英語がもたらした私のターニングポイント vol.10
サッカー選手 川島永嗣さん

©BRIDGEs

サッカー選手

川島永嗣さん

1983年埼玉県生まれ。2001年に大宮アルディージャ入団。川崎フロンターレなどを経て、10 年にベルギー1 部リーグのリールセSKに海外移籍。現在はフランス1部リーグ、RCストラスブールに所属。日本代表としては10年FIFAワールドカップ(以下、W 杯)南アフリカ大会、14年W杯ブラジル大会、18年W杯ロシア大会などに出場。スポーツを通じて日本人の語学面をサポートするグローバルアスリートプロジェクトの発起人兼アンバサダーを務める。著書に『本当に「英語を話したい」キミへ』(世界文化社)などがある。

ゴールキーパーとして、10年にわたり欧州のサッカーチームで活躍する、フランス1部リーグ・RCストラスブールの川島永嗣選手。
欧州に移籍するまで、海外生活の経験はなかったものの、今では英語だけでなく、フランス語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語、オランダ語と日本語を含めると7カ国語も話すことができるそうです。

2021年3月号

海外でプレーしていきたい 英語が広げた自分の世界

孤独感を覚え、涙。
帰国後、英語を猛勉強し1つの武器に

今でこそ7カ国語を話せますが、昔から語学が得意だったわけではありません。中学3年生で初めて欧州遠征をしたときは、何も話せなかった。18歳でイタリアに1カ月間のサッカー留学をしたときも、コーチやチームメイトの言うことが全く分からず、余りの孤独感に、親との国際電話で泣いてしまったぐらいです。チームメイトにからかわれているように感じても、言い返せなかったことも悔しかったですね。

海外でプレーしていきたいという夢もあったので、一念発起。帰国後に英語を勉強し始めました。最初は様々な教材を買って独学で勉強しましたが、なかなか話せるようになりません。そこで、実際に話す機会を増やすようにしました。

英会話教室に通うだけでなく、オフのときには、必ず英語圏の国を旅行。ホテルはあえて現地に電話をかけて予約しました。電話だと身振り手振りが通じないので、良い訓練になりました。

サッカー選手 川島永嗣さん

©BRIDGEs

分からないなりに、とにかく話してみる。それを心掛けた勉強を行う中、21歳でオーストラリアを1週間旅行したとき、これまでとは明らかに異なる変化を感じました。現地の人の話が聞き取れるようになり、こちらも言葉を返せるようになったのです。うれしさとともに、「話してみること」の重要性を痛感しましたね。

僕は、海外移籍が夢だったので、英語だけでなく、イタリア語やスペイン語、ポルトガル語なども勉強し始めました。混乱するのでは、と思うかもしれませんが、これらはラテン語から派生しているので、似た言葉が多いのです。だから「英語ではこうだけど、イタリア語ではこうなのか」という発見があり、記憶に残りやすい。飽きずに勉強できる効果もありました。

海外移籍2年目にはキャプテンを任せられるまでに

そして2010年、念願の海外移籍を果たしました。ベルギーリーグ1部のリールセSKというチームです。

日本で語学を勉強したとはいえ、最初からスムーズにコミュニケーションできたわけではありません。最も難しかったのは、試合中の声掛けです。ゴールキーパーは、相手から攻められているときに、味方選手と相手選手の動きを瞬時に把握し、「あの選手をケアして!」などと味方に指示することが重要ですが、それを英語で伝えるのが非常に難しかった。初めは言葉がとっさに出てこなくて、失点につながったこともありました。また、移籍後半年は、ロッカールームで同僚たちが何を話しているのかいまいち分からず、なかなか話の輪の中に入れませんでした。

グローバルアスリートプロジェクトの一環である、英語サッカースクール特別授業の様子

グローバルアスリートプロジェクトの一環である、英語サッカースクール特別授業の様子
© GlobalAthleteProject

しかし、練習のときから瞬時に英語で指示するトレーニングをすることで、自然とできるようになったのです。ロッカールームでの会話も、話に出てくる知らない言葉を調べたり、直接尋ねたりしているうちに、理解できるようになりました。リールセは10カ国の選手が集まる多国籍軍だったので、英語が主な共通言語ですが、各選手の母語であるスペイン語やイタリア語でも話し掛けると喜ばれ、より心の距離が縮まりました。

こうして、入団2年目にはキャプテンを任されるまでになりました。同僚たちとも深い話ができるようになり、一生付き合える親友もできました。英語を話せるようになったことで、ここまで世界が大きく広がるのか、と実感しました。

リールセに2年間在籍した後、スコットランドやフランスなど、計4つのチームに所属しました。欧州のサッカーリーグは、語学ができるからといって試合に出られるほど甘い世界ではありませんが、語学が1つの武器になったのは確かです。

相手の国の背景を意識しニュアンスをくみ取る

世界各国から集まる選手たちと話すときに心掛けているのは、相手の国の背景や国民性を頭に入れて話すことです。誰でも大なり小なり、その出身国の特徴があります。例えば南アフリカの選手は優しくて、打たれ弱い人が多い。問題点をはっきり指摘してしまうと、すごく落ち込むので、やんわりと伝えています。

相手が何を言いたいのか、ニュアンスをくみ取ることも意識しています。英語が母語でない選手は、正確な英語を話しているとは限りません。間違った言葉に引っ張られると、本当にその人が言いたいことを見誤ることがあります。

後は「本来の自分自身でいること」でしょうか。本来、僕は強く自己主張をしない方ですが、海外の選手は自己主張が激しい人ばかりです。初めは「黙っていたら自分のせいにされる」とミスをしたときでも強く自己主張していました。しかし最近は、主張すべきことはするけれども、自分がミスをしたときは「ごめん、今のは俺のミスだ」と認めるようにしています。その方が自分の性分に合っているからです。それで何か問題が生じたことはありません。言葉は変わっても、自分自身の性格まで変える必要はない。海外で生活をする上でのポイントだと思っています。

2020年の特別授業はオンラインで行われ、川島選手は子どもたちに「夢と語学の勉強」について語った

2020年の特別授業はオンラインで行われ、川島選手は子どもたちに「夢と語学の勉強」について語った
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2011年には、もっと多くの日本人が言葉の壁をこえて世界で活躍してほしいという思いから、「一般社団法人グローバルアスリートプロジェクト」を発起人の1人として立ち上げました。世界に挑戦するアスリートに対する語学留学・オンライン英会話などのサポートや、子どもがサッカーやキッズチアを通して英語を学ぶことができるスクールの運営をしています。アスリートや子どもたちの未来の可能性を切り開きたいですね。

英語は自分の世界を無限大に広げてくれるツールです。新型コロナウイルス感染症の影響によって自宅で過ごす時間が増えましたが、英語を学ぶ時間がまとまって取れるようになったともいえます。この時間を有効活用すれば、コロナ禍が過ぎ去った後、新たな世界に羽ばたけるのではないでしょうか。