英語がもたらした私のターニングポイント Vol.9 東儀秀樹さん

雅楽師

東儀秀樹さん 

1959年東京都生まれ。奈良時代から雅楽を世襲してきた楽家「東儀家」に生まれ、父の仕事の都合で、幼少期を海外で過ごす。高校卒業後、宮内庁楽部に入り、宮中儀式や皇居での雅楽演奏会などに出演するほか、海外での公演にも参加。96年ソロデビュー。日本レコード大賞企画賞など、受賞多数。国内・海外ともに公演を活発的に行っている。また、皇學館大學特別招聘教授、上野学園大学・名古屋音楽大学・國學院大學などの客員教授も務める。

篳篥(ひちりき)や笙(しょう)といった伝統楽器を用いて奏でる「雅楽」の第一人者として活躍する、雅楽師の東儀秀樹さん。
以前は英語に対して消極的でしたが、今では海外公演で、英語を使って雅楽のことを伝えるまでになったそうです。

2020年8月号

「雅楽を正確に伝えたい」その思いが英語を上達させた

通訳を介したら伝わらない。雅楽の奥深さを自分で表現したい。

雅楽師をしていて英語を使う機会が増えてきたのは、今から20年ほど前です。宮内庁楽部の楽師を10年務めた後、1996年にフリーになってから、海外でコンサートを開いたり、イベントに呼ばれて演奏したりする機会が増え、その場で、「雅楽とは何か」を英語で説明するようになったのです。

とはいえ、僕は英語がうまくはありません。商社勤務の父の転勤で、1 ~ 7歳までタイに滞在していた頃は、インターナショナルスクールの子どもたちと英語で不自由なく話していたそうなのですが、帰国したらすっかり忘れてしまいました。その後、13 ~ 14歳をメキシコで過ごしましたが、スペイン語圏なので英語は使う機会がなかったのです。

そのため、以前の僕は「途中でしどろもどろになってしまったら」と怖がって、英語を話すことに二の足を踏んでいました。幼少期に英語を話していたことで、発音だけは良くリスニングもある程度できるので、「ブロークンな英語を話したくない」という変なプライドがあったのです。

しかし今は、海外のコンサートで通訳を介する場合にも、できるだけ自分も英語で話すようにしています。プライドよりも、「雅楽の奥深さを、間違いのないように伝えたい」という気持ちが勝ったからです。

雅楽は、古くから伝わる日本固有の音楽と、中国や朝鮮半島から伝来した古代アジアの音楽がミックスされ、平安中期に完成した音楽です。しっかりと音楽理論があり、オーケストレーションも整ったものとしては、世界最古のものだと認識されています。

IIBC NEWSLETTER Vol.141 英語がもたらした私のターニングポイント第9回 幼少期を過ごしたタイで、インターナショナルスクールの友人とバースデーパーティーをする東儀さん(写真中央)

幼少期を過ごしたタイで、インターナショナルスクールの友人とバースデーパーティーをする東儀さん(写真中央)

しかも、雅楽は長い歴史を持つ音楽であるだけでなく、平安以前の日本の思想、哲学、宗教、科学、宇宙観などを全て内包した、日本人が誇るべき伝統文化なのです。これを英語で説明するのは簡単ではありませんが、通訳を介して説明するのはもっと難しい。その魅力や奥深さは、雅楽に身を寄せている人間の言葉からほとばしる熱さや感動、信ぴょう性があって、初めて伝わるものです。直接話さなければ伝えられません。また、通訳者によっては、雅楽に関する専門用語を知らないこともあり、それならもう自分で話してしまったほうがいいなと。

私は、雅楽を始めたのが18歳と他の人よりも遅いスタートでしたが、東儀家が奈良時代からおよそ1300年続いた楽師の血筋ということもあり、雅楽を後世へと伝えていく責任があると感じています。また、メキシコで暮らしていたときに、日本に対して誤った認識を持っている人が多いことを目の当たりにしたことから、「正しく日本文化を知ってほしい」「自分だって『小さな大使館員』なんだ」という気持ちを強く持っていました。

だから、英語ができないからと、人任せにはしておけない。自分自身の言葉で、英語で雅楽を伝えなければ、と考えたのです。

分かる振りをしないで分からないという意思表示をする

「雅楽のことをきちんと伝えたい」。その思いが強くなってからは、小さなプライドを捨てて、英語の勉強をするようになりました。公演パンフレットなどの英語版を読んで独学することもありましたが、英語を人から学ぶという大きな変化も生まれました。

例えば、英語を話すことができる姉に、「これってどう言えばいいの?」と素直に聞けるようになりました。それまでは姉弟間でも、プライドが邪魔をして、英語のことを聞けなかったのです。

外国人とも積極的に話します。心掛けているのは、分からないことがあってもウソ笑いでごまかさず、ちょっと笑みを浮かべながら「分からない」という意思を示すことです。すると相手は、別の言葉を使って言い換えてくれるものです。それを繰り返すうちに分かったのは、「難しいことを説明するときも難しい単語を使う必要はない」ということ。私も、雅楽のことを英語で伝えるときは、簡単な単語を使い、分かりやすい説明になるよう、心掛けています。

中学生の息子と、自宅で英語で話すことも勉強になりますね。息子にはちゃんとしたことを教えたいので、指摘する前に正しい英語をネットで調べるようにしています。それが、息子だけでなく私の蓄積にもなっています。

このように勉強することで、雅楽の最低限のことは英語で伝えられるようになりました。ただ、今の状態には満足していません。雅楽にはフィロソフィーがありますが、そのフィロソフィーとは何か、という奥深い部分まで、完璧に英語で言えるかというと、その域には至っていない。これからもまだ勉強が必要です。

点数を付けられるのは話し方ではなく「感情」

IIBC NEWSLETTER Vol.141 英語がもたらした私のターニングポイント第9回 英語の歌詞を書くときには欠かせないという、長年愛用している辞書

英語の歌詞を書くときには欠かせないという、長年愛用している辞書

以上の経験を踏まえて言えることは、英語を習得するには、英語そのものを学ぶ前に、「伝えたいことを見つける」ことが不可欠だということです。それがないと、何を勉強していいか分からないし、モチベーションも保てません。私も、「雅楽を伝えたい」という思いがなかったら、全然上達しなかったでしょう。

そして、完璧でなく、ブロークンでもいいから、外国人と英語で話してみる。単語だけ並べてもいいのです。私もそうだったように「話し方が変だと思われたら恥ずかしい」と思う方もいるかもしれませんが、日常会話の中で、相手の英語の話し方に点数を付ける人なんていません。むしろ、点数を付けられるのは、「感情」の部分。ブロークンでも心が伝わってくる人には、相手も好感を 持ちますが、正確な英語を話せるけれども、無感情なことしか言えない人に対して、「もう一度話したい」とは誰も思わないでしょう。

もう1つ、外国人とコミュニケーションを取るときに大事なのは、「相手の文化も尊重すること」。僕が日本の伝統文化を世界一だと誇りに思っているように、相手もまた、自国の文化を世界一だと思っているものです。だから、自分が伝えるだけでなく、相手の話も一生懸命聞き、認める。それこそが最高のコミュニケーションであり、そこに英語の巧拙は関係ないと思います。