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市場のグローバル化が進む昨今、英語でコミュニケーションを取れることは、ビジネスの場で大きな武器になります。一方で英語に苦手意識を持つ人は、ストレスを感じることが増えているかもしれません。そんななか、「完璧な英語を目指す必要はない」という考え方が浸透し始めています。ヨーロッパ生まれの新しい英語の考え方、ELF(共通語としての英語)を提唱する社会言語学者の瀧野みゆきさんに、ELFの考え方に基づいて、ビジネスの場でノンネイティブが目指すべき「使える英語」の具体的内容と、そのための英語学習のポイントについてうかがいました。
英語が苦手だった私がたどり着いた
「ELF」という考え方
実は私自身、学校で習う英語があまり好きではありませんでした。暗記が多く、面白く感じられなかったからです。海外には興味があったものの、目の前の勉強が将来とどうつながるのかがわかりませんでした。
英語が得意だとは思えないまま社会人になり、中国・北京にあるアメリカ系企業で働くことになりました。社員のほとんどが英語ネイティブではなく、トップはドイツ人、上司は香港人、同僚はシンガポール人という環境で、最初は英語が使えず苦労しましたが、半年ほど試行錯誤をしているうちに、なんとか英語で仕事を進められるようになっていきました。
その後、アメリカに留学し、イギリスにも長く住むなかで、自分にとっての英語の役割が、ネイティブの英語とは根本的に違うことを強く実感しました。こうした経験をもとに、「ノンネイティブにとって最適の英語とは何か」を研究しようとイギリスの大学の博士課程への進学を準備している頃に出会ったのが「ELF(エルフ)」という社会言語学の考え方です。
ELFとは、“English as a Lingua Franca(共通語としての英語)”の略語で、異なる言語背景を持つ人々が意思疎通を図るために使う英語を指します。英語は歴史の流れのなかで、世界で最も力を持ったイギリスとアメリカの言語だったので、世界に広がり、様々な母語を持つ人たちに使われるようになりました。でも、小さいときから生活のほとんどを英語だけで行うネイティブと、普段は別の言語を使っているノンネイティブが、同じように英語を使うはずがありません。ノンネイティブはたいてい、特定の目的があるときだけ英語を使うのであり、英語に対する「経験値」がネイティブとはまったく違います。こうした世界中の様々な英語力を持つ人たちが実際に英語でコミュニケーションをしている現場を研究して生まれてきた考え方がELFです。
ELFには5つの特徴があります。①明確な目的があることが多い ②多様な英語が使われる ③文化や国の違いが反映される ④状況によって変化する ⑤人々の英語環境が平等ではない、という点です。これまでの英語の基準はイギリスとアメリカにあり、正しさや流暢さが重視されてきました。しかし多様な背景や言語力を持つ人々と使う英語は、「誰にでもわかりやすく」「誤解を生まず」「信頼関係を築ける」ことのほうが重要です。それが、ELFが目指す英語のあり方です。
正しさより“伝わる”を大切に。
英語との距離が縮まるELF

英語が世界の共通語として使われるとき、多様な人々が、多様な英語を使って、様々な目的のコミュニケーションを世界中で行っています。英語の多様さを認めるELFは、多くの日本人の背中を押してくれる考え方です。ELFは、ノンネイティブの英語も「一人前の英語」だし、「できないことがあってもあたり前」と考えます。そのため、「正確な文法でなければならない」「ネイティブのように話さなければならない」といった呪縛から私たちを解放してくれます。英語を伝えるためのツールとするなら、完璧さよりもまず伝わることが大切なのです。
ELFを効果的に身につけるには、5つの“作戦”があります。①自分の目的を具体的に考える ②必要な順に学ぶ ③実際に使いながら学ぶ ④母語(日本語)の力も活かす ⑤相手の立場を考える、というものです。限られた学習時間で英語を使えるようになるには、目的に合わせて優先順位をつけて習得するアプローチが実践的で効果的だからです。
もちろん、ネイティブの英語を目指したり、英語の専門家になりたい人もいたり、ELFとは違う選択肢もあります。ただ、仕事や生活と両立しながら英語を使いたいビジネスパーソンは、自分が英語をどう使いたいのかを見極め、自分に合った方法を選ぶのが現実的です。
ビジネス英語の“壁”を
越えるための5つの段階
日本で育ち、英語を学んできた人がビジネスの場で英語を使い始めると、多くの人が「思い通りにいかない」「最初の壁は高い」と感じます。この最初にぶつかる壁を乗り越えるには、瞬時に理解する力が求められるリスニングが要で、ある程度の時間をかけて英語の音に慣れ、要点を聴き取る訓練が必要です。それに並行して重要なのが、「英語として聴き取りやすい発音」と「自分の仕事に必要な専門用語」の習得です。試行錯誤をしながら、これらの英語をある程度身につける頃には、ゲームの“パワー0”の状態から、ひとり立ちできるレベルまでステップアップしています。
ビジネスで英語を使うスキルは、大きく5つに分けられます。まずは「ネットワーキング」。初対面の相手と自己紹介をしたり、雑談をしたりして、人間関係を作るスキルです。どちらも、日本語なら自然にできても、英語では戸惑う人が多いので、自信を持って話せるように練習し、雑談の話題もいくつか考えておくと、スムーズに会話が進みます。
2つ目は「自分の考えを伝える力」です。まずは、自分の会社紹介や担当しているプロジェクトや商品を、わかりやすく、説得力をもって話せるように練習します。英語でこれらについて話すために、短いプレゼンテーションに見立て要点を整理して、順序立てて構成を考え、練習しておき、実際の会話では臨機応変に話すと効果的です。
3つ目は「ミーティング」です。ほかの参加者の意見を聴きながら、自分の意見を発言するには、議題に沿った語彙や表現を確認しておくなどの事前準備が欠かせません。また、相手が早口で話しても、そのペースに巻き込まれないように注意します。会議中の不明点は自分から確認し、後から議事録で再確認するなど、聴き違いを避け、互いの理解を深める努力も大切です。
4つ目は「ネゴシエーション(交渉)」です。利害の調整を伴うやり取りで、相手の意図を理解しながら、自分の意見を適切に伝える、やや高度なスキルです。英語交渉術には、多くのノウハウがあるので、必要に合わせて研究してみてください。
5つ目は「わかりやすく書く力」です。英語メールやレポートなどを効果的に書くには、日本語と違う、シンプルで要点をはっきり書く英語のビジネス文書のルールの理解が重要です。特に英語のビジネスメールは、日本語とは異なり、まず冒頭に要件を伝えるのが一般的です。慣れないうちは違和感がありますが、「英語のメールの型」として、用件、背景説明、詳細説明の順に要点を絞って書く練習をすると、伝わりやすいメールを書けるようになります。
ビジネスで英語を必要とする組織がビジネス英語の壁を越えるために取り組む際のアプローチは様々です。まず、現時点でまだ英語を使う機会が少ない企業では、「英語が社内で身近にある環境」をつくることが出発点になります。たとえば職場で英語を使う機会を設けたり、留学生のインターンなど、実際に英語を話す人材を迎えたりする事例があります。英語を使う姿が身近にあると、英語を“他人事”ではなく“自分事”として意識できるようになります。
さらに英語によって昇進や仕事の選択肢が広がるなど、キャリアに確実にプラスになるような評価制度を整え、周知するのも重要です。英語が将来の可能性を切り拓く力になると社員が実感できれば、自ずと学ぶ意欲も高まっていきます。
相手との違いを知って
英語が伝わる工夫をしよう
言語学では、世界の国々の英語との関わり方を大きく3種類に分けています。1つ目は、アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダのように英語が日常的に使われる国。2つ目は、インドやシンガポールのようにその国の言葉と英語が併用されている国。そして3つ目が、日本やドイツ、フランスのように国内では英語があまり使われていない国です。
こうした英語との関わり方の違いによって、英語力を養う経験が大きく違うのはもちろん、地域ごとに英語の発音やアクセントにも差があり、文化によってコミュニケーションの取り方も異なります。慣れない地域の英語の話し方や“なまり”を理解しづらいのは当然なので、相手の英語に慣れ、文化を知ることが必要です。たとえばインド人と英語で仕事をするときには、あらかじめインド発の英語ニュースを聴いてインド特有の英語のアクセントに耳を慣らし、インド事情を知っておくのは効果的です。聴き慣れない英語に困ったら、「あなたの英語に慣れていないので、少しゆっくり話してもらえますか」と率直に伝えるのもひとつの方法です。英語を使い慣れている人の多くが、そう伝えればよりわかりやすく話そうと工夫してくれるものです。
一方で、私たち自身も注意が必要です。過度に日本語に引きずられた発音の英語では、相手が聴き取りにくいので、伝わりやすい発音を目指して、英語らしいリズムや発音を意識して練習するといいでしょう。
自分に合った英語で
伝える力を育てよう
今は英語を学ぶ手段が無限にある時代です。だからこそ、英語ができるようになるかどうかは、モチベーションをいかに維持できるかにかかっています。まずは1日15分でもいいので毎日継続できるよう、楽しめる英語の学び方を探してみてください。
リスニングなどでは、自分の仕事や趣味に関連した内容の英語を練習素材に選ぶと、学びが楽しくなります。あるいは、自分が得意なスキルに集中して英語を学び、やがて、ほかのスキルの学習に広げるのもおすすめです。私は大学の授業では、英語動画を英語のインプットによく使いますが、動画は音と映像があって情報が豊かなので理解しやすく、しかも速度調整や字幕表示もできるので、手軽なリスニング練習におすすめです。
伝わりやすい発音を身につけるには、「聴き音読」が始めやすいでしょう。英語のテキストを音声を聴きながら声に出して読み、そっくり真似できるまで繰り返すので、発音はもちろん、リスニング力も同時に鍛えることができます。このとき、短くて自分が気に入った英語を選ぶのが秘訣で、特におすすめなのは英語の「名言」や「スピーチ」です。内容が豊かな上に、声には感情や自信がこもっているので、ビジネス英語に必要な説得力のある話し方を養うこともできます。
一方で、英語力は人によって多様で、なかなか客観的に評価するのが難しいものです。そのため、TOEIC Programなどの英語試験を通じて実力を可視化し、第三者にも伝わる基準として活用することも有効です。特に、就職・転職、昇進や海外に係る仕事への挑戦、あるいは留学などの社会生活の節目で、自分の英語力を証明するのに役立ちます。
最後に非常に重要なのが、生成AIの登場によって英語の学び方と使い方もどんどんと変わっていることを意識し、効果的に使いこなしながら英語と付き合うことです。生成AIは様々な用途に使えますが、英語を外国語として学ぶ人には画期的な支援ツールになります。莫大な英語情報を学習しているので、より良い語彙や表現を探し、間違いを修正するには瞬時に威力を発揮します。さらに、適切な情報を提供すれば、書き手の意図を汲み、読み手に伝わりやすい英語メールに推敲することも得意です。また、英文の要約や翻訳が瞬時にできるので、より多くの英語資料を読み、ビジネスに活かすことができます。つまり、ノンネイティブとして、ビジネスで英語を使う際の弱点を乗り越えるための相棒のような存在です。英語で作業をする時間を短縮し、より質の高い英語のアウトプットを可能にするからです。ただし、生成AIのアウトプットは間違いもあり、その質をチェックできる英語力も必要です。生成AIに依存しすぎて英語に触れなくなれば、英語力は退化してしまいます。生成AIを英語を怠けるための手段とせず、自分の英語力を磨く道具にする、そんな心構えが重要です。
英語は完璧でなければならないという意識から離れて、「自分に合った英語」を育てていくというELFの発想が、英語を多様な人と使う、これからの時代にますます重要になるでしょう。ぜひ、自分の仕事や生活の目的に合わせて英語を使う経験を積み、自分に必要な英語力を養って、世界中の人々とコミュニケーションをしてください。
社会言語学者(博士)
瀧野 みゆき さん
英国サウサンプトン大学にて応用言語学博士号を取得。外資企業で英語を使う業務に従事したのち、英国に16年滞在。現在、東京大学教養学部、慶應義塾大学ビジネス・スクールなどで社会や仕事で「使うための英語」を教える。
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