2026年3月号

    留学で得た新しい価値観が多様性にあふれる仲間たちとのものづくりに活かされています。

    10代の頃に憧れた宇宙。留学、人工衛星の開発、月探査への参画——。
    大きな夢に近づいている日達佳嗣さんに、あゆみをうかがいました。

    宇宙への情熱から海外へ
    得るものが多かった現地の暮らし

    中高の頃に通っていた学校には、映画を自由に観られるオーディオ学習室がありました。私は『アポロ13』のような宇宙開発をテーマにした作品に夢中になり、暇さえあれば入り浸っていましたね。特に、管制官と宇宙飛行士の会話がかっこよくて、英語字幕に切り替えて原語で理解することが楽しみでもありました。

    高校生の頃には、宇宙工学を学びたいという気持ちが固まっていました。映画や宇宙開発に惹かれたのは、皆で力を合わせて何かを成し遂げることに大きな魅力を感じていたからだと思います。映画は役者だけではなく、カメラや照明、脚本家や監督が、最高の仕事をして作品にします。宇宙開発は、人々が叡智を結集して挑む最高難度のミッション。そこに自分も加わりたかったんです。

    石川 佳織さん

     

    宇宙工学を学ぶなら海外で、と留学を決意。英語は得意でしたが、英語圏の大学の授業についていけるレベルではなかったため、留学のための英語に特化した教材で準備をしました。英語以外でいうと、実は、日本の学校の教育レベルは高く、しっかり学んでいれば、海外の大学の入学試験だけでなく、1年生あたりまではかなりのアドバンテージがあります。高校までの学習に助けられて、英語の勉強に集中できたことはありがたかったです。

    アメリカのテキサス州立大学アーリントン校へ入学しましたが、授業はハードでした。2年生から3年生への進級時に半分くらいがやめていきます。でもそこまで深刻にならなかったのは、宇宙工学の分野は特に留学生が多く、多様性に富んでいて、人と比べて落ち込むようなことがなかったからかもしれません。卒業制作では航空機システムの設計をしました。学生同士で役割分担するのですが、まさに私がやりたかった仲間と協力するものづくり。仕上がりはほめられるようなすごい出来ではありませんでしたが、本当に楽しかったです。やはりこの道を進みたいと思わせる経験でした。

    より苦労したのはカナダのトロント大学航空宇宙研究所に進んでからです。レベルが高く、勉強漬けの日々でした。加えてアーリントン校はのんびりした郊外にありますが、トロント大学があるのは大都市。ギャップに慣れるまでには、時間も努力も必要です。ただ振り返ると、アメリカとカナダという、英語圏でも違う文化を持つ国に留学できたことは貴重でした。同じ英語でも、国や地域によって異なる背景を持つことを体感できたからです。

    宇宙ベンチャー企業へ転職し、新しい仲間と共に宇宙を目指す

    カナダから帰国後、NECで約8年間、人工衛星の設計開発に携わり、その後、現在在籍しているispaceに転職しました。ちょうど宇宙開発事業に民間ベンチャーやIT企業が次々と参入し始めた頃で、第1次トランプ政権が、月への回帰を掲げて再び積極的な宇宙政策に乗り出した時期でした。「今、月に挑戦しないと後悔するんじゃないか」そんな気持ちで飛び込みました。やはり私の原点は『アポロ13』なんです(笑)。

    月着陸船の開発エンジニアとして採用されましたが、何もかもが手探り状態。優秀な人材はそろっているけれど、経験や慣れ親しんだやり方がそれぞれ違います。既存の企業が持っている共通のモノサシやモデルケースなどが、何もない状態でした。当然苦労はありましたが、それ自体が大きな刺激にもなりました。

    日達佳嗣さんのキャリア「これまで」と「これから」

    「アイデアは自由だ」と頭ではわかっていても、企業風土や固定した価値観があるほど「それはリスクが大きいだろう」「前例がない」と無意識のブレーキがかかるものです。新しいメンバーとゼロから考えることで、柔軟な発想がたくさん生まれる。誰もが宇宙に並々ならぬ情熱を持っていますから、譲れない部分はありつつも、「最高のものをつくりたい」という気持ちは同じです。

    ispaceの共通言語は英語です。最近は自分が話せない言語でもAIツールがあれば、ストレスなく会話でき、会議に参加することもできます。でも私は、自分の言葉で、目の前の人に合わせて話すことが重要だと思います。英語で言葉にする過程が、自分の思考をクリアにし、論理的に思いを伝えるトレーニングになっている気がします。そして、言語を学ぶことは、話せるようになることだけが目的ではなく、その言語を形づくる豊かな文化を知ることでもあります。様々なバックグラウンドを持つメンバーが集うispaceで働くなかで、やはり留学で得た経験は大きかったと、改めて思います。

    これまで私たちが設計開発した月着陸船は2回、月を目指しました。打ち上げ当日から着陸するまでの約4カ月半は、タスクに追われる日々であり、ときに大きな重圧を感じる日々です。

    月着陸船からは画像が送られてきます。自分たちがつくった月着陸船に搭載されたカメラが写す地球は、これまでの歴史のなかで撮影されてきたどの地球の写真よりも美しく、その喜びは何にも代えがたいものです。2度の月面着陸への挑戦は成功には至りませんでしたが、その過程には多くの成功がありました。仲間と共に成功体験は分かち合いつつ、失敗を冷静に分析し、再び月を目指します。

    ispace EVP/エンジニアリング室
    日達 佳嗣 さん

    高校卒業後、アメリカおよびカナダにて宇宙工学を学ぶ。NEC勤務を経て2019年に日本発の宇宙ベンチャー企業ispaceへ転職。月着陸船の設計開発に従事する。現在、新たな月探査ミッションの開発統括を担う。

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