ビジネスパートナーHR入門

Chapter3
ビジネスパートナーHRの役割③
~日本企業の人事、ビジネスパートナーHRへ踏み出す~

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本連載では、グローバル化の進展に伴って変化する企業の人事部門に求められる役割や、人事部員に求められる意識、行動、能力、スキル、キャリアパスについて考えます。

毎回、冒頭に登場するのは、架空の日系機械メーカーの人事企画課長、田中さんです。彼の会社は創業70年。海外売上高比率が3割に近づき、グローバル事業展開が急速に進んでいます。中長期経営計画によると、5年後に海外売上高比率は5割、海外拠点の社員数は日本の2倍に達する見込みです。

このような経営環境のもと、経営陣はグローバル共通の人事制度構築にも着手し、外資系グローバル企業で長年活躍した人物を人事部長としてスカウトしました。新任の人事部長の野々村さんは、重要施策として人事部改革に取りかかり、田中さんを「人事部改革プロジェクト」のリーダーに任命します。新卒プロパーで18年間人事労務畑一筋、国内工場と本部での勤務が長く、海外赴任経験がない田中さんは、グローバル企業の人事には馴染みがありません。そんな田中さんからの相談を通じて、ビジネスパートナーHRのあり方を整理していきましょう。

日本企業のグローバル化は、事業だけでなく、組織・人材の面でも年々進んでいます。日本貿易振興機構(ジェトロ)の2015年の調査[*1]では、今後(3年程度)の海外進出方針について、「拡大を図る」と答えた日本企業は、回答の53.3%に上ります。そして、海外拠点を有する企業の48.4%は、「海外拠点の経営の現地化(権限の委譲や現地人材の登用等)を一段と進める必要がある」と回答しています。実際に、在外企業協会の2014年の調査[*2]では、海外現地法人における外国籍社長比率は25%を占め、毎年増加傾向にあります。一方、海外拠点の日本人派遣者比率は1.4%で、1996年の同調査開始以来、最も少なくなりました。

グローバル経営を進める日本企業では、現地化に向けた「海外拠点の幹部層の確保・定着」が主要な課題の一つとなっています。さらに、「本社におけるグローバル人材育成が海外事業展開のスピードに追いついていない」「経営幹部層におけるグローバルに活躍できる人材不足」も大きな課題とされています[*3]

日系機械メーカーの「人事部改革プロジェクト」リーダーを務める田中さん。彼の会社は、5年後には海外売上高比率が5割、海外拠点の社員数は日本の2倍に達することを見据えて、人事部門改革に乗り出しました。ビジネスパートナーHR(以下、BPHR)導入のイメージを掴みかけた田中さんの今回の相談内容です。

戦略パートナーとしての人事部門の役割を知れば知るほど、実践は難しいと感じます。同じような環境にある他社の人事は、BPHRへの転換にどのように取り組んでいるのでしょうか?

    Chapter2で示したように、BPHRの役割は、事業環境の急速な変化に伴い、事業成果創出に向けて、事業部門が求める人材の獲得、配置、維持を迅速に実現することです。従来の本社人事部中心、全社一律管理の対応には限界があり、事業部人事には、これまでの人事施策の運用管理、人事事務担当から、事業支援と組織変革に注力するBPHRへの役割転換が求められています。

    Chapter3では、従来の事業部人事からBPHRへ変わる途上で奮闘するCさんと、本格的なグローバル展開支援にあたり、パイオニアとしてBPHRの役割を果たした Dさんの事例を取り上げます。彼らが語るBPHRとしての取り組み、現状の課題、今後の展望から、日本企業のBPHR導入の実態を見ていきましょう。

    Cさん:
    日本企業(電機メーカー) 事業部門 人事部長
    大手電機メーカーの本社人事部で20年間、主に労務を担当。グローバル成長への貢献を主眼に人事機能が再編される中、事業部門(ビジネスユニット)の人事責任者になって3年目
    Dさん:
    日本企業(通販ビジネス) 総務人事部長
    大手消費財メーカーで商品開発を10年以上経験。同社のグローバル展開に備え、人材開発部門に異動、グローバル人材育成のしくみを立ち上げる。現在はグループ会社に出向し、全社人事戦略を構築中

    Cさんの事例:事業部の現場では相手にされないと思っていた

    Cさんが所属する大手電機メーカーの組織体制は、顧客や市場に基づくビジネスユニット制を取っています。Cさんが担当するユニットは、国内外の官公庁や公共機関向けのサービスを提供し、100~300名が所属する事業部を10以上抱えます。支援、協働するパートナーは、ビジネスユニット責任者です。Cさんの会社のBPHR導入の経緯について聞きました。

    Cさん

    Cさん

    (Cさん)
    3年前、ビジネスユニット人事に来た当初の役割は、ユニット全体の人事管理で、現場社員の評価、配置、育成はユニット傘下の各事業部に任せていました。ところが昨年、ユニット全体の人材マネジメントを横断的に支援するBPHRが導入されました。グローバル市場での競争力強化に向けて、事業方針や求める人材像が変わったことが主な理由です。細分化した市場で、顧客の具体的なオーダーに優れた製品で応えている間は、各事業部で優秀な技術者を育てればうまくいきました。しかし、グローバル市場での競争力強化のためには、顧客の課題に解決策を提供するソリューションビジネスへの転換が必要です。それをいま本社主導で進めています。リーダー人材には、事業部の枠を越えた事業を創造することが求められます。一方、そのような人材を職場単位で育成、管理するには限界があります。人員が絞られてプレイングマネジャーが増え、先輩社員から教わることも少ないため、現場のOJTは機能不全に陥りがちです。加えて、既存事業の延長線上ではない事業を創出するような人材を、既存の部門の枠内で育てるのは難しいのが実態です。それらの問題に対応するためにBPHRが導入されたのです。

    私は入社以来人事部門におり、本社で20年間、主に労務の仕事をしてきました。ビジネスユニット人事は初めての経験です。初めはビジネスユニット責任者や事業部長に対して遠慮がちに意見を述べていました。正直に言うと、「BPHRと名乗っても、本社が長くて事業をよく知らないため、相手にされないのでは」と心配していました。

    BPHRの提案に事業部長全員が賛同してくれた

    BPHRとしての活動開始から1年間を振り返り、頭の中の8割は「事業部間ローテーションの制度化」で占められていたと語るCさん。Cさんが直面した状況、具体的な取り組みについて語ってもらいました。

    Cさん

    Cさん

    (Cさん)
    ソリューションビジネスへの転換にあたって、リーダーの人材要件を見直し、部長昇格に外部アセスメントや役員面接を導入しました。外部の評価者からは、当ユニットの部長候補者層は、技術はよく理解しているが、それを使って顧客にどのような価値を提供するのか、事業構想への踏み込みに物足りない傾向があると指摘されました。新たな事業戦略を担う部長候補者の不足は、ユニットにとっての緊急課題です。ビジネスユニット責任者からは、競争力の高い事業を創ることができる人材は、一事業部に閉じこめると育たない、狭い環境から彼らを引っ張り出してほしいと求められました。

    複数の事業部経験を通じてリーダーを強化したいというビジネスユニット責任者の意思を受け、まずは、複数事業部の経験をすでに持つ人材に焦点を当て、その人たちの育成を、ビジネスユニット責任者と検討しました。それだけでは、対象者の数は限られます。そこで事業部長に、事業部の上位1割の人材をリストアップしてもらい、事業部間ローテーションを視野に入れ、今後3年間の個人別人材開発計画を練ってもらいました。各事業部担当のBPHRが計画を読み込み、個々の人材の成長にふさわしい仕事の経験、教育機会が提供されているか、事業部長と何度も検討します。当初は、高度専門人材の育成が必要だ、進行中のプロジェクトのメンバーは異動させられないといった理由で合意が進まないこともありました。しかし、根気強く話し合う中で、部長就任前に別の事業部を経験した方がよいという認識が、徐々に浸透していきました。

    事業部間ローテーションの制度化に対する事業部長の当初の反応は、 "総論賛成、各論反対"でした。皆、優秀な部下を手放したくないのです。ビジネスユニット責任者、事業部長の多くに事業部間ローテーションの経験がないため、メリットを実感してもらえませんでした。しかし、いま手を打たなければ、部長に昇格させられない人が増えることになり、部長、事業部長へと続くリーダー人材のプールはいずれ枯渇します。事業部長には、厳しい現状を認識してもらいました。最終的に、『複数の事業部経験』を部長昇格要件として追加し、今後社員の7割に対して事業部間ローテーションを行うと提案したところ、事業部長全員が賛同してくれました。私の期待を上回る結果でした。

    自ら仕掛けるBPHRになるために

    制度運用と人事事務が中心だったビジネスユニット人事の役割が、戦略パートナーへと変わったこの1年、Cさんはどのような意識をもって行動したのでしょうか?

    Cさん

    Cさん

    (Cさん)
    1年目は、眼前の課題から逃げず、食らいつくことで成果を上げようと努めました。現場が本当に困っている課題を自ら見つけ出し、深く入り込むにはどうしたらいいか、いまも日々考えています。私自身は、ユニットの経営会議、幹部会議、中期経営計画の企画会議、ユニット幹部の集中合宿などには必ず出席します。その場では、事業の状況、課題がつかめ、事業部長の人材マネジメントに対する考え方もわかります。出席者の発表内容や議論を観察していると、その人の能力開発や組織コミュニケーションの課題が見えたりします。そのおかげで、ビジネスユニット責任者とは、課題認識が以前よりも早くすり合わせられるようになりました。

    各事業部を担当する部下たちには、事業部長との問題提起や課題抽出の場を積極的に設けてもらっています。BPHRチームでは、人事に関するテーマで、事業部長と月1回話し合うことを今年の取り組みテーマに掲げました。ミーティングの際は、社員意識調査の結果、社員の定着率や業績目標達成度といった指標データなどを用意して、討議のきっかけを作るように助言しています。事業部長が集まり、人材育成の課題を集中討議する会議も設けました。質の高い議論ができたため、定期的に開催することになりそうです。各事業部の人事施策の成功事例は、会議を通じて横展開したいと考えています。

    1年が経ち、BPHRのあり方はビジネスユニットにどのくらい浸透したのでしょうか。最後に、現場との関係の変化について話してもらいました。

    Cさん

    Cさん

    (Cさん)
    損益責任を持つビジネスユニット責任者や事業部長は、人材マネジメントの重要性がわかっているため、BPHRをパートナーと認め、少しずつ頼りにしてくれています。部長層の意識にはばらつきがあり、『組織や人材のマネジメントは人事の責任だ』と考える人もまだ多いですね。部長層の意識向上については、遠回りに見えますが、組織・人材マネジメントの研修から始めていくことが最適だと思っています。私とビジネスユニット責任者の間だけでなく、BPHRチーム全体で、事業企画部など他部門と組んで研修を仕掛ける機会も増えてきました。大きな課題はいくつかありますが、今後もできることから取り組んでいきます。

    Dさんの事例:グローバル展開が始まった、でもグローバル人材はどこにいる?

    従来の事業部人事からBPHRへの役割変化を体験したCさんと異なり、Dさんの場合、人事業務は初めての体験でした。グローバル戦略の実現に向けて、人材面で何ができるか、一から考え抜くことを迫られました。

    Dさんの会社は、創業100年を超える老舗消費財メーカーです。5年前、海外売上比率が1%に満たない同社は、アジア市場への進出を軸に成長戦略を打ち出します。Dさんは、社長から「人材開発に拍車をかけたい」と言われ、商品開発部から人材開発部へ異動。人事経験、海外生活経験はなかったのですが、すぐにグローバル人材育成プログラムの責任者を命じられ、1カ月後には研修がスタートする慌ただしさでした。

    (Dさん)

    Dさん

    (Dさん)
    5年前、突然、グローバル化の波がやってきました。中国、東南アジアへの本格展開、販路拡大が発表され、10年後を目途に、海外売上比率3割を目指すことになったのです。国内ではトップメーカーで、社員は地元志向が強かったため、大半は「海外なんてまだ先の話」「海外へは行きたくない」と考えていました。「ベトナムの次の生産管理担当役員候補は誰か」と社長から尋ねられても、皆目見当がつかない状況です。グローバル展開を支える人材の育成に、早急に手を打つ必要がありました。

     

    研修をきっかけに生まれた仕事の絆

    人材開発部は、経営トップの要請にもとづき、グローバル人材育成プログラムの開発に着手しますが、Dさんいわく、会社も社員も"超ドメスティック"。Dさんは、難易度が高い取り組みにどのように挑んだのでしょうか?

    (Dさん)

    Dさん

    (Dさん)
    海外進出の前から、会社が目指す方向性実現のために、風土を変えよう、人を育てようという社長の意思は、リーダー研修や風土活性化ワークショップなどを通じて伝わっていました。私も取り組みに参加して、新しいことを学ばなくては、自分たちも変わらなくてはと感じ、やる気が出たのは事実です。だから、異動前から、人材開発部の役割は、経営の意思実現の支援だと思っていました。私の認識とBPHRの役割には、あまりズレがなかったと言えます。

    グローバル人材育成プログラムでは、自社の企業理念を、海外事業展開の中で根付かせられるリーダーの育成を目指しました。当時、海外拠点の日本人社員は、拠点長とわずかなスタッフだけで、グローバルリーダー育成については誰もが正解を模索する状況でした。彼らの後任を育てるために、彼らが体験した苦労や問題意識を丹念に聞いて研修の骨子を決めました。拠点長は、企画段階から熱心にアイデアを出してくれ、海外体験の機会提供にも拠点を挙げて協力してくれました。このプログラムは、拠点長の当事者意識なしには実行できなかったと思います。

    プログラムを通じて現地社員との絆も生まれ、参加者が積極的に海外拠点と関わり始めました。それがきっかけになり、海外関連の仕事がやりやすくなって、事業のグローバル化にも貢献できました。拠点長からは、現地社員を対象に日本で研修をしてほしいという要望が上がり、中国、東南アジアからマネジャー層を受け入れました。中国の社員は成長意欲が高く、人材の流動性も高いのですが、研修を通じて彼らの組織へのエンゲージメントが上がり、定着率も上がったときは、本当に手応えを感じました。

    人材育成で顧客の喜びを実現する

    当時の人材開発部のメンバーは、営業、商品開発、調達、総務などの出身。人事部門でキャリアを積んだ人は誰もいない中で、メンバーは何を軸足に仕事を進めてきたのでしょうか?

    (Dさん)

    Dさん

    (Dさん)
    当時の人材開発部は"素人集団"だったため、人事はこうあるべきだという固定観念がありませんでした。社長が方針を発するたびに、皆でどのようにその実現に貢献するかを、いつも議論しました。先進企業や理論がどうなっているかではなく、自社の人材育成はどうあるべきか、自分たちはどう貢献するのかを突き詰める議論です。例えば、私が商品開発にいた時は、顧客がハッピーを感じるために、どのような機能やデザインを備えた商品を創るべきかと考えたものです。人材育成も同じで、社員の成長支援を通じて仕事の質や効率向上に貢献し、顧客の喜びを生み出すために施策を打とうと思っていました。

    その他、自分たちの都合で仕事をすることは止めようとも考えました。グローバル人材育成プログラムの現地体験では、海外の市場や組織のダイバーシティの実感を目的に、具体的な活動は参加者に任せました。参加者は、自ら発案し、数カ月前から現地とやりとりをして、手作りの企業理念研修を行ったり、現地取引先向けのイベントを企画運営したりして、海外での活動にどっぷりつかりました。こうした活動には、参加者を派遣する部門や受け入れ拠点の負担が大きい、治安や健康面のリスクがあるといった声がつきまといます。しかし、関係者を説得できない、トラブルの責任をとりたくないといった人事側の都合で、当たり障りのない内容にしたら、得るものは少なかったと思います。

    BPHRは"経営に資する"役割

    Dさんはその後、グループ会社の商品開発部門を経て、現在、その会社で総務人事部長として、人事に再び携わっています。彼はいま、BPHRの仕事をどのようにとらえているのでしょうか?

    (Dさん)

    Dさん

    (Dさん)
    BPHRの経験は、私のキャリア形成にとって本当に有益です。管理部門のスタッフでありながら、経営に近い位置で、全社視点、経営視点が養えます。商品開発の仕事では、事業全体での位置付けを考えずに自分の担当商品だけを考えると、短期的な思考に陥ってしまいます。グローバル人材育成では、研修を一つ組むにあたっても、事業戦略に立ち返って、どのような内容を盛り込むべきか、それはなぜ必要かをとことん突き詰めたため、発想の視座が上がりました。BPHRはまさに、"経営に資する"ことができる役割なのです。

    次のChapterでは、社員の意欲や組織の活力を引き出す「変革エージェント」、事業部長と社員を仲介する「従業員のチャンピオン」の役割について、インタビューで集めたBPHRの体験、所感を紹介します。


    *1:日本企業の海外進出方針

    「2015年度 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査 (ジェトロ海外ビジネス調査)」日本貿易振興機構(ジェトロ)海外調査部、2016年3月

    *2:

    海外拠点の現地化「日系企業における経営のグローバル化に関するアンケート調査」一般社団法人 日本在外企業協会、2014年12月

    *3:グローバル人材育成の課題

    「グローバル人材の育成・活用に向けて求められる取り組みに関するアンケート結果」一般社団法人 日本経済団体連合会、2015年3月

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