立命館アジア太平洋大学(APU) 学長

出口 治明 氏

立命館アジア太平洋大学(APU)学長。三重県生まれ。1972年京都大学法学部卒業後、日本生命保険相互会社に入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年退職。2008年、ライフネット生命保険株式会社を開業し、社長、会長を歴任。2012年に上場。2018年1月より現職。『人生を面白くする 本物の教養』など著書多数。訪問した都市は1200以上、読破した本は1万冊を超える。

急速にグローバル化が進む今。将来、社会で活躍する人材を育成する大学もグローバル化が求められています。文部科学省は徹底した「大学改革」と「国際化」を促進するために2014年に「スーパーグローバル大学創成支援事業」(以下、SGU)を創設し、積極的に大学を支援しています。そこで、今号の特集では「大学におけるグローバル人材育成」をテーマに、SGUにおいて「タイプB(グローバル化牽引型)」に採択されている3つの大学に、各大学における国際化やグローバル人材育成の取り組みや今後の展望などを伺いました。

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2019年3月号

変化が激しい時代に必要な本質をつかむ力

日本生命で数々の要職を務めたのち、ライフネット生命を起業した出口治明氏。その手腕を高く評価され、2018年1月に立命館アジア太平洋大学(APU)の学長に就任しました。実業界から異例の転身をすることとなった出口氏は、世界中の都市を1200以上訪問し、1万冊を超える本を読破。「人・本・旅」を成長の3要素として掲げ、APUでもそれを実践しています。グローバル人材について、経済界と教育界両方の御経験から、貴重な御意見をいただきました。

国際色豊かなAPU

ダイバーシティを具現化した学び舎

現在、僕が学長を務める立命館アジア太平洋大学(以下、APU)は、2000年に大分県別府市に誕生しました。APUの大きな特徴は、国際色が豊かでダイバーシティに富んでいるということです。全学生約6000名のうち、外国人留学生が半数以上を占めます。出身地も多種多様で、世界約90の国と地域に及びます。また、アジア太平洋学部の学部長(中国人)、国際経営学部の副学部長(ドイツ人)を筆頭に、カナダ、バングラデシュ、フィリピン出身など、教員も約半数が外国人と、まさに「小さな地球」「若者の国連」とも言うべき学び舎を実現しています。
2008年に開業したライフネット生命保険を後任に任せ、学長に就任したのは2018年1月のこと。全国の大学でも例をみない国際公募による学長候補者選考というプロセスを経て、約100名の候補者の中から推挙いただきました。選考委員のメンバーは副学長を筆頭に、教員5名、職員2名、卒業生2名の合計10名。このうち外国人4名、女性3名と、選考委員会自体がダイバーシティを体現していたのには驚きました。

かねてからAPUの噂は聞いていましたが、実際に就任してみて思うのは、想像以上に学生が面白いということです。僕は「ONE APU」を掲げ、教員も職員も学生も、一丸となることを目指しています。そのポリシーから、学長室のドアはいつも開放しています。教職員はあまり活用してくれないのですが(笑)、学生たちは積極的に僕を訪ねて来て交流を図ってくれます。
先日、推薦で入学が決まった日本人の高校生から次のメールが届きました。「1年間、世界を放浪したいが、入学後すぐに休学して行くべきか、1年ほど勉強してから行くべきか迷っている。意見を請いたいので、週末に会ってくれませんか」と。それで、土曜日にキャンパスに来てもらって会うことにしました。また、あるインド人学生は自分でビジネスを立ち上げたので、出資してほしいと依頼してきました。最終的にはベンチャーキャピタルを紹介したのですが、APUには枚挙に暇がないほど個性的な学生があふれています。

APUで学んだ人たちが世界を変える

APUの卒業生は1万7000人を超えています。母国のトンガに戻り、大臣になっている人もいますし、インドネシアのある州では副知事を務めている人もいます。グローバルに活躍するリーダーを輩出していることをとても誇りに思いますし、近い将来どこかの国の首相や大統領になる人も出てくるのではと期待しています。
合計35ある同窓会組織のうち、26は海外の拠点です。先日もモンゴルの同窓会に出席してきました。首都ウランバートルに50名もの卒業生を集めることができるのは、日本の他大学には真似ができないことでしょう。これまで152の国と地域から受け入れた学生が世界中で活躍している点も、APUの強みの1つであり、国内の大学では最大級の国際ネットワークではないかと自負しています。このネットワークはこれからAPUを巣立っていく人にとって、大いに役立つことでしょう。
APUには、前学長の是永駿氏のもとで定めた「APU2030ビジョン」があります。このビジョンでは「APUで学んだ人たちが世界を変える」という志の高い目標を打ち出しています。大学はもちろんのこと、この国の企業で2030年を見据えた長期ビジョンを設けているところは、少ないのではないでしょうか。今後もこのビジョンの実現に向かって邁進していきます。

グローバル人材に求められる資質

変化が激しい時代に意識すべき力とは

時代が変化するスピードは、これからますます速くなると思います。たとえ、最新のプログラム言語を学んだとしても、すぐに陳腐化してしまいます。こうした時代で意識すべきは、表面的な技術やスキルではなく、物事を原点から捉える力です。そこで重要となってくるのが、「タテ」と「ヨコ」で考える力です。
「タテ」とは時間軸および歴史軸、「ヨコ」とは空間軸および世界軸を指します。この2つの軸を使って考えると、物事はよりクリアに見えてきます。
例えば、戦後から現在まで日本が経験している70年という時間は、極めて特殊で幸せなものです。「タテ」の視点を1000年単位にし、「ヨコ」の視点を東アジアまで伸ばしてみます。すると、中国は4000年という長い歴史の中で、平和で豊かだった期間(盛世)はわずか200年足らずであることがわかります。そう考えると、平和を70年も享受し続けられているこの国は、奇跡的に幸運だと思うのです。

変化のスピードが速い時代、次に意識すべきは「数字・ファクト・ロジック」で考える力です。例を挙げてみましょう。世の中には「税金の無駄遣いをなくせば消費税を上げなくてすむ」という意見があります。一見、正論のように聞こえますが、2018年度の税収約59兆円に対し、歳出額が約98兆円であることを考えると、無駄遣いをなくしたレベルでは到底まかなえる数字ではないことがわかります。「国語」(言葉)だけでは真の解が得られないケースが多く、「数字・ファクト・ロジック」で検証する力が必要となるのです。
こうした視点をもとに、日本の企業について考察してみましょう。日本の企業の職種を大きく分けると、転勤の伴う総合職と、伴わない一般職がありますが、世界ではこうした考え方は非常にめずらしいものです。そもそも総合職の「どこへでも転勤する」という制度はパートナーの存在を無視しており、とても不条理な制度です。このように常識とされていることを常に疑いながら、自分の頭と言葉で物事を考える力を身につけることが大切です。

個性を伸ばす教育を実践するために

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考える力をさらに養おうと思ったら、仲間(ピア)同士が互いの力を発揮し協力し合って学ぶ「ピアラーニング」が有効です。これまでは先生が一方的に知識を与える授業形態がほとんどでしたが、学生が主体的に学びたいと思わなければ、何を教えても身につきません。ですから、学生が小グループで協働しながら、先生は学生の自発的な学びを支援することが重要です。学生の学びを先生がサポートするこの手法は、「ミネソタメソッド」と呼ばれ、APUでは約30%の先生方がこれを学んでいます。

OECD(経済協力開発機構)は、15歳児を対象に「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」という3分野において、学習到達度を調査する「PISA」と呼ばれる国際的調査を行っています。PISAは3年ごとに行われるのですが、日本は「科学的リテラシー」2位、「数学的リテラシー」5位、「読解力」8位(いずれも2015年調査)と、好成績をマークしました。

このように、日本の義務教育は世界に誇れるものですが、高等教育になると途端に勢いを失います。イギリスの大学評価機関、Times Higher Educationが発表した世界の大学ランキングで、トップ200にランクインしているのは東大と京大だけです。高等教育は、義務教育をベースに個性を伸ばす教育であるため、そもそも1人の先生が30人を指導するような体制には無理があると言えます。個性を伸ばすためにはせいぜい10人が限界であり、大学の指導の在り方を根本から見直す必要があると考えています。

人生で大切なのは「人・本・旅」である

僕は、人が成長する上で欠かせないのは「人・本・旅」であると常々訴えています。これはAPUでも実践しています。「人」においては、留学生を含む多様な個性との交流で実現していますし、「本」に関しては読んでほしい30冊をリスト※にし、入学式の時に学生に渡しました。「旅」については学生には留学を勧めています。現在APUは、すでに170の海外大学と交換留学を行う協定を締結。今後5年間のうちに、特に日本人学生については留学(短期間を含める)経験者を100%にしたいと考えています。そのためにプロジェクトチームを立ち上げ、役員会で決議が採択されました。すでに複数の新規留学プログラムの実施が決まっています。

デファクトスタンダードとしての英語

世界を舞台に活躍する際、英語がコミュニケーションのデファクトスタンダードであることは、もはや言うまでもありません。まずは、しっかりとした英語力を身につけることが重要です。その上で「人・本・旅」によって、見識を深めることが大切です。特に、グローバルリーダーは理系文系を問わず「ダブルマスター」や「ダブルドクター」が当たり前となっており、そういう人たちと渡り合うためには、向上心をもって勉強するしかないのです。

世界から評価される人材を輩出するために

グローバルな評価で大学の価値を高める

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日本の大学のうち、マネジメント教育を評価する国際組織「AACSB」から認証されている大学は4校しかありません。うれしいことに、APUはその中の1つです。さらにAPUは、国連世界観光機関の関連組織が実施する観光学教育機関向けの制度「TedQual」においても、認証を取得しました。こうした評価は、いわばレストランがミシュランの三ツ星を獲得するようなものです。世界には約2万もの大学があるといわれている中、海外の学生が留学先を決める際には、これらの指標は非常に有効になると考えます。今後は外部機関からの評価を維持しながら、大学としての価値をさらに高めていくつもりです。

国際認証AACSB取得

マネジメント教育の国際的な認証評価機関であるAACSB Internationalによる、世界でも最高水準の教育機関としての認証を取得。世界のビジネススクールの5%のみが認証を受けており、APUは日本では3校目の認証校となる。

国際認証TedQual取得

国連世界観光機関(UNWTO)による観光学教育機関向けの認証制度。世界71の大学が認証を受け、APUは日本国内で2校目の取得、私立大学では国内初。

企業と大学は密に連携を

一方、企業の方々が学生を採用するにあたっては、大学時代の成績を今以上に評価すべきだと感じます。大学で優れた成績を収めた学生は、企業に入ってからも引き続き高いパフォーマンスを示す可能性が高いのです。実際、大手人材系の人事部長は「面接では人物を評価できない」と言っていますし、多くの海外企業は、大学の成績を採用基準として重視しています。大学は個性を伸ばす質の高い教育を実践し、企業は成績を適正に評価する。今後、企業と大学が一層密に連携していくことで、さらなる好循環が生まれるものと確信しています。

立命館アジア太平洋大学(APU:Ritsumeikan Asia Pacific University)

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学校法人立命館(京都府)が2000年に大分県別府市に開設した私立大学。「自由・平和・ヒューマニティ」「国際相互理解」「アジア太平洋の未来創造」を基本理念とし、開学当初から広く海外から留学生を募り、学生の半分が約90カ国・地域の留学生という多文化・多言語の環境を作り上げている。開学以来の入学者出身国・地域は152(2018年現在)にのぼり、まさにグローバル化を体現している大学である。
スーパーグローバル大学創成支援事業における取り組みのひとつとして掲げた「大学マネジメント層の公募」に基づき、2017年度に国内の総合大学では類を見ない「学長候補者推薦制度」を新たに創設。その制度で初めて学長に就任したのが出口治明氏である。

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