TOEIC Programと英語を深く知る

2021年10月号

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PART③英語はいかにして世界の共通語になったのか

特別企画第3弾として、世界には言語が約7,000あると言われる中、その1つにすぎない英語が、なぜ世界の共通語になっていったのかをご紹介します。英語史や歴史言語学などを専門に研究され、『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』(研究社)の著者である、慶應義塾大学文学部教授 堀田隆一氏に、英語が誕生してから現在に至るまでの歴史と、これからの英語の潮流について話を伺いました。

ネイティブスピーカーでも読めない1000年前の英語

これから皆さんに英語の歴史をお話しするにあたり、まず、下記の文章をご覧になってください。何語で書かれているかお分かりになりますか?

“Cume ðin rice. Sy ðin wylla on eorðan swaswa onheofonum.”

答えは、約1000年前に書かれた英語の文章(『聖書』の「主の祈り」の一文)です。今の英語と同じ言語であるとは、全く想像できないと思います。ちなみに現代英語で表現すると

“Thy kingdom come, Thy will be done, On earth as itis in heaven.”

といった意味合いになります。

慶應義塾大学 文学部 教授 堀田 隆一氏

どのような言語であっても、時代を経るとともに変化していきますが、英語はとりわけその変化が激しい言語です。多くの日本人は、1000年前の日本語の文章、例えば『源氏物語』にしても『枕草子』にしても、古語辞典などの力を借りれば何とか読むことができますが、英語においては、ほとんどの英語ネイティブスピーカーの方が、1000年前の文章を読みこなすことができないぐらい変化しているのです。

ではなぜ、英語はこれほどまでに著しく変わっていったのでしょうか―。今に至るまでの英語の歩みを見ていくことで、その理由をひも解いていきます。

449年に誕生した英語にヴァイキングの言語が入り込む

まず、紀元前4000年ぐらいにまで話は遡りますが、現在のウクライナの辺りに、ある集団が共通の言語を話していました。この言語は、現在、インド・ヨーロッパ祖語(印欧祖語)と呼ばれています。インド・ヨーロッパ祖語は数千年かけ、西はヨーロッパ、東はインドへと広がっていき、それぞれの地域で変化し、枝分かれしていきました。その枝分かれした1つにゲルマン語派があります。このゲルマン語派がさらに枝分かれしていったのが、現在の英語やドイツ語、オランダ語などです。

ゲルマン語派のうち、後に英語と呼ばれることになる言語を話していたのが、ドイツ北部などに住んでいたアングロ・サクソン人でした。4世紀末頃よりゲルマン人の大移動が始まると、アングロ・サクソン人たちも、449年、イギリスのブリテン島に押し寄せ征服しました。英語史では、この449年を「英語の始まり」としています。

当時の英語は、同じゲルマン語派の言語であるドイツ語と非常によく似ていました。ドイツ語を習った方が皆さん苦労される男性・女性・中性名詞が、この頃の英語には存在していましたし、不規則動詞も今の英語の6倍程度ありました。英語史では当時の英語のことを「古英語」と呼んでいます。古英語の時代は、449年から1100年ぐらいまで続きました。

この古英語の時代にも英語に変化が生じますが、その主な要因となったのが、8世紀後半から始まった、北欧に住むヴァイキングのブリテン島への侵入です。当時ヴァイキングが使っていたのは、古ノルド語という言語。古英語も古ノルド語も同じゲルマン語派の言語でしたので、アングロ・サクソン人もヴァイキングも、かなりの部分でお互いが言っていることを理解することができました。しかし語尾が異なっていたため、微妙なニュアンスになると意思疎通に齟齬(そご)が生じました。「誤解が起きないように、複雑な語尾は削ぎ落としてしまおう。その方が共通の言語で話せる」ということで、英語の語法に簡略化の動きが生じたのです。

またこの時期には、たくさんの古ノルド語が英語に入り込んでいきました。例えばthey、she、take、getといった英語の基本語彙も、実は古ノルド語が起源です。アングロ・サクソン人たちは、これまで使っていたtheyやsheに該当する古英語の単語を捨てて、古ノルド語由来の単語に置き換えていったのです。一方古ノルド語も、英語の影響を受けて変化しました。

インド・ヨーロッパ祖語の分岐

ノルマン朝の誕生によりフランス語を大量に借用

さらに1100年以降、もっと大きな変化が英語に生じますが、英語史では、1100年から1500年ぐらいまでの英語のことを、「中英語」と名付けています。

この時期の大きな変化は、北フランスに領土を持っていたノルマン人のウィリアムが、1066年にイギリスを征服して、ノルマン朝を開いたことに端を発しました。ノルマン人はフランス語を話していたため、イギリスの公用語もフランス語になったのです。公式な文書は全てフランス語で書かれるようになり、書き言葉としての英語は、この時期にほぼ消滅しました。一方、話し言葉としての英語は、相変わらず庶民の間で使われ続けました。

一般的に、書き言葉は変化を嫌い、書き手に対して標準的な文法や綴りで記述することを求めます。また書き言葉が一定の権威を持っている社会では、話し言葉も書き言葉のルールに縛られ、急激に変化することはありません。

ところがこの時期のイギリスでは、書き言葉としての英語がなくなったことにより、話し言葉としての英語は、かなり自由な使い方が許されるようになりました。そのような中で生じたのが、9世紀頃から始まっていた語法の簡略化のさらなる進行でした。英語から男性・女性・中性名詞がなくなったのも、不規則動詞の数が減ったのも、この中英語の時代です。

中英語の時代に生じたもう1つの大きな現象が、フランス語が公用語とされる中、この時期だけでも、約1万語という大量のフランス語が英語に借用されていったことです。フランス語は、系統的にはイタリック語派に属します。これにより英語は、少なくとも語彙において、純粋なゲルマン語派の言語とは呼べなくなりました。

このような現象が起こったのは、水が高いところから低いところへと流れていくように、言語も政治力や経済力、軍事力などが強い国から弱い国へと流れていくためです。例えば、古代・中世の頃の中国語と日本語の関係を見ても、日本語は中国語から多くの言語を借用しましたが、その逆はありませんでした。これは、当時の中国と日本の力関係を反映したものです。同様に、当時のイギリスもヨーロッパにおいては力が弱かったため、強国であるフランスの言語を受け入れざるを得なかったのです。

もし当時のイギリスがもう少し強い国で、ノルマン人に征服されることがなかったら、英語は今とはかなり異なった発展の仕方をしていたことでしょう。フランス語の借用数はそれほど多くなく、現在でも、男性・女性・中性名詞が存在する言語になっていたかもしれません。

イギリスが世界の覇権国となり英語も世界の言語になった

ノルマン朝は1154年に断絶しますが、次のプランタジネット朝もやはり王はフランスからやってきたため、フランス語が公用語とされる状況はしばらく続きました。しかし次第にフランスの影響下から離れていく中、1399年には、ノルマン朝以降初めて英語を母語とするヘンリー4世が即位します。さらに1489年には、議会でもフランス語が使われなくなりました。英語は再び、イギリスにおける国語としての地位を取り戻したのです。英語史では、英語復権後の1500年から1900年ぐらいまでを、「近代英語」の時代としています。

この近代英語期前半の16世紀、イギリスでは南ヨーロッパから伝わってきたルネサンスのブームが最高潮を迎えていました。イギリスの知識人たちはこぞって、ギリシアやローマの古典文化に夢中になるとともに、ラテン語への関心を高め、この時期に約1万2,000語のラテン語が英語に流れ込んでいきました。そのため英語は、ますます借用語だらけになってしまったのです。

ただしこのラテン語ブーム以降は、外国語から借用する数は次第に減っていきます。むしろ英語は、借用する立場から、貸し出す立場へと変わっていきました。その理由は、イギリスの国際的地位の向上です。15世紀、ヨーロッパでは大航海時代が始まり、まず覇権を握ったのはポルトガルとスペイン、次がオランダで、彼らはアジアや中南米の地域を次々と植民地化しました。

一方イギリスは、1607年に北アメリカのジェームズタウンに初めて植民地を獲得します。鉱山資源が豊富なラテンアメリカは既にスペインなどに押さえられていたため、やむを得ず北アメリカに進出したのですが、まさかアメリカが、後にイギリスに代わり世界の覇権を担う国になろうとは、このときは夢にも思わなかったことでしょう。そして17世紀後半、イギリスがついに世界のトップランナーに躍り出たのです。

イギリスは世界進出を加速させ、最盛期には世界の陸地と人口の約4分の1を支配しました。イギリスから北アメリカやオーストラリアなどに入植した人たちは当然英語を使い、植民地にした地域に古くから住んでいた人たちにも、イギリスは英語を使用させました。

また当時のイギリスは、世界で初めて産業革命を成し遂げるなど、最先端の技術力や経済力などを有していました。そのため英語を母語としない人たちも、イギリスから知識や技術を学ぶため、あるいは貿易によって利益を得るために、進んで英語を身に付けるようになりました。

こうして英語は世界中に広がり、イギリスの国語ですらなかった時代と比べ、見違えるような変化を遂げたのです。

その後イギリスは、20世紀初頭の第1次世界大戦で勝利を収めましたが、次第に国力が衰退していきます。代わって覇権を握ったのはアメリカでした。英語にとって幸運だったのは、アメリカも英語を母語とする国だったことです。覇権国はイギリスからアメリカへと移りましたが、英語自体は変わらず、世界の言語の盟主の座に君臨し続けることになりました。英語史では、政治力や経済力、軍事力などの中心が、イギリスからアメリカへと移った1900年以降を、「現代英語」の時代と位置付けています。

世界は、特に20世紀後半以降、交通や通信の発達などによって一気に狭くなり、世界史史上例を見ないほどに、国境を越えた経済活動や文化交流が、盛んに行われるようになりました。その際、円滑にコミュニケーションを行うためには、共通の言語が必要になります。そのため英語は、ますます世界の共通語としての地位を高めていきました。

英語の変遷

同時並行で進んでいく多様化と標準化の動き

これまで見てきた英語の歴史からも分かるように、英語はなぜ世界の共通語になったのかという疑問に対する答えは、17世紀後半以降、世界の覇権を握ってきたのが英語を母語とするイギリスとアメリカだったから、ということになります。もし違う国が覇権国だったら、私たちは今頃英語ではなく、違う言語を一生懸命学んでいたかもしれません。

これは見方を変えれば、今後、もしアメリカに代わって違う言語を母語とする国が覇権国となった場合、英語も盟主の座を失う可能性があるということです。信じがたいことかもしれませんが、中世のヨーロッパにおいてラテン語が世界の共通語の役割を果たしていた頃、当時の人たちは、まさかラテン語が国際的な地位を失うことになるとは想像すらしなかったと思います。これと同じようなことが英語にも十分起こり得るのです。

とはいえ、今のところ、英語の国際的な地位が低下しそうな気配は全くありません。現在、世界人口のうち、およそ4人に1人が、英語を使ってコミュニケーションをとることができると言われており、世界史史上これだけの話者数を獲得した言語はほかにありませんでした。

しかも英語を使うことができる人の数は、年々増加傾向にあります。研究者の中には、「2050年には、世界の人たちの2人に1人が、英語でコミュニケーションをとることができるようになっている」と予測する人もいるほどです。遠い将来のことは分かりませんが、少なくともこの先数十年ぐらいの間は、英語が世界最大勢力の言語であるという状況には、変わりなさそうです。

そのような中、私は今後の英語の潮流として、大きく2つの動きが進行するのではないかと考えています。1つは世界各地で多様な英語が生まれ、発展していくことです。

イギリスの植民地だったアフリカやアジア、カリブ海の国々は、当時イギリスから、英語の使用を強制されました。そのため彼らの中には、英語を敵対視する思いが根強くあります。しかし彼らは、イギリスから独立した後も、英語を使い続けました。これらの国の多くは、異なる言語を用いる多民族で構成されており、ある民族の言語を公用語として採用してしまうと、違う民族の反発を生み、国が分断されてしまう可能性があります。英語であれば分断の心配がないため、英語に対して複雑な思いを抱きながらも、英語を使い続けるという道を選択したのです。

そしてこれらの国々では、語彙や文法、発音などに変更を加えて、独自の英語を作り上げるといった現象が生じており、実際に、イギリス英語やアメリカ英語とは異なる“自国の英語”の辞書を出版することで、独自性をアピールしようとする動きが起こっています。

だからといって、各地で独自の英語が生まれ、多様化が進みすぎてしまうと、世界の共通語としての英語の利便性に支障をきたします。そこで世界の人たちと円滑にコミュニケーションをとるために、標準的な英語をしっかりとマスターしようとする動きも、一方で進んでいくと思われます。これが、私が考える2つ目の動きです。

つまり英語は、今後多様化しながら、同時に標準的な英語も強く求められていくことになるのです。

私たち日本人は幸運なことに、旧植民地の国々の人たちとは異なり、英語に対してアンビバレントな思いを抱かずに済みます。そのため、まずは標準的な英語を身に付けた上で、もし必要であれば、多様化した各地域の英語も学ぶようにするといいのではないでしょうか。各地域の簡単な言葉だけでも覚えておくと、現地の人たちとの心理的な距離を縮めることができます。

以上のように、英語の歴史を学ぶことで見えてくるのは、英語は常に変化してきたし、これからも変化し続けるだろうということです。そういう意味においても、変化に敏感になりつつ、かつその変化を楽しみながら英語学習に取り組んでいくことが、今後大切になってくるのではないかと考えています。

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