脳と体は、私が実際にそこにいるように反応したのです。

私が何かを想像していたわけではありません。研究によれば、VRによる体験は、実際の体験のように体に入力されるのです。言い換えれば、私たちはVRを使って、現実感のある具現化された記憶を作り出すことができるのです。スイス・ジュネーブのLaboratory of Cognitive Neuroscienceの複数の研究者は2019年に以下のことを発見しています。VR体験の中に「自分自身の」体の一部、例えば腕や脚を見ることができる場合、より深く、より長期にその経験を覚えていることができるというのです。それが実際の経験に近いことは、統計的にも確認されています。

当初、研究者たちの関心は、VRが学問的な記憶の研究に役立つツールになるか否かという点にありました。実際にはVRは実体験の代わりになりうるという結論を得たのです。

スタンフォード大学のVirtual Human Interaction Lab 別ウィンドウで開く/Open the link in a new windowでは、類似の調査の結果、子供達は通常、自分自身が体験したことと、物語で聞かされた(自分自身が経験しうる)話とを区別することができます 。 別ウィンドウで開く/Open the link in a new windowこのケースでは研究者が子供たちに、2頭の人懐こいシャチと一緒に泳ぐ話をしました。後に子供達ははっきりと、実際にはそれは起きていないと言いました。しかし、VRヘッドセットを着けてバーチャルにシャチと泳いだ場合には、子供達の返事はあまり明確ではありませんでした 。別ウィンドウで開く/Open the link in a new window後に、それをしたことがあるかと問われた子供の何人かは、それを実際に起きたこととして「記憶」していたのです。

VRは、人体が本物と感じて、記憶として保存できる経験を作り出すことができるのだと考えられます。(一人の親としてコメントしておきたいのは、VRセットで子供達に暴力的なゲームをさせるのには注意が必要だということです。今後の研究により否定されない限り、子供が人を傷つける「記憶」を持ってしまう可能性が大いにあることを私は懸念しています。)

VRの良い面としては専門的学習の発展を促すために使われているということがあります。多くの会社がバーチャルな設定で従業員の研修を行い、場所やスキルに関して現実の記憶をもたらしているのです。

例えば、ある石油会社は深海の掘削装置を映像化し、そこに従業員が赴く前にそうした危険な職務環境に慣れることを可能にしました。クルーズ船の会社では、バーチャルな食堂を使って給仕の研修をしています。実際の現場で経験する機会は限られるからです。結果的に、給仕スタッフは、顧客と会う段階で優れたサービスを提供することができます。同様に、ある航空機メーカーはVRを使い、成績のよい従業員の映像を取り入れて、従業員に機体をリベットで留める経験をさせています。訓練生が下を向けば、「自分の」手が正しい動きをしているのを見ることができます。VRが同時に現実の仕事をしてくれるわけではないのですが、従業員のスキルを活性化させることはできるのです。

バーチャルリアリティは人々をより共感的、もしくは同情的にすることもわかっています。Jeremy Bailenson博士はこのトピックについて幾つかの研究を行っています。その一つでは、参加者の何人かが「ホームレスになる」 別ウィンドウで開く/Open the link in a new windowというVR体験をしました(同時に、体験しないグループもあえて作りました)。後に、そのVRを体験したグループは、そうしなかったグループに比べて、ホームレスに対しより共感的で、低価格の住宅供給の政策を支持する署名にもより協力的でした。

他の研究では、Bailenson博士による実験で人種差別のバーチャル体験別ウィンドウで開く/Open the link in a new windowをした人が有色人種に対する偏見をあまり持たなくなったり、同様に、バーチャルに老化を経験した人が年齢による差別をあまりしないようになりました。さらに、異なる年齢層に対して行った4つの研究では、VRは人々に環境問題のような論点により関心を持たせ、コミットさせられることが明らかになっています。

そして驚くべきことに、医者や科学者達は、今やバーチャルリアリティを用いて神経を再生長させたり、負傷した身体の動きを再生させたりする手助けにしている 別ウィンドウで開く/Open the link in a new windowのです。バーチャルリアリティのヘッドセットを着ければ、患者は下を向いて自分の脚で歩いたり、腕が動いたりするのを「見る」ことができます。これは、私たちが最初に動くことを学び、脳が最初に体を動かすための神経の回路を形成した時のことを模しているのです。これと同じプロセスは、義肢を着けた患者が義肢の動かし方を学び、より早く可動性を回復するためにも用いられます。下半身不随の患者が週に2回、一時間だけVRヘッドセットを着けて脚が動くのを見ることで、神経が発達することもわかっています。一貫した適切な処置を経れば、多くの患者が自分の手足を感じることができるようにもなっています。

VRは、extended realityまたはXRと呼ばれるバーチャルな連続体にあるツールの一つであることを明確にしておきましょう。その一方には、実際に存在し、リアルタイムで見たり触れたり関わりあったりすることのできる現実の環境があります。もう一方には、バーチャルな環境、もしくはVRがあり、それはコンピューターにより生成された三次元の場所で、実際にある何かを模したり複製したものであったり、空想的な創造物であったりします。

その二つの現実の中間には、拡張現実(Augmented Reality; AR)と複合現実(Mixed Reality; MR)があります。2018年の論文Technologies with Potential to Transform Business and Business Educationでは、「ARは、デジタルなイメージ、データ、感覚を、補足的な新たな階層としてもたらして強化された相互作用を作り出すことにより、現実世界の経験を強化するもの」とされています。MRはARの要素をVRと複合させたものです。実際の世界を見ることが出来ると同時に、現実の環境に埋め込まれたバーチャルで関わりあえるオブジェクトも見ることが出来ます。

VRは拡張現実(XR)の領域の一部ですが、脳科学によればVRは他の種類のXRにはない、実際の経験の代わりに「記憶を形成する」という特徴があることがわかっています。VRはすでに数多くの形で活用され、専門的学習を始め様々な分野で面白い進展をもたらしています。そして、これが広い意味で教育や学習に役立てられるのは、まだまだこれからです。

VRと脳科学については、Britt Andreatta博士の著書”Wired to Grow: harness the power of brain science to learn and master any skill 別ウィンドウで開く/Open the link in a new window”により詳しく掲載されています。

この記事は、Britt Andreatta博士のブログに2019年10月11日に掲載されたものです。 原文(英語)はこちら別ウィンドウで開く/Open the link in a new windowからご覧いただけます。


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