Step by Step [Advanced] Chapter4
社員のキャリア開発を支援する

8月も終わりですが、読者のみなさんの夏休みはいかがでしたか?自然の中でのんびりしたり、集中的に読書をしたり、普段会えない人に会ったりする中で自分を見つめ、キャリアの新たな目標を立てた人もいるかもしれません。終身雇用、年功序列型登用・賃金といった日本の従来の雇用慣行が変わり、キャリアの自立への意識が高まり、焦りや迷いを抱く人が増えています。今回は、若手社員のキャリア観を概観しながら、現場の上司ができる部下のキャリア開発支援を考えます。

<相談内容>

営業部長のDさん(48歳)に、「最近の若手は、仕事を選んで困る。"やりたい仕事以外はやる気がない"が組織で通用する時代なのか」と愚痴られました。社員誰もがやりたい仕事に就くことは難しいと思います。自分のキャリアに迷いを持っている人たちに対し、どのような支援ができるでしょうか?

(30代 男性 日本企業人事課長 F.T.)

【解説】

営業部長のDさんは、順調に社内でキャリアを築いてきた人のようですね。キャリアアップのコツは「与えられた仕事にがむしゃらに取り組み、頭角をあらわすことだ」と信じているため、若手社員が仕事内容にこだわる理由が想像できないのでしょう。しかし、グローバル化の進展や日本経済の低迷により、会社の行く末も雇用の保障も定かではありません。多くの若手社員たちは、リストラ、降格などのリスクを回避するために、自社に精通したジェネラリストではなく、どこでも通用する市場価値の高いプロフェッショナルを目指しています。そのため、自分が早く成長できる仕事がしたいのです。D部長のような現場の上司には、部下のキャリア開発にどう関わってもらえばよいでしょうか?社員のキャリア開発支援に携わる人事のF.T.さんと一緒に考えていきましょう。

キャリア教育が促す「やりたい仕事重視」

D部長世代が学生だった頃、「キャリア教育」という言葉は一般的にあまり知られていませんでした。多くの人は定年まで同じ組織で働くため、自分自身でキャリアを築くという考えに馴染みが薄かったのです。フリーター、ニートが社会問題化しはじめ、若年層の就職難や早期離職の対策として小・中・高でキャリア教育の取り組みが始まったのが2003年。同時期に、少子化で激しくなる大学間競争に向けて自校を差別化するため、大学でも就職実績を上げようとキャリア教育が本格化します。[*1]

若手社員が「やりたい仕事」にこだわるひとつの要因は、大学でのキャリア教育の内容に依るのかもしれません。学校の進路指導で普及しているのは、自分の夢、やりたい仕事を探求するプログラムです。進路や将来を考えるにあたり、自己の能力や適性について理解を深め、「なりたい自分」や「やりたい仕事」を具体化します。学生は、この「やりたい仕事」について職業研究や職場体験(インターン)で理解を深め、将来に向けたキャリアプランを考えます[*2]

昨今の若手社員は、中学生の頃から「やりたい仕事で能力を磨くことが、充実した職業人生につながる」と言われ続けてきました。「大企業に就職すれば、定年まで安泰」だったD部長世代とは、職業観が大きく異なります。日本生産性本部の2014年6月の調査[*3] によると、新入社員の会社選択の理由では「自分の能力・個性が生かせるから」が約31%で最も支持されています。次点は、約21%で「仕事がおもしろいから」。一方、「会社の将来性を考えて」は長期的に低下し、10%を割り込んでいます。この調査結果からも、最近の若手社員が仕事内容と仕事を通じた能力形成を重視していることがわかります。

若手社員を悩ませる「このままでいいのか」

若手社員にとって、「やりたい仕事」とは自分が成長できる仕事です。そのため、目の前の仕事が成長に結びつかないと感じると、「このままでいいのか」と焦りをおぼえます。自身のキャリア開発を自分事として真面目に考えている人は、焦りがさらに強くなります。ある人は、やりたい仕事を求めて転職を考えます。また、具体的なゴールがないままにMBAなどの資格取得にまい進する人もいます。

筆者は、「このままでいいのか」を募らせ、自分の理想郷を追い求め、やみくもに資格を取ったり職を転々とする人を「キャリア・ボヘミアン(転職さすらい人)」と呼んでいます。彼らは、転職でたとえ収入が高くなっても、有名企業に勤めていても、現在の仕事に対し、いつも不満や焦りを心に抱いています。自分のやりたいこと、才能を活かすことができる職場がどこかにあると夢想し、いつも今の仕事は次のステップに過ぎないと思っています。

多くの日本の大企業では、大量の新卒を事務職、技術職程度にしか職種を定めずに定期的に一括採用するため、新卒社員は職種を選ぶことが難しいのが実態です。「このままでいいのか」と焦る人たちにとって、会社から与えられた今の仕事は、将来の自分のキャリアに本当に結びつかないのでしょうか?

2つのキャリアステージ:「激流下り」と「山登り」

リクルートワークス研究所所長の大久保氏は、著書『キャリアデザイン入門』[*4] の中で、キャリア形成を「筏下り(筆者は「激流下り」と呼び替えています)」と「山登り」の2つのステージに分けています。多くの若手社員は、この「激流下り」のステージにいます。

「激流下り」の時期は、目の前にある仕事を必死でこなす日々が続きます。大久保氏の激流下りのステージについての描写を紹介しましょう。

「筏下り(筆者注釈:激流下り)は、下流というゴールに目的があるわけではなく、そのプロセスに意味がある。自分がいったい何処へ向かっているのかもよくわからない。とにかく目の前の急流と向き合い、自分の持つすべての力を振りしぼってその急流や岩場を乗り越えていくのである。一つの急場を乗り越えれば、またすぐに難所がやってくる。その繰り返しをしていく中で、力をつける」

このステージにいる間は、眼前の仕事に全力を尽くします。目の前の仕事に没頭する中で、「自分は何が得意か」という専門性、「どんな仕事に喜びを感じるのか」という仕事の意義、「仕事で何を大切にするのか」という価値観が芽生えます。

激流下りが終わると、「山登り」の時期が始まります。自分が決めた専門領域でプロとして道を究めるこのステージは、自分が目指す「山(=専門領域)」を決めてからスタートします。いくつもの山から自分が登る山を決め、登るルート、ペース、仲間を自分で選びます。その意思決定の拠り所になるのが職業観です。成人の発達段階の研究によると、「山登り」が始まるのは、一般に30代後半から40代だと言われています[*5] 。山登りの前の激流下りのステージは、仕事の能力を高めるだけでなく、その後の職業観を形作る大切な時期です。職業観がなければ、本当にやりたいこと、つまり、専門領域を選び究めることはできません。

最近のキャリア研究によると、キャリアの80%は、自分では予測できない偶然の出会いやめぐり合わせで方向性が決まるとも言われています[*6] 。筆者の周囲にも、突然の社命、組織再編、家族の転勤、介護など、予期せぬ事態で異動や転職を経験しながら、目指すキャリアを築いてきた人がたくさんいます。その人たちは、予想外だった仕事に自身の職業観とのつながりを見出すことで、自己成長の機会を広げてきたのです。

キャリアの「軸」を定める

学生時代からやりたい仕事を考えるのは、仕事に取り組む姿勢としては、積極的ですばらしいことです。しかし、コンビニや居酒屋、家庭教師のアルバイト経験くらいしかない20歳すぎの学生が、やりたい仕事をしっかり選べるでしょうか?

大学のキャリアセミナーなどで、「私は積極的なコミュニケーションが苦手だから公務員が向いている」といった根拠の浅い選択をする学生に出会うことがあります。学生は、企業がインターネットで発信する画一的な情報や、社会人経験の浅い先輩の意見は集めていますが、長年キャリアを積んだ社会人であり、自分をよく知る両親や恩師に話を聞いていないことが多いのです。学生が抱く仕事観とは、狭い世界の限られた情報から想像した特定の業務や会社で形作られ、自身の実体験に裏付けされた"働き方や生き方の指針"に基づくものはごくわずかです。

前述の大久保氏は、最初に就く職業が何かはそれほど重要ではない、と言っています[*7] 。学生時代にやりたいと思ったことが、社会人になったら数年で変わることはよくあります。それよりも自身が鍛えられる会社、つまり激流を下る「川選び」の方が大切だと唱えています。激流下りで成長実感を持ち、その過程で自身の職業観を形作る方が、その後充実した職業生活が送れるのです。

激流下りを通じて職業観が形作られ、初めてキャリア選択の「軸」が定まります。キャリア研究の分野では、自身のキャリアの方向性やキャリア選択の軸を「キャリア・アンカー」と呼びます[*8] 。キャリア・アンカーは、キャリア選択にあたり本当にやりたいことを考える拠り所であり、自身に適していない仕事に就いた時は適したものに引き戻す「錨」の役割を果たします。「自分の職業人生にこれだけは欠かせない」と思うものが、その人のキャリア・アンカーだと言われています。このキャリア・アンカーがはっきりすると、キャリアの選択がぶれなくなります。

今の仕事とやりたい仕事を結び付ける

ここまで若手社員のキャリア開発の実態や考え方に関して概観しました。現場の上司は、やりたい仕事にこだわり焦る若手社員に対し、日常の仕事でどのような支援ができるでしょうか?

一言で言えば、キャリアの「軸」づくりにもっと目を向けさせることです。幅広く様々な仕事で、次々に課題に取り組み、試行錯誤して知識やスキルを身に付けることで初めて、やりたいことや自身のキャリアの「軸」が見えてきます。「社内で製品開発マネジャーになりたい」といった具体的なキャリア目標を定めても、組織の事情もあり、将来そのポジションに確実に就けるとは限りません。特定の業務に的を絞ってしまうと、結果的にキャリア選択の可能性が狭まります。専門領域を決めて目標を絞るのは「軸」を定めた後の方が有効だと説明し、成長を促す仕事のチャンスを与え、部下が眼前の仕事の経験を通じて「軸」を見つけることを後押ししましょう。

国内外の人材育成の分野で広く知られている理論では、成人の成長機会全体の70%は仕事の経験、20%は周囲の人から受けた助言や薫陶(くんとう)、10%は教育研修だと言われています[*9] 。資格取得やセミナー参加よりも、実務経験の方が自己成長につながり易いのです。

キャリアの相談に来た部下に対して、目の前の仕事に集中させるために、短期的成果の達成度合で叱咤激励したり、中長期的なキャリアを話し合うことを後回しにすることは避けたいものです。部下が考えるキャリアの方向性を普段からじっくり聞いて、今の仕事と本人が中長期的にやりたいことを結びつけてあげないと、部下の焦りは解消されず、仕事や能力開発への意欲が高まりません。

筆者の知人で、外資系メーカーに職種別採用でマーケティング職の内定をもらい、人事部に配属された人がいます。マーケティングのプロを志そうと入社を決めていた彼は、「顧客と接点の少ない人事のような内向きの仕事は自分に合わない」と考え、配属先の変更を申し入れますが、逆に採用責任者から説得されてしまいます。その時言われたのが、「人事は最もマーケティングセンスが求められる部署なんだ。たくさんの会社の中から、自分のキャリアを賭ける会社として当社を選んでもらうには、会社の魅力を求職者に効果的に訴えなければならない。そのためには真剣勝負のマーケティング力が必要なんだよ」という言葉でした。彼はそれを信じて人事業務に携わり、採用や制度設計の仕事を通じてマーケティングセンスを磨き、後々マーケティング部門で活躍したのです。

得意なこと、できることを増やす

キャリアの実現可能性は、自分ができることを伸ばしながらやりたいことを探り、社会や組織が求めていることを意識して、すり合わせることで高まります。できることが増えれば、やりたいことの選択肢が広がる上に、仕事の成果を出せるようになります。その結果、成長実感や自己効力感が芽生えて焦りや迷いが減ります。したがって上司には、若手社員が自分の得意なこと、できることを増やせるように仕事を与え、能力開発を促すことが大切です。

キャリア開発で気を付けたいのは、目先の仕事に関連する業務知識やスキルの習得だけに集中しないことです。狭い分野で専門性を磨いても、世の中や顧客のニーズの変化によって仕事そのものがなくなるかもしれません。実際に大企業では、管理部門の事務作業の多くが賃金の安い海外にアウトソースされました。IT関連知識のように、専門性そのものがすぐに陳腐化するリスクもあります。優先度が高いのは、「課題解決力」「リーダーシップ」といった、どんな職場でも求められる日常の仕事を効率的、効果的に遂行するための土台です。その上で、自身の「軸」にもとづいて、経営企画、海外関連事業といった一定の広さがあり、環境変化に柔軟に対応できるくらいの"可変性"の高い専門性を身に付けることが求められます[*10]

社員の成長のチャンスをつぶさない

社員のキャリア開発支援に取り組む企業は増えており、2007年の調査で既に、回答企業の59.2%が自己申告制を、34.7%が社内公募制を導入しています[*11]。F.T.さんの会社でも、これらの制度を運用しているのではないでしょうか。

20代から30代の若手社員が大半を占める[*12]サイバーエージェント社では、自身が希望するポジションに、上司を通さず異動の希望が出せる「キャリアチャレンジ制度」を2005年から実施してきました。同社の人事本部長は、希望を叶えたい応募者と戦力ダウンを懸念する事業部の板挟みになりながらも、粘り強く事業部と対話し、異動を実現させています。現在は、全社員約1500名中、年間80名から100名の応募者があり、その中から約半分が希望の部署に異動しています。最近では、人事本部の取り組みの焦点は、異動できなかった人のやる気や仕事の成果を維持するフォローアップに移っています[*13]

サイバーエージェント社の人事本部長の曽山氏は、困難でデリケートな制度運用にあたり、「異動が実現するかどうかで人事は試される」という決意で臨みました。いくら社員のチャレンジ支援を会社がうたっても、上司が部下育成より目先の業績にこだわる姿や、人事が現場との摩擦を恐れて及び腰になる姿を目にすれば、社員は「この会社では自分の成長は望めない」とあきらめてしまいます。

若手社員にとって、自身の「個」を認め、親身になってくれる人からの助言は、たとえ叱責であっても働く意欲の源泉となるようです。一方で、信頼関係が存在しない相手の話は、いくら中身が正しくても真剣に聞き入れません。上司や人事には、キャリア開発支援の基盤として、若手社員との信頼関係を根気強く築くことが求められます。それには、若手社員の普段の仕事ぶりを観察し、対話の回数を増やして具体的な助言を行うことで、「この人は自分を見ていてくれる」と感じてもらうことが大切です。他者のキャリア開発に関わるには、時間と覚悟が求められるのです。D部長やF.T.さんの努力が実を結び、貴社の若手社員の焦りや迷いが少しずつ解消される日が来ることを期待しています。


*1:学校におけるキャリア教育(1)

『キャリア教育のウソ』児美川孝一郎 著、ちくまプリマ―新書、2013年

*2:学校におけるキャリア教育(2)

『キャリア教育のウソ』児美川孝一郎 著、ちくまプリマ―新書、2013年

*3:新卒社員の会社選択理由

公益財団法人日本生産性本部 平成26年度「新入社員働くことの意識」調査、2014年

*4:筏下り(激流下り)と山登り

『キャリアデザイン入門[Ⅰ]基礎力編』 大久保幸夫 著、日経文庫、2006年

*5:「山登り」のスタート時期

『ライフサイクルの心理学』レビンソン著、講談社学術文庫、1992年

*6:キャリアにおける計画的偶発性

『その幸運は偶然ではないんです!』 クランボルツ著、ダイヤモンド社、2005年

*7:激流下りの重要性

『キャリアデザイン入門[Ⅰ]基礎力編』 大久保幸夫 著、日経文庫、2006年

*8:キャリア・アンカーの概念

『キャリア・アンカー』エドガー H. シャイン 著、白桃書房、2003年

*9:「70/20/10の法則」

Lombardo, Michael M; Eichinger, Robert W(1996). The Career Architect Development Planner(1st ed.). Minneapolis:Lominger. p. iv

*10:キャリアに求められる専門性

石山恒貴「人事権とキャリア権の複合効果――専門領域の構築に対して」『日本労務学会』第12巻第2号, 2011年

*11:社員のキャリア開発支援施策

独立行政法人日本労働政策研究・研修機構「社内公募制など従業員の自発性を尊重する配置施策に関する調査」、2007年

*12:サイバーエージェント社員平均年齢

平均30.3歳(2013年9月末調べ)、サイバーエージェントホームページ「企業情報」、2014年8月12日

*13:サイバーエージェント社の「キャリアチャレンジ制度」

『クリエイティブ人事』曽山哲人 金井壽宏 著、光文社新書、2014年

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