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Chapter3
昇進の要件を明確にする

人事部門のみなさんは、年度末の人事考課に始まり、評価結果のフィードバック、昇進・昇格、賞与支給といった一連の評価業務を終えて、振り返りを済ませた頃でしょうか?昇進は、個人にとってはキャリアの節目であり、組織にとってはビジネスゴール達成に向けた重要な人材活用施策です。今回は、昇進にあたり各階層のリーダーに求められる要件とその要件を明確にするメリットを考えます。リーダー育成に力を注ぐグローバル企業が取り入れている計画的・段階的人材育成の考え方(「リーダーシップ・パイプライン」)がそのヒントとなるでしょう。

<相談内容>

外資系グローバル企業から転職してきたC部長に、「この会社の人材登用は不透明でいきあたりばったりに見える。昇進に関して求められる要件をきちんと示してほしい。そうでないと、部下育成の方向性も定まらないよ」と言われました。新卒プロパー社員の私には、今の仕組みにあまり違和感がありませんが、よその会社はどのような仕組みになっているのでしょうか?

(20代 男性 日本企業人事係長 Y.K.)

    【解説】

    みなさんの組織は、部長、課長といった各階層のリーダー登用をどのような基準にもとづいて行っていますか?Y.K.さんの組織は、上司の推薦や過去の人事評価、勤続年数などをもとに昇進を判定しているのかもしれませんね。しかし、外資系グローバル企業出身のC部長は大きな違和感を覚えている様子。C部長の言う「昇進に関して求められる要件」とは具体的に何を指すのか、また、なぜその要件を明らかにしたほうがよいのか、Y.K.さんと一緒に探っていきましょう。

    「優秀な課長」は「優秀な部長」になれますか?

    「これまで優れた実績を上げてきた人は、昇進後の職務でも優れた実績を上げる」と信じる企業は、社員の過去の貢献度を昇進の尺度にします。したがって、仕事の難局や内部競争を乗り越えて実績を上げ続けた人が昇進していきます。リーダーが、組織階層のピラミッドを下から頂点に向けて直線的に上るイメージです。

    しかし実際には、下の職位で実績を上げたからといって、上位の役職で活躍できるとは限りません。米国の大手人材開発コンサルティング会社DDIの調査「Global Leadership Forecast 2014-2015」[*1] では、「自社のリーダーシップの質がたいへん優れている、または優れている」と回答した組織リーダーは半数に届かない40%です。さらに、人事責任者では25%というより厳しい結果が出ています。また、組織の重要な役職のうち、欠員が発生してもすぐに充足できるのは46%のみ。約半数の役職には社内に適切な後任者がいないのです。よく耳にする「『優秀な課長』は必ずしも『優秀な部長』ならず」という問題は、なぜ起こるのでしょうか?

    「キャリアの節目」を乗り越える

    ゼネラル・エレクトリック(GE)やウォルト・ディズニー・カンパニー、ウォルマートといったグローバル企業が、リーダー育成の取り組みの基盤としている「リーダーシップ・パイプライン」という概念があります。この考え方は、会社の将来を担う各階層のリーダーを、パイプラインに燃料が流れるごとく絶え間なく育てるために、組織全体で計画的にリーダーを養成することに力点を置いています。

    「リーダーシップ・パイプライン」の考え方では、リーダーは直線的に育つのではなく、担当者から現場リーダー、ライン長、部門長、事業部長、統括役員、経営トップへと役割が変わる際に、その「キャリアの節目」を乗り越えなければならない、とされています。

    企業における組織上の役割変化(例)

    「キャリアの節目」では役割が変わるため、リーダーにはそれまで培ってきた職務意識、業務時間配分、能力のリセットが求められます。優秀だとされた人が昇進後必ずしも活躍できないのは、その人のリーダーとしての資質がもの足りないのではなく、「キャリアの節目」に適応するのが難しいからなのです。

    【各階層のリーダーが「キャリアの節目」で経験すること】

    • 目先だけではなく中長期の視点から、判断や意思決定をしなければならなくなる
    • これまで判断や意思決定の拠り所だった現場や顧客から、直接情報が入ってこなくなる
    • ステークホルダーが増えるため、仕事の内容が複雑になり、視座や視野を変えることが求められる
    • 仕事の範囲が広くなったため、判断や意思決定に必要な情報が増え、かつ、複雑になる
    • 自分が経験した業務以外について、判断や意思決定が求められる
    • 自分自身が直接業務を行うのではなく、組織リーダーとして自分の考えや組織の方針を伝えて、部下や組織を動かすことが仕事の中心になる

    Y.K.さんも、自身の担当者から係長への昇進を振り返って、思い当たることはありませんか?

    「キャリアの節目」での人材の目詰まりを防ぐ

    「キャリアの節目」に適応できない人が階層を上がれず滞留すると、組織の「リーダーシップ・パイプライン」は目詰まりを起こします。そこでリーダー育成に熱心な企業は、組織全体でリーダーの成長を後押しし、目詰まりを防ぐ努力をしています。その努力とは、各階層のリーダーの職務に求められる役割要件を明らかにし、その要件を果たせるリーダー候補を育て、登用することです。役割要件が明らかになれば、役割遂行に求められる能力要件が導き出しやすく 、社員の能力開発の課題や方向性を特定しやすくなります。そして、組織は、能力開発に必要な仕事の経験や教育プログラムを体系的、計画的に準備することができるのです。

    このリーダー育成の考え方をいち早く活用した企業が、社内外に優れたリーダーを輩出し、"リーダー育成工場"と称されるGEです。GEでは、「セッションC」と呼ばれる人材開発会議を通じ、各階層のリーダーが上位職に進めるかどうかを評価し、数千人のリーダーの能力開発計画を立て[*2]、育成することで、人材プールを充実させています。GEの取り組みの根底には、優秀なリーダーが自然に育つことを待つのではなく、組織全体で体系的、計画的に育て続けるという強い意思があるのです[*3]

    日本企業の昇進プロセスは"自然淘汰"?

    次に、日本企業のリーダー育成における選抜の実態を見てみましょう。次世代リーダーの選抜型育成の実態調査(2012年)[*4]によると、育成、選抜の前提となる「人材像」が社内で必ずしも明文化、共有化されていません。「人材像」を明文化している企業は全体の約半数で、そのうち組織内で「人材像」を共有している企業は4割にとどまっています。また、選抜基準を明確にしている企業は3割強に過ぎず、そのためか、選抜方法で最も多いのは「ラインによる推薦」(回答の7割弱)、次は「過去の人事評価」(同 約5割)でした。また、伝統的な日本企業の経営者に聞き取りを行った調査研究は、経営幹部の選抜で重視されるのは「評判」だと指摘しています。「組織内外の多数の人が共有している候補者の過去の言動に対する評価」という、組織内でしか判断できない主観に選抜の力点がおかれているのです[*5]

    これらの実態を踏まえると、日本企業では「ある程度リーダーの資質を持つ人材が、長期間にわたって継続的に成果を上げ、徐々によい評判を蓄積して勝ち残って経営幹部になる」という"自然淘汰"の図式が見えてきます。このような昇進のあり方が根付いている組織では、体系的、計画的に各階層のリーダーを採用・育成・登用していく発想は薄れがちです。日常の仕事で高いハードルを与えておけば、候補者は自然に絞られていくと考えるからです。実際に、先ほどの次世代リーダーの選抜型育成の実態調査では、人材プールを管理している企業は全体の4割にとどまっています。

    この"自然淘汰"は、多くの潜在能力を持つ人材を過去の評判で振るい落としかねません。地球規模で人材の獲得競争が激化し、流動化も進む昨今、"自然淘汰"はムダの多いぜいたくな方法ではないでしょうか。さらに、事業ライフサイクルのめまぐるしい変遷や経営環境の急速な変化の下では、事業構成や事業内容が変わり、事業戦略を遂行するリーダーに求められる資質や能力も状況に合わせて変化します。入社時から続く長期間の選抜に最終的に勝ち残った人材が、その時点でリーダーに適しているとは言い切れないケースも実際には出てくるでしょう。そのため、日本企業の中にも、次世代リーダーの候補者を固定せずに入れ替える組織が出てきています。そうすれば、高い潜在能力を持ちながら、たまたま活躍の機会がなく埋もれてしまった人材や遅咲きの人材を、誤って幹部人材プールから永遠にはずしてしまう可能性は減るでしょう。

    日本の「属人主義」とグローバルの「ポスト主義」

    グローバルの人材開発先進企業が「リーダーシップ・パイプライン」の概念を導入しているのに対し、日本企業で馴染みが薄いのはどうしてでしょうか?それは、日本企業とグローバル企業では、リーダーの育成、選抜における「職務の位置づけ」が異なるからだと考えられます。

    欧米を中心としたグローバル企業では、人材が流動的であることを前提に、職務を基盤に人事・人材開発を進めます。「ポスト主義」とも言うべきこの仕組みでは、まず、自社のビジネス戦略を見据えて、組織全体で欠かせない主要ポジションを定め、主要ポジションに求められる役割要件・業務成果要件を具体的に定義します。そして、その要件にふさわしい能力を持つ人材を採用あるいは育成して、登用します。通常、各主要ポジションには複数(2‐3名)の後継者が用意され、組織として継続的に役割が遂行できるように備えます。

    「ポスト主義」の仕組みにおける効果的なリーダー育成のあり方が、「リーダーシップ・パイプライン」です。各主要ポジションの役割要件・業務成果要件が明確なため、求められる能力開発の要件が導き出しやすく、短期間で効果的な育成、選抜が行えます。具体的には、各階層でリーダーに共通して求められる能力は、リーダーシップ開発やマネジメント教育のプログラムを通じて行われます。また、ポジションによって個別に求められる能力要件は、仕事のアサインメント、上司や経営層によるコーチング・メンタリング、職場内における改善活動や相互学習といった個々の職務に根ざした活動で開発されます。

    一方、日本企業では、終身雇用で社員の入れ替わりが少ないことを前提に、人事や人材開発のやり方を決めています。候補者には、長い期間をかけて様々な仕事やポジションを経験させ、多くの人の目を通じて「評判」を吟味し、人物自身を包括的に育成、評価します。これは、幅広い経験を持ち、自社組織に精通するゼネラリスト的なリーダーを育成、選抜する「属人主義」の仕組みと言えます。この仕組みでは、個人の属人的な資質や能力に注目するため、職務要件は曖昧となり、個々の組織の論理や人材の実態に職務内容を合わせる傾向が見られます。また、各職務で求められる能力要件がはっきりしないため、社員にとっては能力開発の具体的な目標が定めづらくなります。

    ここまでで、「リーダーシップ・パイプライン」の概念、日本企業とグローバル企業のリーダー育成・選抜の仕組みの違いについてひと通り分かっていただけたと思います。さて、日本企業はこのまま「属人主義」を変えずに続けたほうがよいのでしょうか?

    いつまでも「属人主義」ではいられない

    日本企業であっても、グローバル展開する企業では、「役割・能力が曖昧で昇進や昇給の基準が不透明」「昇進のペースが遅い」といった点で、「属人主義」の人材マネジメントの限界が見えてきています。

    「属人主義」の仕組みは、人材の流動性が低い日本以外では成立しにくい前提条件にもとづいているため、グローバルに統一的な制度として用いるのは難しいでしょう。経団連の2014年5月の報告[*6]では、人事制度のあり方が諸外国と大きく異なる日本企業にとって、グローバル統一の等級制度、公平性・一貫性・透明性のある評価制度整備といったグローバル人事制度の構築は難易度の高い課題だと指摘されています。

    しかし日本企業の中にも、「ポスト主義」の仕組みへ転換を進める企業が見られるようになってきました。例えば、タイヤ市場シェア世界トップ(2011年)で、25カ国に178生産拠点を展開するブリヂストンは、2004年から、グループ経営における重要な約180のポジションを担えるグローバル経営人材を、グループ共通の仕組みで世界中の拠点から計画的に選抜し、育成しています[*7]

    今後、グローバル展開が加速すれば、組織の拡大に応じて、リーダー育成・選抜のスピードアップが求められます。例えば、インドや中国で急速な事業拡大を進める企業では、リーダー人材不足が事業展開のボトルネックとなりかねません。ある米国のグローバル飲料メーカーは、2020年までにインド市場に50億ドルを投じ、大規模な事業拡大を図るため、現地法人向けにリーダー育成プログラムを構築し、重点課題である国内拠点責任者の人材プール強化に向け、若手ミドルマネジャーの能力開発を加速させています[*8]

    グローバル競争に向けて優秀な人材を組織に引き付けるには、より速いスピードで複雑で大きな権限のある仕事を任され、リーダーとしてグローバルな舞台で活躍できるキャリアパスを用意する必要があります。前述のGEでは、前CEOのジャック・ウェルチ、現CEOのジェフリー・イメルトがともに45歳でCEOに就任していますが、日本企業では部長への最短昇進年齢が40.1歳です[*9]。多くの人の評判をもとにじっくり選抜を行う「属人主義」の仕組みでは、意欲的で上昇志向が高い人材が他社に転じるリスクがあるのです。

    今後Y.K.さんの会社でもグローバル化が進展するとしたら、Y.K.さんは、「属人主義」に変わる新たな人材マネジメントの仕組みを模索することになりそうですね。C部長のように、「ポスト主義」の仕組みのもとでキャリアを形成してきた人は、グローバルに通用する評価や人材開発の仕組みについて理解を深める際に、よき相談相手になってくれるのではないでしょうか。Y.K.さんが、人事プロフェッショナルとして、さらに見地を広げることを期待しています。


    *1:リーダーポジションの充足度に関する調査

    DDI「Global Leadership Forecast 2014-2015」、2014年

    *2:GEのリーダー育成(1)

    DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー「GE 内部成長のリーダーシップ」ジェフリー R. イメルト、ダイヤモンド社、2006年

    *3:GEのリーダー育成(2)

    『戦略人事のビジョン』八木洋介、金井壽宏 著、光文社新書、2012年

    *4:次世代リーダーの選抜型育成の実態

    産業能率大学総合研究所「次世代リーダーの選抜型育成の実態調査」、2012年(従業員数300名以上の日本企業239社を対象にした調査)

    *5:日本企業の昇進・選抜基準

    石原直子「日本企業の昇進・選抜基準とその合理性」、Works Review vol.9、2014年

    *6:日本企業におけるグローバル人事制度の構築

    日本経済団体連合会「グローバルに活躍できるマネジャーの確保・育成に向けた取り組み」2014年

    *7:日本企業のポスト主義への転換

    「次世代経営層の継続的な育成」株式会社ブリヂストンホームページ 2014年

    *8:インドにおけるリーダー育成の加速化

    DDI 「Ready Now Leaders: Meeting Tomorrow's Challenges」 (「Global Leadership Forecast 2014-2015」、2014年をもとにしたASTD 2014国際会議での事例発表)

    *9:日本企業の昇進年齢

    労政時報第3771号「役職別昇進年齢の実態と昇進スピードの変化の動向」2010年

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