「100年に一人の逸材」のキャッチフレーズの通り、リングで華やかな光を放ち続けてきた元プロレスラーの棚橋弘至さん。
出会いや経験をより豊かにするために英語は心強い味方だったと振り返ります。
コミュニケーションを深めるのは 「知りたい好奇心」と「伝えたい熱意」
高校時代は3年生の夏まで野球の練習に明け暮れていたので、いざ「半年後に大学受験だ」となったとき、科目を絞って勉強する必要がありました。英語は比較的得意だったので、集中して勉強しましたね。役に立ったのは自分の声で録音した英単語リスト。通学時にひたすら聞いていました。これで身につけた語彙力を足がかりに、最終的に英語の偏差値を70くらいまで上げて、英語と国語の2科目受験で立命館大学法学部に合格しました。そして大学のプロレス同好会に入ったことが、人生の方向性を決めるのに大きく影響しました。
実はプロレスラーは英語に触れる機会が多いんです。プロレスの本場はアメリカで、来日したレスラーと日本各地を巡業しますし、海外遠征時に現地でしばらく生活することもあります。「トイレはどこ?」「明日は何時出発だっけ?」という最低限の会話はできるとしても、いつももっと話を広げられたらいいなと思っていました。
英語を学ぶ上で大きな転機になったのは、若手だった23〜24歳のときの出来事。アメリカの伝説的プロレスラー、スコット・ホールさんが来日し、数カ月一緒に巡業しました。とても目をかけてくださって、毎晩「タナハシ、飯に行くぞ!」って誘ってくださるんです。「今日は洗濯当番なんだけどなぁ……」と思いつつ、大スターのスコット・ホールさんですから、宿泊先を抜け出しては、肩を並べて居酒屋に向かっていました。
大学受験で培った英単語や熟語の語彙力と文法を駆使しての会話は楽しかったですね。「相手のことをもっと知りたい」という好奇心があれば、言っていることはわかるもの。また「相手に思いを伝えたい」という熱意があれば理解してもらえます。コミュニケーションの本質を知る体験でした。
あるとき彼にこう言われたんです。“You are the future.”。「君が次世代のヒーローだ」──。何者でもない僕にとって、宝物のような言葉でした。長い現役生活の中で何度も何度も励まされました。あと、食事をご馳走になるたび「いつかお前が若手に奢ってやれ」とも言われていました。かっこいいですよね。もちろん、今は僕が後輩に奢る側になっています(笑)。
満員の東京ドームでリングに立つ その姿を後輩に見せたかった

僕は海外での武者修行経験もなく、頻繁に海外遠征に行くようになったのはキャリアを積んでからです。それもあって海外に行く機会を大切にしていました。移動中の飛行機では必ず英会話の本を読みます。そして現地に到着した途端に覚えた会話をどんどん使う。座学で学んだことは、毎日の生活の中で繰り返し口にすることで、初めて自分のものになるからです。
そのうち自分らしい鉄板フレーズができるんですよ。僕の場合、“How are you?”から始まる定番のあいさつには、“I'm fine. I've never been tired.”って。「私は疲れたことがない!」と言うと相手は笑うでしょ。さらに、“What should I call you?”と聞くと、相手はニックネームを教えてくれて親しさが増します。
コミュニケーションで心がけているのは「出会い」に照れないこと。上辺の会話で終わらせず、その人を知るための質問をするようにしています。そして、わからなければわかるまで粘る。質問を繰り返す中でこちらの本気度が伝われば、相手だって真剣に向き合ってくれるものです。
英語を話すのに慣れてきたこともあり、30代でケガをしてスランプになったとき滞在先に選んだのは、アメリカのフロリダ州オーランドでした。日本人が誰もいない環境で、トレーニングをして、買い物をして、リフレッシュして。そこでも覚えたフレーズを積極的に口にしていました。英語は回数をこなした分だけ身につくと実感しましたね。筋トレと同じです。そのときは、会社から「試合をするから戻ってこい」と言われるまで、現地での生活を楽しみました。

約4万7,000人のファンに見守られながら26年間の選手生活に区切りをつけた。
現役生活は26年間。今年1月に東京ドーム満員のお客様に見守られて引退試合をしました。最後に10カウントのゴングが鳴るんです。歓声がどんどん大きくなり「もうやめて。泣いちゃうからやめてよ」って思いながら、結局涙が止まりませんでしたね。チケット完売の札止めはアントニオ猪木さんの引退試合以来で、若手にこの光景を見せることが僕の最大の仕事だと思っていました。「次は俺だ」と奮起してもらうことでバトンを手渡したかったんです。
引退前から新日本プロレスの社長を兼任し、今は専業社長です。「新日」の国際化は大きな課題のひとつ。例えば団体の動画配信チャンネルの視聴者は現在約4割が海外の方です。これをもっと広げていきたい。海外の若手を日本で育成することも始めていますし、海外遠征もしていきたいと夢が広がります。
有望な新人には“You are the future.”とエールを送っています。ここまで僕を励ましてくれた言葉を、今度は僕が伝える番です。言葉も思いも次世代に。きっとつながっていくと信じています。
新日本プロレスリング株式会社 代表取締役社長
棚橋 弘至 さん
1976年生まれ。新日本プロレスに入門し、団体の頂点であるIWGPヘビー級王座の最多戴冠記録を持つ。明るいキャラクターで多くのファンを持ち、映画・テレビ等でも活躍。書籍『新日本プロレス英語入門(新日本プロレス公式ブック)』(アルク)にも登場し、英語の魅力を大いに語っている。
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