司会者、エッセイスト、チョコレート研究家

楠田枝里子さん

三重県伊勢市生まれ。東京理科大学理学部卒業後、日本テレビのアナウンサーを経て、独立。司会者として、またエッセイストとして、活動を続ける。主な司会番組は「なるほど!ザ・ワールド」(フジテレビ)、「世界まる見え!テレビ特捜部」(日本テレビ)、「FNS歌謡祭」(フジテレビ)など。著書は、『ナスカ砂の王国』(文藝春秋)、『ピナ・バウシュ中毒』(河出書房新社)、『チョコレートの奇跡』(中央公論新社)ほか多数。また長きにわたり、世界遺産「ナスカの地上絵」の研究と保護活動に尽力。カカオの科学的・文化的研究にも情熱を注ぎ、日本の高カカオチョコレート・ブームをリードした。

司会者、エッセイスト、ナスカの地上絵の保護活動など多彩に活躍する楠田枝里子さん。 強い関心を持っていた、ナスカの地上絵研究の第一人者に直接話を聞きたい、敬愛するコンテンポラリーダンスの振付家に自分の気持ちを伝えたい、という思いが、楠田さんの英語力を実践的なレベルへと引き上げたそうです。

    2019年11月号

    会いたい人がいる、伝えたいことがある。そのために英語を学ぶ。

    英語を本気で学ぶきっかけは「もっとこの人の話が聞きたい」

    テレビ局に数年勤務した後、退社し、司会者、そしてエッセイストとして活動を始めました。自分で自由にスケジュールを管理できるようになると、ここぞとばかり大好きな旅に出るようになりました。年10回くらい海外に出る生活を、10年以上も続け、猛烈に忙しかったですね。中学・高等学校での英語は読み書き中心でしたし、大学の専攻は応用化学でしたので、授業で学んだ英語もドイツ語もロシア語も、理系の論文や専門書を読むためのものでしかなく、当然実生活ではまるで役に立ちませんでした。それでも旅をする程度なら、何とかなっていたのですが、私が本気で使える英語を身に付けたいと思ったのは、南米ペルーのナスカに通い始めた頃です。

    ある時、海外の雑誌に「ナスカの地上絵」の特集が組まれていて、そこに生涯をかけて地上絵の研究と保護活動を続けている、マリア・ライへというドイツ人の女性研究者が紹介されていました。私は強い興味を抱き、地上絵関連の資料や本を読みあさりましたが、彼女についてはほとんど情報が集まりませんでした。これはもう行ってみるしかない。私は突き動かされるように、単身ペルーに渡りました。

    砂漠の果てでようやく会えたマリアさんの話は、聞けば聞くほど面白くて、改めてきちんと取材をしたくなりました。難しい考古学や天文学の話については、現地の言葉であるスペイン語の通訳を頼みましたが、私はできうる限り自分の言葉で直接マリアさんと話がしたい、と思いました。そこで自分に最適な勉強法として選んだのが、語学学校の個人レッスンでした。といってもテキストは使わず、私がマリアさんに聞きたいことを書き出して英文をつくり、普通の会話では使わない言葉や、適切な表現法を徹底的にチェックしてもらったのです。これはとても効果的な方法で、私はそれから数年にわたり、英文をつくって頭に入れてはナスカを訪れてインタビューを続け、ノンフィクション『ナスカ砂の王国』(文藝春秋)を上梓することができたのでした。

    自分自身の思いを英語で伝えることの難しさ

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    ピナ・バウシュのカンパニーのメンバーとも、家族のような交流が生まれた

    もう1つ、私の人生にとって重要だったのが、ピナ・バウシュとの出会いです。ピナ・バウシュは、世界的に有名なコンテンポラリーダンスのコレオグラファー(振付家)で、初めて彼女の舞台を見たのは1989年のこと。それは鮮烈で、怖いほどの美しさにあふれていて、私はたちまちその世界に飲み込まれてしまいました。この時から、ピナの公演のためなら世界中どこへでも飛んで行く、ピナ・バウシュ追っかけの旅が始まったのです。

    1993年5月、ピナ本人が1日だけ舞台に立つという貴重な機会があり、迷うことなくミュンヘンに飛びました。彼女の圧倒的なパフォーマンスに深く感動した私は、どうしても直接お礼が言いたくなって、終演後にバックステージを訪ねました。憧れのピナを前にしてやっと出た英語は、「すばらしかった、ありがとう」の二言だけ。でもピナはそれを温かく受け入れ、どこの誰かさえ知らない私を、なんとその晩のプライベートパーティに招いてくれたのです。それは信じられないような至福の時でした。

    ただ残念だったのは、その夜、彼女とほとんど話ができなかったことです。ピナ・バウシュは目の前にいるのに、あまりの感動と緊張で、言葉が出てこない。「あなたの作品はこんな風にすばらしい」と、今度会う時には必ず伝えたい、そう強く思いました。それで再び、英文をつくって個人レッスンに通ったのです。

    ナスカの時は謎や疑問が山ほどあって、そのための質問が正しくできればよかった。一方、今回は、自分自身の感情や思いを言葉で表現して、相手に分かってもらいたいわけです。同じ英語を話すということでも、学ぶべき領域が全然違いました。
    例えば、“すばらしい”という言葉1つとっても、英語には幾通りもの表現方法がありますよね。こういうシチュエーションで、こういう意味合いを伝えたいなら、この“すばらしい”を選ぶ。そうした言葉の微妙なニュアンスを学ぶことが、本当に使える語学を身に付ける上ではとても大切だと思います。

    その後、ピナとはたくさんの時間をともに過ごし、カンパニーのメンバーともとても親しくなりました。彼女の周りには世界中からダンサーたちが集まっていたので、いろいろな言語が飛び交っていましたが、英語という共通語があることで、みんなが1つになれるのは本当にすてきなことです。その美しい思い出の数々を、『ピナ・バウシュ中毒』(河出書房新社)という本にまとめることもできました。

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    ピナ・バウシュ(写真中央)、ウィリアム・フォーサイス(左)との、一生の思い出に残る貴重なスリーショット。ピナ・バウシュの直筆のサイン入り

    英語は目標を明確にすることが上達のカギ。私の場合は会って話したいという強い思い。

    テレビの仕事では、演出上スタジオに通訳が入ることが多いので、私が直接英語でインタビューする機会は多くありません。それでも私は、本番前など、外国人ゲストの方にはできるだけ英語で話しかけるようにしています。インタビューの成功のポイントは、始まる前にどれだけ親しくなり相手に心を開かせるかなんです。簡単な会話でいいのです。その人の心をつかんで、信頼を得てから本番に入ると、自然といい話をしてくれるのですよ。

    英語はコミュニケーションツールとよく言います。それを使って何をしたいかが重要ですね。道具はただ持っているだけではさびてしまうばかりです。私の場合、一番大切なことは、会って話したい人がいるかどうか、ということでした。その強い思いがあったからこそ、短期間に集中して英語の実践力を身に付けることができた気がします。

    例えば、来年オリンピック・パラリンピックが東京で開かれます。その際、ボランティアで外国の方のお世話をしたいと、英語の勉強を始める方もいらっしゃるでしょう。きっかけは身近なところにもたくさんあるはず。なぜ英語を習得したいのか、自分自身の目標を明確にすることが、英語上達のカギだと思います。

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