文法力や語彙力といった英語力は身についているのに、英語を話すことができない、英語でのコミュニケーションが苦手――という方は多いのではないでしょうか。今回の特集では、英語でのコミュニケーションをスムーズに行うためには、どのような能力が必要なのか、また、どんな学習法が有効なのかについて、外資系企業での勤務などを経て、現在、英語でのコミュニケーション能力を研究している東洋大学経営学部教授の藤尾美佐氏と、これまで数々の世界のトップリーダーたちの通訳を行い、現在では英語コーチングも実施している田中慶子氏に話を伺いました。

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2023年7月号

英語での方略的能力を身につけコミュニケーション上手になる

東洋大学 経営学部 教授
現代社会総合研究所 所長

藤尾 美佐氏

円滑なコミュニケーションに必要な方略的能力

私が以前、外資系の企業に勤務していたとき、日本人のビジネスパーソンが英語のネイティブスピーカーとやり取りする姿を、数多く見てきました。彼らの中には、文法力や語彙力といった英語力はそれほど高くないのに、コミュニケーション能力は非常に優れていて、相手と信頼関係を築いている人がおり、感心させられました。

img_ft_149_01_01 藤尾美佐氏

一方で、英語力は高いのに、会話となるとうまく話すことができないという日本人もたくさん見てきました。「この差は、どこから生まれるのだろう。言語能力とコミュニケーション能力には差があるのではないか?」と、考え始めたことが、英語の方略的能力を研究するきっかけになりました。

方略的能力とは、「言いたいことがうまく言えない場合や、円滑なコミュニケーションを進めたいというときに、言語能力やほかの能力を使いこなす力」と定義されています。私はこれをさらに広く捉え、「自分の知識はもちろん、相手の知識や背景を活かしながらコミュニケーションする能力」であると考えています。

この方略的能力を具現化するのがコミュニケーション方略で、コミュニケーションの状況や段階に応じて、次のような3つのタイプに私は分類しています。それぞれのタイプの方略的能力を身につけていくことが、英語でのコミュニケーションをスムーズに行っていくための第一歩になると考えています。

まず身につけてほしいタイプ1の方略

タイプ1は、話し手の立場であれば、「適切な単語が分からない」「話したいことを英語でうまく表現できない」といった問題が生じたときに対処する能力です。

例えば、ホチキスという言葉は、英語だと思っている人が意外に多いのですが、英語では“stapler”と言います。このホチキスを、うっかり英語の会話の中で使ってしまい、相手に“What's that?”と聞き返されたとします。このときに“stapler”という単語がすぐに思いつかなければ、対象となる言葉の上位語を出すという方法があります。例えば、“It is a tool.”と説明し、次に“That puts the papers together.”というようにつなげて、「紙と紙をとめる道具です」と説明できるのです。

また、ある動物の名前の英語が思い浮かばないというときには、“It is a kind of animal.”と、この場合も上位語を使って言い換えることができます。

一方、聞き手の立場の問題としては、相手の話していることが理解できないというケースが考えられます。そういうときは素直に“Could you repeat that?”や “Could you say that again?”などと言って、聞き返すことが必要です。

しかし、こうした質問ばかり繰り返していると、理解していないと思われがちなので、“Could you give me some examples?”と言って、相手に例を挙げてもらったり、“What exactly do you mean by ~?(~とは、どういう意味で使っていますか?)”と、理解できなかった点にしぼって質問をすることも1つの方法です。

タイプ2は、相手の知識や背景を活かしながら、話し手として情報をうまく伝えていく能力です。まず、相手の知識を確認してから、会話の土台づくりをすることがポイントになります。“Have you heard of ~?”、“Do you know ~?”と、自分が話したい事柄について尋ねたり、逆に、自分が持っている知識の限界を相手に伝えることからスタートするのも、コミュニケーションの土台づくりになります。

私が外資系の企業に勤めていたときに知り合ったあるビジネスパーソンは、この会話の土台づくりに長けていて、まず、「このことについてご存じですか?」という質問を投げかけ、相手の背景知識を前景化させ、さらに自分との共通点を見付けてうまく会話を進めていました。

一方、英語のネイティブスピーカーがよく使うのが、これから話す内容の枠組を提示する方略です。例えば、“From~'s point of view(~の観点からは)”、“In the case of ~(~の場合は)”と、前提条件を明確にしたり、“There are three reasons.(3つの理由があります)”と前置きしてから説明を始めたりすることで、聞き手の正確な理解を促すことができます。

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タイプ3は、聞き手の立場から、「あなたの話を理解していますよ」という意思を表示し、相手の気持ちに寄り添って会話を進めていく方略です。

日本人はよく「うん、うん」とあいづちをしますが、これを初めて見るネイティブスピーカーにとっては、あいづちが頻繁過ぎるという印象を受けることもあるようです。

自然なのは、“That's great.”、“That's interesting.”など自分の興味を示す方法で、“That's ~”に使う形容詞は、“exciting”や“awesome”など、様々なバリエーションが考えられます。

また、“must”や“may”などの推量を表す助動詞を使えば、“You must be very tired.(お疲れでしょうね)”などと、思いやりの気持ちや同意も示すこともできます。

さらに簡単な方法は、相手の発言を繰り返すことです。例えば、“I went to Kyoto this weekend.”と相手が言った場合、“Kyoto. That's a lovely place.”などと返せば、相手の話に興味を持っていることを表現できます。

英語学習の初心者にまず身につけてほしいのは、タイプ1の方略で、英語でのコミュニケーションには必要不可欠な力だといえます。次に習得すべきなのはタイプ3で、英語でのコミュニケーションに自信がなかったとしても、「私はあなたの話を理解していますよ」と、聞き手としての存在感を出していくといいでしょう。

基礎的な知識があれば英語でのコミュニケーションは可能

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英語でのコミュニケーションを円滑に進めるためには、方略的能力を身につけること以外に、様々な国の歴史や文化に関する知識を持っていることも重要です。もちろん、自分の国である日本についても、相手に説明できるよう知識を深めておくことが必要です。学生であれば、海外にも多くのファンがいる日本のゲームやマンガなどを話題にすれば、よりスムーズなコミュニケーションができるでしょう。いずれにしても重要なのは、会話の中で相手との共通点を見付けて、相手への関心を積極的に示していけるかどうかだと思います。

また、英語でのコミュニケーションがなかなかうまくならないと悩んでいる人の中には、「完璧な英語を話さないといけない」と思われている方が多いのではないでしょうか。

そもそも話し言葉と書き言葉は全く性質が異なります。書き言葉は、読み手が聞き返したりすることはできませんから、書き手はできるだけ正確な文法で、誤解を生まないように説明する必要があります。

一方、話し言葉は会話している人たちがその場で作り上げていくものですから、複雑な文章を作る必要はありません。基礎的なレベルの知識しかなくても、自分の英語力をあくまでもポジティブな価値として捉え、その力を是非活かしていってほしいと思います。

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