公益財団法人 ラグビーワールドカップ2019 組織委員会 事務総長特別補佐

徳増 浩司 氏

国際基督教大学を卒業後、新聞記者を経て、イギリス・ウェールズのカーディフ教育大学(現:カーディフ・メトロポリタン大学)でラグビーのコーチングを学ぶ。帰国後、茗渓学園高校で英語を教える傍らラグビー部を率い、1989年に全国優勝。1995年から日本ラグビーフットボール協会に勤務し、2003年からラグビーワールドカップの招致活動にあたる。2015年から3年間、アジアラグビー会長を務める。

国際スポーツ大会の開催は、世界のトッププレーヤーの競技を目の当たりにできる機会だけではなく、スポーツの振興や国際親善に大きく寄与するといわれています。特に2019年のラグビーワールドカップ、そして2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会が控えている今、国際的なスポーツ大会への関心は日に日に高まっています。
このような大会が日本で開催されることにより、外国人の来日も多く見込まれる一方で、それに対応する環境や人材づくりも必要となってきます。
今号では、「国際的スポーツイベントと英語」というテーマのもと、大会の事務局や開催地の取り組み、そして「通訳ボランティアとグローバル人材育成」についての有識者インタビューをご紹介いたします。

  • 国際交流
  • ボランティア
2018年11月号

「ラグビーのグローバル化」とラグビーワールドカップが日本にもたらす利点

2019年、アジアで初めてのラグビーワールドカップが日本で開催されることとなりました。英連邦諸国の影響力の強いラグビーコミュニティにおいて、日本への招致の過程ではさまざまな苦労があったといいます。
ラグビーワールドカップ開催までの道のりや、招致活動で感じたことなどを、ラグビーワールドカップ2019組織委員会の徳増浩司氏に伺いました。

ラグビーワールドカップ招致活動で痛感したグローバルコミュニケーション

ラグビーの世界では、伝統国である英連邦諸国の力が圧倒的に強いといわれています。1987年に始まったラグビーワールドカップも、これまではラグビー伝統国でしか開催されてきませんでした。
このような環境の中で、日本は、2003年からアジアでの初めてのラグビーワールドカップの開催地となるべく、招致活動を行ってきました。しかし、初めての招致活動は「氷漬けのドアを開ける」ようなもので、なかなかハードルが高いものでした。

ラグビーワールドカップの開催地は、立候補制となっており、最終的には理事国の投票で決定します。2011年の開催国に立候補していたのは南アフリカ、ニュージーランド、そして日本でした。私たちが各国の代表理事にアプローチするために、名刺交換をし、自分の身分を名乗ってから話を始めるのに対し、ニュージーランドや南アフリカの人たちは、普段からお互いにファーストネームを使い、フランクなコミュニケーションを取っていたことが印象的でした。特にニュージーランドは、代表チームとして人気の高いオールブラックスの遠征試合をほのめかし、相手にとってのメリットを積極的にアピールしていました。ある時、個人的につながりが深かったウェールズの理事と夕食をしながら話をしていたところ、「ウェールズと試合をして100対0で負ける日本にラグビーワールドカップが行くわけがないよ」と言われ、そこで初めて自分たちがどう見られていたのかを知りました。伝統国にネットワークのない日本が国際的なスポーツイベントを招致することの厳しさを痛感させられました。最終的に2011年の開催は、ニュージーランドに決定しました。

しかし、この1回目の招致の失敗は、グローバルなコミュニケーションがいかに大切かということを教えられたいい経験でもありました。当時の国際ラグビー評議会(IRB)会長だったマイク・ミラー氏は、“Cultivate”(耕やす)、つまり用事があるときだけコミュニケーションするのではなく、用事がなくても定期的にコミュニケーションを取って日頃から関係性を構築することの大切さを強調してくれました。名刺交換のような形式にはまったコミュニケーションスタイルだけではなく、フランクに個と個の関係づくりをすることがキーであることをこの時に学びました。

ラグビーのグローバル化が日本開催への後押しに

2007年に始まった次のラグビーワールドカップ開催国の選定は、最終的に2015年と2019年の開催国を同時に決めるという流れになりました。実はラグビーをオリンピックの正式競技にするという動きの中で、国際オリンピック委員会(IOC)から「過去のラグビーワールドカップ開催国を見ると、ラグビーは決して国際的なスポーツとは言い難い」という指摘を受けていました。そこで、2015年にイングランドで開催し、2019年はこれまでラグビーワールドカップを開催したことがなかったアジア地域である日本で開催、というアイディアが出てきました。これは私たちにとって絶好のチャンスでもあり、「ラグビーをグローバルに」をスローガンにして招致活動を続けました。

しかし、そのような流れがあっても一筋縄ではいかないのがラグビーコミュニティです。この時のライバルは南アフリカとイタリアでした。投票前夜まで、立候補国の理事たちが、宿泊しているホテルのラウンジで投票の働きかけを行っていました。私たちがロビー活動を終え、床についたのは午前3時でした。ところが、驚いたのは翌日の朝食の場でも同じ光景がまだ続いており、南アフリカとイタリアの理事がアピールを続けていたのです。招致活動とはこれほどまでに厳しいものでした。

最後の投票では16対10で日本が勝ち、2019年の開催地は日本に決定しました。すると、アジア各国のラグビー関係者からひっきりなしに電話やメールで祝辞が届き、携帯電話のバッテリーが早々に切れてしまう始末。「ラグビーをグローバルに」という気持ちは、アジア各国のラグビー関係者にとっても念願だったことを改めて心に刻んだ出来事でした。
ラグビーワールドカップ開催決定の直後に、ニュージーランドの理事から印象的なことを言われました。「南アフリカより日本で開催した方が、ラグビー界全体の将来のためになると考えたから、日本に投票したよ。これから南アフリカに飛行機で向かい、謝りに行く」と。実はニュージーランドと南アフリカは同盟を結ぶ関係だったからです。そのつながりよりも日本開催によるラグビーのグローバル化を優先的に考えてくれたことが嬉しかったです。ラグビーワールドカップ開催地決定の3カ月後には、日本開催が後押しになり、IOCの総会で7人制ラグビーがオリンピックの正式競技に決まりました。

ラグビーワールドカップで生まれる国際交流と新たなコミュニティ

ラグビーワールドカップ2019では、日本国内12の開催都市と、北海道から沖縄までのキャンプ地あわせて全国59の自治体が参加します。つまり海外から選手や観客が日本全国に訪れるのです。海外のラグビーファンは熱狂的な人が多く、ラグビーワールドカップ開催にあたっては長期滞在をする人が多いといわれています。彼らは滞在期間中、観光と試合観戦を繰り返すのです。これは日本人にとって、国際交流の機会を広げるまたとないチャンスと言っていいでしょう。それぞれの自治体が工夫をし、自分たちをアピールできれば、今後の外国人観光客誘致等にもきっとつながってくるでしょう。
また、ラグビーワールドカップを開催することにより、新たなコミュニティも今後生まれてくることでしょう。大切なのは、そのコミュニティをラグビーワールドカップ開催後にどう残していくのか。これは、私たち組織委員会や開催自治体の課題でもあると感じています。

ラグビーワールドカップに何らかの方法で携わってほしい

先日、ラグビーワールドカップの公式ボランティア募集を締め切りましたが、ありがたいことにたくさんの方が応募してくださいました。担当者によると、応募してくださった方々のうち、ラグビーに関係している方は17%。つまり、大多数の方が、ラグビーとは関係なく、ボランティアに興味を持っていることになります。

ボランティアとは、人の役に立つ喜びが主であると思われがちですが、その場に身を置き、一緒にその時間を共有し、楽しむことに価値があると思います。その意味では、この大会にボランティアとして参加することはまさに「一生に一度」の経験でしょう。
今後、多くの方々にラグビーワールドカップ2019に携わっていただきたいと考えています。大会の観戦やボランティア活動、そしてラグビーワールドカップから生まれる国際交流など、方法はたくさんあるでしょう。そしてラグビーワールドカップ2019で得た経験を、2020年のオリンピック・パラリンピックをはじめとする国際スポーツ大会や、その先へぜひ活かしていっていただければと思います。

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