ブリット・アンドレアッタ博士のブログから Blog Post 5
練習は命をも救う

私はオピニオンリーダーとして、多くの講演を行いますので、毎月どこかへ出張します(この記事は2018年4月に公表されたものです)。ですからサウスウエスト航空1380便の悲劇[*1]について知った時には大きな衝撃を受けました。脳科学をいかに成功に結び付けるかについて執筆や講演をする私は、この恐ろしい出来事の中心に、ラーニングについての要素がいかに多く存在するかを考えさせられました。

この写真(リンク先を参照)別ウィンドウで開く/Open the link in a new windowについて多くの客室乗務員が言うには、法定のデモンストレーションがたった数分前に行われたにもかかわらず、ほとんどの人が誤ったマスクの着け方をしているとのことです。では、何が起きたのでしょうか?

観察学習が重要なのは事実です。客室乗務員が本物の酸素マスクを持って私たちの前に立ち、それをどのように着けるかを示すのは、観察学習が私たちの学びの根幹にあるからです。私たちの脳は、ミラーニューロンという仕組みを持つため、他者を見て学びます。私たちが他者の行動を見ると、体の中で同じ種類の神経細胞が活性化します。他の人が何かを正しく行う様子を見ることで、そのやり方を学ぶことができると私たちの多くはわかっています。しかし、それには二つの重要な条件があります。

第一に、何らかの行動を学ぶためには、私たちは実際にそれに注意を払う必要があります。しっかりと集中することが必要です。酸素マスクの装着の仕方は何度も見聞きしていますが、いったい私たちのうちの何人が客室乗務員にしっかりと注意を向けているでしょう?多くはないはずです。私も同罪です。私たちはその数分間を使って、椅子になじんだり、飛行前の最後のテキストメッセージをさっと送ったり、どの映画を見るか計画を立てたりしているわけです。しかしながら、人間の脳は、マルチタスキングをしている時には効果的に学ぶことができないというのが事実です。何かを学び、それを記憶に留め、実際に行動に影響させるには、しっかりとした集中が必要なのです。

私は、飛行機に乗った最初の何回かは(ちなみに私は20代まで飛行機に乗る機会がありませんでした)、乗務員にとても注目していたのを覚えています。自分にとって全てが新しく、どことなく圧倒されるような感覚があったので、安全の手引きをよく読んで、デモンストレーションを注意深く見ました。

そしてまた私は飛行機に乗りました。繰り返し、繰り返し。そこに油断が現れてくるのです。油断というものが、世界中で起きている事故や怪我の最大の原因であることを知っていますか?年齢や職業に関わらず、人は何かを上手に行うことに慣れてしまうのです。手術をする医師、金属部品を治す溶接工、または納税申告を行う税理士など。危険の可能性がある活動、例えば車の運転を成功裏に終わらせた時、脳は認識していたリスクを低減させます。最初は危険に対して気を配り、多分に注意を払います。しかし何度も繰り返すと、その危険は生じないと思うようになり、自分はどうすればいいかわかっているという気持ちになります。油断は、私たちが意識的に用心しなくてはならないものなのです。

第二に、「オフライン」状態の脳においては闘争・逃避・フリーズ反応が脳の大部分を占めます。私たちが予測できないのはこれです。多くの人のように、私は乗務員のナレーションを暗唱することができます。「客室の気圧が下がった場合は、酸素マスクが下りてきます。マスクを手に取って、鼻と口を覆い、ストラップを絞めてください。袋が膨らまなくても心配しないで下さい。酸素が流れてきますので、通常通りに呼吸をして下さい。」私は覚えているままにこれをタイプ入力しました(文言を調べたわけではありません)。

ですから、1380便の搭乗客のように、何をすればよいか私もわかっているという風に主張したでしょう。「どのようにマスクを着けたら良いか、わかっている」と。しかしながら、問題は、災害が起きた瞬間、私たちの脳は闘争・逃避・フリーズ反応をスイッチオンし、アドレナリンとコルチゾールで体を満たすのです。これが起きる時、分析的思考を司る私たちの脳の新皮質層が「オフライン」になることに、多くの人は気づいていません。文字通り、私たちは物事を考え解決を導く能力を失うのです。あるUCLAの脳科学者は、脅迫状態においては少なくとも知能の25%を失うと推定しています。様々な職業において、非常時の特殊なコミュニケーションの取り方を習うのはこのためです。単純な命令形を使う。非常に大きな声で主張する。何度も何度も繰り返すなど。

何年か前、夜の9時頃に、突如として警官が私の自宅のドアをドンドン叩くということがありました。私たちの近所で問題があり、家が危機にさらされており、15分で避難しなければならないとのことでした。私はびっくりして、家の中を徘徊しはじめました。私は何をしたと思いますか?歯を磨いたのです!何をしたらよいかわからなかったので、私は貴重な時間を何分も使ってしまいました。私は結局、習慣に従ったのです。毎日家を出る前にすることをしたわけです。

ここで、練習の力の話につながります。どのような行動も、練習によって神経の経路が形作られます。ある行動が習慣になるためには、平均で40-50回の繰り返しが必要だということをご存じでしたか?私は歯を磨くことは何千回としましたが、自宅から避難したことはありませんでした。酸素マスクを着けている光景は何百回も“見た”ことがあるかもしれませんが、実際に身に着けたのは何回あったことでしょう。殆どの場合、答えはゼロでしょう。

しかし、もし練習していたなら?架空の酸素マスクであったとしても、乗務員がやって見せた動きを練習することはできるはずです。今それをやってみて下さい。マスクが降りてきたところを想像しましょう。乗務員がやる姿を想像して、自分の手でやってみて下さい。マスクを鼻と口の両方にかかるように着けてみて下さい。ストラップを頭の上に回して、両端を締めましょう。呼吸をしましょう。これを40-50回やれば、体は何をすればよいか覚えることでしょう。パニック状態にあったとしても、です。

まさにこの戦術が、2001年9月の同時多発テロ事件の際に何千もの人の命を救いました。ニューヨークのワールド・トレード・センター(WTC)で、モルガン・スタンレーの警備員として働いていたRick Rescorlaさんの話です。WTCで1993年に爆破事件があった後、Rescorlaさんは避難方法が確立されていなかったことに不満を感じていました。このビルが象徴的であることを考えると、将来また攻撃の対象になるかもしれないと懸念していたのです。結果として彼は、南タワーの22階分を占める、上級役員を含む全2,700名の社員がオフィスから避難する訓練を定期的に行うことを主張しました。彼はメガホンをつかんで、仕事に集中したいと文句を言う社員がいるにも関わらず、階段を降りる練習をさせたのです。

彼が避難訓練を行ったのは一度や二度ではありません。3カ月ごとに練習をさせました。結果的に、2001年9月11日に、想像しえないことが起き、北タワーに最初の飛行機がぶつかった時、当日そこに勤務していた2,687人の社員は何をすればよいのか知っていました。なぜなら彼らは既に32回もそれをやっていたからです。恐怖と混乱の中にあっても、彼らの積んだ練習がものをいい、生存者は皆、Rescorlaさんに謝意を示しました。

でも、もしも私たちの周りにRescorlaさんのような人がいなかったらどうすればよいのでしょう?まずは私たちが意図的に、練習の価値を認識することはできるでしょう。本物の酸素マスクがないとしても、動きを真似ることはできます。研究によれば、しっかりと集中して詳細に行動を思い描くだけでも、神経系を発達させ、習慣を形作ることができるとされています。ロールプレイ、シナリオ、シミュレーションといったものは、現実の状況を模して、行うべき練習を行うので、うまくいくのです。

仮想現実(VR)も、非常に大事な役割を果たしうるものです。VRのシナリオはとても現実的で、私たちの脳はそれを現実の体験として入力し、記憶として蓄積するのです。バーチャルな形でも、リアルで持続性のある行動を身に着けることができます。これにはマスクを着けるような行動に加え、混沌とした状況の中で冷静でいたり、予期せぬ事態に適切に対応したりといった感情も含まれます。もしも、飛行機の上だけでなく、どのような場面でも自分たちの命を救う練習をすることができたらどうでしょう?窒息状態の人を救う方法を知っていますか?除細動器を使う方法を知っていますか?横滑りする自動車をうまく操る方法を知っていますか?VRは、物理的なスキルだけでなく、共感や心の平穏のように、感情的な面でも、強力な学びの体験を我々にさせてくれるのです。

パイロットは何十年もの間、この戦略をとってきました。フライトシミュレーターに長時間向き合い、あらゆるシナリオに対応できるように練習するのです。様々な可能性のあるシナリオに合わせてすべきことを習慣として体に覚えさせると同時に、全く予想しなかったことが生じたときに冷静に集中していられるように準備するのです。

サウスウエスト機のパイロットのTammie Jo Shultsさんにも、これはあてはまりました。ひどくダメージを受けた飛行機を着陸させ、エンジンが爆発した際に致命傷を負った一人を除いて全員を救いました。Shultsさんは海軍の出身で、軍用機のパイロットとしては最初の女性の一人でした。彼女は実践とシミュレーションの両方で経験したことを総動員して、大事故の極限の混乱の中で正しい選択とベストな行動を取ったのです。彼女は英雄です。

私はまた数週間もすればまた旅に出るでしょう。その時私は自分のスピーチとスーツケースのほかにも、準備する必要があると認識しています。私は、自分自身と他の方々を守るための義務を果たさなければなりません。ですから、私は今から5月1日までの間に、仮想のマスクを50回装着します。それを正しく行わなくてはならない場面が来ないことを祈りますが、私が飛行機に乗る頻度を考えれば、良い時間の使い方と思えます。あなたの人生をより安全で、よりよいものにする行動は何でしょうか?

それは職場でのコラボレーションやマネジメントをより上手に行う、ということかも知れません。あるいは自宅で、配偶者や子供に対して共感や思いやりを示すことかも知れません。エクササイズや瞑想など、何か健康に関わることかもしれません。それが何であろうと、それにしっかり集中して、意図的に練習してみてください。何かが上手くなる方法は練習以外にありません。40-50回繰り返すことをゴールに設定してみて下さい。そこにたどり着くまでには、そのスキルが上手になるだけでなく、頼りになる存在になってくれます。たとえ脅迫状態にあったとしても、です。


*1:サウスウエスト航空1380便の悲劇

2018年4月17日11時15分頃に発生した、サウスウエスト航空における初の乗客の死亡事故である(Wikipediaより)

この記事は、Britt Andreatta博士のブログに 2018年4月19日に掲載されたものです。 原文(英語)はこちら別ウィンドウで開く/Open the link in a new windowからご覧いただけます。


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