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Chapter2
リーダーの資質とリーダーシップのあり方を見直す

みなさんの組織では、春に昇格したマネジャー対象の新任管理職研修が実施される頃でしょうか?自分の力で仕事を全うしたプレーヤー時代とは異なり、マネジャーになると、チーム全体で成果を上げるリーダーの役割が求められますが、その違いに戸惑う人も多いようです。今回は、リーダーの資質とリーダーシップのあり方について主要な考え方を整理し、今のチーム運営にふさわしいリーダーシップについて考えましょう。

<相談内容>

最近昇格してうちの部に来た新任マネジャーBさん(30代前半)に、「部下をぐいぐい引っ張るのは私の性に合いません。マネジャーとしてやっていくのは無理です」と相談されました。ぐいぐい引っ張るタイプのリーダーシップを発揮する人だけが優れたマネジャーだとは思いません。Bさんには何を伝えればわかってもらえるでしょうか?

(40代 男性 部長 A.S.)

    【解説】

    最近の新任マネジャーの中心は、Bさんのような1994年から2002年に入社した就職氷河期世代です。バブル期世代のA.S.さんとは異なり、彼らは入社以来、成果主義、実力主義の洗礼を受けてきました。そのため会社を、人間関係の密な"共同体"ではなく、個人の成果を競う"競争の場"ととらえる傾向があるようです。

    Bさんは、成果第一の職場では、部下のお手本となり、彼らを厳しく指導して業績を上げる、ぐいぐい引っ張るタイプのリーダーが求められると考え、異なるタイプの自分はリーダーに向いていない、と悩んでいるようですね。そんなBさんの思い込みを解いて、マネジャーの仕事に前向きに取り組んでもらうにはどんな働きかけが必要か、A.S.さんと一緒に考えていきましょう。

    昨今のリーダーはリーダーシップに自信がない

    最近は「マネジャーになりたくない」という人が増えてきているようです[*1]。マネジャーには責任権限が与えられ、自分のチームを率いて自主的に目標達成に取り組む姿勢が問われます。短期成果を追求しながら、年上の部下や若者、異性、中途採用者、外国人といった自分とは経験も考え方も異なるメンバーの間で悪戦苦闘するマネジャーは、気苦労ばかり多い損な役回りに見えるのかもしれません。

    最近の社員がマネジャーの役割をネガティブにとらえがちなのは、組織のリーダーの実態と関係があるのかもしれません。実は日本を始め諸外国でも、多くのリーダーはリーダーとしての自信を持てずにいるのです。米国の大手人材開発コンサルティング会社であるDDI社が、2011年にグローバルで実施した調査「Global Leadership Forecast 2011」[*2]によると、12,500名(うち日本950名)のリーダーのうち、自社のリーダーシップの質について、「際立って優れている」または「たいへん優れている」と回答したのは、38%に過ぎませんでした。

    リーダーの6割以上が自社のリーダーシップに自信がない―。実は組織のリーダーシップ力の水準は、社員のエンゲージメントの高低に影響することも指摘されています[*3]。それを裏付けるような調査結果が、2011年にケネクサ社(KeNexa High Performance Institute)というグローバルの人事コンサルティング会社が行った、社員のエンゲージメントに関する調査[*4]です。「自身の仕事と組織に誇りと満足感を持ち、責任感をもって現在の仕事を続け、組織を支持する」と考えているエンゲージメントの高い社員は、日本企業では3割にとどまり、対象29か国中最下位です[*5]。残念ですが、日本の低いエンゲージメントは、日本企業のリーダーシップ力の現状を反映しているのでしょう。

    新任マネジャーが自信を持てない理由

    Bさんのような新任マネジャーたちが、リーダーシップに自信が持てない理由の1つは、経験不足ではないでしょうか。特に日本では、昇進時期が海外に比べて遅い上に、Bさん世代は1990年代以降の採用抑制の影響で職場の後輩が少なく、後輩指導の機会が少ないままマネジャーになる人が多い世代です。また、福利厚生も見直され、イベントやサークルなど社内のコミュニケーション活動が大幅に減ったため、職場でリーダーシップを発揮した経験が圧倒的に少ないのです。

    さらに、新任マネジャー本人と周囲の人たちのリーダーに対する期待値が高すぎることも、理由として挙げられます。私は新任マネジャーのリーダーシップ研修を数多く行っていますが、坂本竜馬や松下幸之助といった偉大なリーダーを「目指すリーダー像」としてイメージし、「自分はリーダーには向かない」と思い込んでいる参加者が少なからずいます。その上、ロールモデルである自分の上司が日々の仕事で疲れている姿を目の当たりにすると、「経験豊富な上司でも苦労しているのに、経験が浅い自分にマネジャーが務まるのだろうか」と自信を失いがちです。リーダーに対する過大な期待が、理想にはほど遠い自身の姿を目にした新任マネジャーたちの諦め感を生み、同時に上司や部下からの「うちのマネジャーは頼りない」という不満を生んでいるように感じます。

    リーダーに求められる資質は「信頼感」

    Bさんは、望ましいリーダー像を、「部下のお手本となり、厳しく指導して業績を上げる、部下をぐいぐい引っ張るタイプのリーダーシップを発揮する人」、つまり力強いスーパーマンととらえているようです。ここでリーダーの資質について、世界中で数万人に行われた調査の結果をもとに考えましょう。

    リーダーシップの研究者であるクーゼス氏とポズナー氏が行った調査で、「称賛されるリーダーの特性」[*6]として多くの人が挙げたキーワードを紹介しましょう。この調査は1980年代から継続して行われていますが、どの調査時点でも、第一位は「誠実である」(honest)であり、8割以上の回答者がこのキーワードを挙げています。第二位は「先が見える」(forward-looking)で、回答者の7割、続く「意欲を与えてくれる」(inspiring)、「実力がある」(competent)は、回答者の6割以上に選ばれています。

    Bさんが考えているリーダー像に近い、リーダーの力強さを表す「頼りがいがある」(dependable)、 「決然としている」(determined)、「勇気がある」(courageous)といったキーワードは、実はトップ3には含まれていません。意外に思うかもしれませんが、多くの人はリーダーに対し、力強さよりも誠実さを求めているのです。

    クーゼス氏とポズナー氏は、フォロワーがリーダーに進んでついていく状態がリーダーシップであり、リーダーに期待するのは、ついて行くに値する「信頼感」だと訴えています。そして、上位4つのキーワードが表す「信頼できるリーダー」とは、誠実な人物であり、フォロワーと共に目指す行先を明確に示し、自らの情熱でフォロワーの意欲を高め、確実に目標を成し遂げる実行力を持つ人物だと述べています。

    世界120カ国に展開し、2万人の社員を抱える米国の大手食品メーカー、キャンベルスープ社のリーダーシップモデルでは、リーダーの行動は「信頼を呼び覚ます」ことから始まります。周囲のメンバーとの厚い信頼関係なくしては、指示、協調、成果創出といったリーダーの活動は効果的に行えないと考えられているのです[*7]

    同社の元会長兼CEOのダグラス・コナン氏は、業績低迷さなかの2001年にトップとなり、再生を果たして、同社を米国で最も尊敬される企業に導いたタフな経営者でした。その彼が「高業績を持続する秘訣は、リーダーとして目指す成果の水準には厳しさを保ちながらも、社員たちが自己の可能性に気づき、働く意欲を高められるように、リーダーが日々働きかけることだ」と述べています。コナン氏は、多忙の中でもオフィスを歩きまわって社員に言葉をかけ、手書きのメモで感謝のメッセージを毎日10-20件も送り、社員を気遣っていました。彼にとってこの交流は、社員個人の生き方や考え方に重要な影響を与え、働く意欲を高めるきっかけをつくり出すふれ合いの瞬間(「タッチポイント」)なのです。彼自身も、MBAの学生だった頃に恩師にかけられた一言、「You can do better」(君ならもっとできる)をきっかけに、学習へのコミットメントが見違えるように上がった経験があると言います。彼は、日々の「タッチポイント」の実践こそがリーダーシップの発揮であり、その積み重ねで周囲のメンバーとの信頼関係を高められると信じているのです。

    フォロワーの立場から見たリーダーシップ

    リーダーシップ研究では、優れたリーダーの条件を明らかにするために長年にわたって、リーダー自身の役割・資質・能力・行動に焦点を当ててきました。しかし、研究が進むに従い、リーダーシップの効果は、リーダー個人の力量だけでなく、時代や地域、仕事の構造、リーダーとフォロワーの関係といった状況によって変わるという考え方が提唱されるようになりました。とりわけ、フォロワーの立場に焦点を当ててリーダーシップをとらえる理論は、リーダー中心の考え方の対極にあり、その新しさで注目され、発展を続けています。

    リーダーシップ研究の日米それぞれの第一人者であるブランチャード氏、神戸大学教授の金井氏が、フォロワー視点のリーダーシップで熱心に支持するのが「サーバント・リーダーシップ」です。米国の研究者、グリーンリーフ氏が唱えたこの理論は、リーダーの役割を「フォロワーに奉仕し尽くすことで、フォロワーが願いをかなえるのを手伝うこと」ととらえ、リーダーがサーバントに徹してくれると思った時に、フォロワーは、進んでついてくると訴えています[*8]。ただし、サーバント・リーダーは、フォロワーの望みをただ聞いて尽くす"召使い"ではありません。フォロワーが、リーダーが掲げるビジョンに共鳴し、自発的にそのビジョン実現に取り組みはじめる時、彼らを支えるのがサーバント・リーダーです。

    資生堂の元社長の池田氏は、2001年からの同社の大規模な経営改革にあたり社長に抜擢されるまで、「生涯一秘書」の精神で歴代の社長を支えることに徹してきた人でした。彼は、社長という役割が会社全体を支える存在ならば、自分は全社員を支える気持ちを前面に出し、経営改革に伴う痛みや苦しみを共に乗り越えようと決心し、店頭基点の改革に乗り出します。池田氏が心がけたのは、上司として、社員がより働きやすく成果が出せるように、自分に何ができるかを考え、速やかに実行することでした。そして改革に取り組むうちに、社員全体に「顧客に尽くすために、店頭を支えよう」という意識が徐々に浸透し、販売の第一線の社員たちが自発的に改善提案を出すようになったのです。

    フォロワーの視点からもエピソードを紹介しましょう。かつて、社員15万人のグローバル消費財メーカーに勤務していた私の知人は、尊敬する上司について次のように話してくれました。その上司は、事業本部長として、1千億円以上の売上と数百人の社員に責任を持ち、オフィスにいる時間も限られていました。しかし、部下のデスクをよく訪れ、熱心に話を聞いた後に「何か私に助けられることはないか?」と必ず尋ねたそうです。知人はその言葉を聞くと、「自分はケアされており、いざとなったら助けてもらえる」と感じ、安心してハードな仕事に励めたと語っています。

    連載第1回で紹介したように、創造性を発揮して活躍する社員たちは、仕事の意義、自律的な行動、成長実感や達成感などを働く原動力にしています。そのような人たちは、上司の仕事の「道具」として、ビジョンなき仕事をし、自身のキャリアを人任せにすることを良しとしません。彼らにとって、ビジョンを共有し、実現に向けて自分が信じた道を行く後押しをしてくれるサーバント・リーダーは、最高に望ましい上司ではないでしょうか。

    役職や肩書に部下はついてこない

    Bさんは、リーダーシップ発揮の経験不足やリーダーの力の過大視によって、漠然とした不安に陥りながらも、自分なりの感覚や世間一般に信じられている通説の中で、理想のリーダー像やリーダーシップのあり方を懸命に探ってきたのでしょう。もしかしたら、Bさんのこれまでの上司の多くは力強いリーダーで、部下にもそれを求めていたのかもしれません。

    A.Sさんに今できることは、Bさんが自分のリーダーシップのあり方を考える材料として、状況や相手次第で様々なリーダー像があることを伝えて、Bさんの思い込みを解き、漠然とした不安を減らしてあげることでしょう。

    Bさんが「ぐいぐい引っ張る」ことが不得手なら、自分の強みを活かせる異なるタイプのリーダーを目指せばよいのです。前述の資生堂の池田氏は、社長の役割はトップダウンでリーダーシップを発揮することだととらえていたため、社長就任を打診された際、人を支えることに徹してきた自分には務まらないと思ったそうです。しかし、就任を決意した直後から、社長の役割を自分なりに異なるイメージでとらえ始めます。それが、自分の強みを最大限に活かした「社員を支えるサーバント・リーダー」だったのです[*9]

    チーム全体の成果を高め続けるには、部下が高い意欲を持って働き、自身の能力を伸ばすことがカギとなります。そして、部下が働く意欲と成長を持続させるには、上司への信頼感が欠かせません。その信頼感を左右するのが、上司のリーダーとしての「軸」です。この「軸」とは、仕事で大切にしている価値観、目指しているゴールやビジョン、仕事における自身の存在意義、使命感といった職業観を指し、自身の判断や行動の拠り所となるものです。部下が、上司の示す「軸」に共感、賛同し、その「軸」がブレないことに安心感を持てば、上司をリーダーとして信頼し、ついてきてくれます。

    LIXILグループ副社長で、かつて日本GEで人事責任者を務めた八木氏は、自著[*10]の中で「自分の『軸』を持つことが、リーダーシップをとっていくときの『内なる力(リーダーシップのエンジン)』になる」と語っています。インド人や中国人とくらべて日本人には、このエンジンが足りないという問題意識のもとに、彼は日本GE独自のリーダー育成プログラム「J-LEAP」を立ち上げ、リーダー候補者の「軸」づくりに重点を置きました。Bさんにも、自分なりのリーダーとしての「軸」が求められるため、その「軸」を着実に固めていくことを勧めましょう。

    上司になると、肩書に部下が従っているにもかかわらず、自分のリーダーシップに部下がついてきているように感じがちです。しかし部下は、上司が示す「軸」に対し、「この人が描くビジョンが実現すると素晴らしいな」「この人についていけば自分の願いが実現できそうだ」と思わない限り、言いなりにはなっても、真に自発的には動かないものです。上司が会社の方針をそのまま伝えているのか、自分の言葉に置き換えて伝えているのかを敏感に感じ取っています。部下は、上司のマネジメント能力やスキルよりも、リーダーとしての「軸」を見ているのです。

    A.S.さんの支援のもとで、Bさんが「リーダーは力強いスーパーマン」という思い込みを払拭し、自信を持ってリーダーシップを発揮する日が一日も早く来ることを願っています。

    【お知らせ】

    新任マネジャーが陥る思い込みの対処法については、拙著「マネジャーになってしまったら読む本別ウィンドウで開く/Open the link in a new window」(ダイヤモンド社刊)により詳しい内容が紹介されています。ご興味のある方はどうぞご覧ください。


    *1:管理職志向の低下

    リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所「昇進と働く意欲に関する調査2012」によると、調査対象の30-50代の男性社員500名のうち、「管理職になりたい」と回答したのは半分以下の47.2%だった。

    *2:リーダーシップの質に関する調査

    DDI「Global Leadership Forecast 2011」、2011年(世界74カ国、約14,000名のHR専門職とリーダーを対象にした大規模調査)

    *3:社員のエンゲージメントと組織のリーダーシップ力の関係

    「Exploring Leadership and Managerial Effectiveness」(A Kenexa Research Institute WorkTrends report、2010年)

    *4:社員のエンゲージメントに関する調査

    「Engaging Level in Global Decline」(A Kenexa Research Institute WorkTrends report)、2011年(世界29カ国のフルタイム社員3万1000人以上を対象とした大規模調査)

    *5:社員のエンゲージメントに関する調査

    調査対象国のうち、エンゲージメント指数の最も高かった国はインドで77%だった

    *6:称賛されるリーダーの特性

    『リーダーシップの真実』 ジェームズ・M・クーゼス、ハリー・Z・ポズナー著 生産性出版、2011年

    *7:キャンベルスープ社のリーダーシップモデル、「タッチポイント」の効用

    『リーダーの本当の仕事とは何か』ダグラス・コナン、メッテ・ノルガード著 ダイヤモンド社、2012年

    *8:サーバント・リーダーシップ、資生堂池田氏の改革

    『サーバント・リーダーシップ入門』池田守男、金井壽宏 著 かんき出版、2007年

    *9:資生堂池田氏のリーダーシップ

    『サーバント・リーダーシップ入門』池田守男、金井壽宏 著 かんき出版、2007年

    *10:日本GEのリーダー育成

    『戦略人事のビジョン』八木洋介、金井壽宏 著 光文社新書、2012年

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