慶應義塾大学文学部 教授

井上 逸兵 氏

グローバル社会で活躍する人材を数多く育成していくには、英語力の全体的な底上げが欠かせません。そのためにも、英語学習初・中級者たちの4技能を高めていくことが重要になってきます。本特集では、大学や企業において英語教育を手掛けられている御三方に話を伺いながら、英語学習初・中級者の4技能を向上していくためのポイントや、具体的な育成法などを探求していきます。

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2019年7月号

英語を身に付ける目的を明確にして成功体験を積み重ね意欲を高める

英語学や社会言語学を専門とする慶應義塾大学文学部教授の井上逸兵氏は、大学で教鞭を執る一方、楽しみながら初級者でも英語に触れやすいテレビ番組『おもてなしの基礎英語』(NHK Eテレ)の講師としても活躍されています。

英語の初・中級者を育成する際、何から始めればいいのか、また学習者のモチベーションを高めながら進めていくにはどのような方法が効果的なのか、井上氏に話を伺いました。

大学や企業が一押しすれば、一気に英語力が伸びる可能性がある

日本人は英語に苦手意識を抱いている人が多いと言われています。その原因として、高等学校までの英語教育の在り方を批判する人がいますが、私たちが中学・高等学校で学んできた英語は、決してムダではないと私は考えています。
多くの人が英語を十全に使いこなせることができず、初・中級者レベルにとどまっているのは、英語教育の内容に問題があるのではなく、時間数が足りないことに起因しています。

従来の中学・高等学校の英語教育は、文法に重きを置いていました。本来は一定のレベルまで文法を習得したら、次はそのスキルを活用しながら、コミュニケーション能力の向上を図ることに力を注ぐべきですが、授業時数が足りず時間切れで終わっていました。そのため「中学・高等学校で6年間英語を勉強しても、全然話せるようにならない」といった批判がなされてきたのです。
この反省から、現在の中学・高等学校での英語教育は、「聞く」「読む」「話す」「書く」の4技能をバランスよく身に付けることを目的としたものへと変わりつつあります。確かに今の若い人たちを見ると、話す力や聞く力は、先行世代と比べてかなり伸びていると思う反面、読む力や書く力は落ちているのではないかと感じることがあります。やはり授業時数が足りないために、「話す」「聞く」に多くの時間を割いたぶん、「読む」「書く」が手薄になっているのだと思います。

逆に言えば、多くの人が初・中級者レベルであるのは、英語を勉強する時間数が足りないだけで、中学・高等学校までの授業をある程度真面目に受けた方であれば、既に英語のベースはできていると言えます。このような方に対しては、大学や企業があと一押しすれば英語力が一気に伸びる可能性があります。
中には、中学・高等学校の早い段階で英語に強い苦手意識を抱き、あまり勉強しなかったためベースができていない方もいます。このような方には「自分も再び英語を勉強してみたい」「自分でもできそうだ」と思ってもらえる場面や環境を、いかに提供できるかがカギとなります。

英語を身に付ける目的が異なれば、勉強する内容やゴールも変わる

では初・中級者に対して、具体的にどのような英語教育が必要なのでしょうか。特に社会人向けの英語教育で重要になるのは、「何のために英語を身に付けるのか」という目的を明確にすることです。目的が異なれば、当然学ぶべき英語の内容や、設定するゴールも変わってきます。
分かりやすい例に、キャビンアテンダント(以下、CA)の英語教育があります。CAの場合、機内で英語が必要になる場面はある程度限定されています。それらの場面で求められる英語力を身に付ければ、業務に支障をきたすことはあまりありません。必ずしも総合的に高いレベルで習得する必要はないのです。
この点はほかの職業も同様です。「それぞれの業種や職種、部署では、どんな場面でどのような英語を使うことが多いのか、求められる英語力はどの程度か」などを明確にした上で、現場に即した習得内容や到達目標を設定します。これにより身に付ける英語がより仕事に直結したものとなり、学習者の意欲を喚起することにもつながります。

また、実際に初・中級者に対して研修などを実施していく際、講師が教壇に立ち、一方的に知識を伝授するといった方法は、既に限界が来ていると感じています。今の時代は、インターネットやSNSの普及によって、双方向でやりとりしながら情報を得ていくというスタイルが一般的です。現代人にとって一方通行の講義は、苦痛以外の何者でもありません。最近、中学・高等学校では、アクティブラーニングといって、授業の中にグループワークやペアワーク、ディスカッションなどが取り入れられるようになりましたが、これも時代の変化に対応したものと言えるでしょう。

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「言葉が通じた」という喜びが、初・中級者の意欲を高める

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英語に苦手意識を抱いている初・中級者に対しては、勉強に向き合う心理的なハードルを下げることが大切です。
例えば、「聞き流すだけで英語ができるようになる」というキャッチフレーズをよく耳にしますが、現実的にはそれだけで英語ができるようにはなりません。しかし「とりあえず聞くところから始めてもいい」というメッセージは、初・中級者に英語習得の入り口を提供する上において有効です。入りやすいところから入ってもらい、次第に難度を上げていけばいいのです。

日常生活や仕事の場面でよく使うフレーズを覚えることから始めるといった方法も効果的です。イタリアやイギリスでもプレーした元サッカー選手の中田英寿さんは、英語やイタリア語が堪能であることで知られていますが、まず現地での生活やサッカーの試合中に必要となるフレーズを習得し、その上で文法の勉強を本格的に開始したと言われています。
簡単なフレーズを覚えることで、現地の人とのコミュニケーションが可能になります。「自分の言葉が伝わった」というのは、初・中級者にとって大きな喜びであり、こうした成功体験が英語と向き合う姿勢を前向きなものにさせます。
その点、私が有効であると考えているのがオンライン英会話です。オンライン英会話は、完全な1対1の個別での会話ですから、学習者のレベルに合わせたやりとりの中で、「自分の英語が相手に伝わった」という成功体験を積み重ねることができます。双方向性が求められる時代のニーズにも合致しています。

ただし、こうして初・中級者が英語の習得に意欲的に取り組み始めたとしても、習熟の過程でスランプの時期が訪れることがあるものです。その際に重要な役割を担うのが日本人の指導者です。英語を母国語としない日本人の場合、皆さん英語習得に苦労した経験をお持ちです。自身がつまずき、それを克服した経験があるからこそ、学習者に有用なアドバイスを送ることができます。
もちろん、豊富な英語表現や発音など、ネイティブなどの指導者のほうが得意であることは事実です。しかし状況によっては、ネイティブだからいいとは限らないことがあることも、念頭においていたほうがいいでしょう。

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