2025年7月号

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    大学卒業後、料理未経験からすし職人の道へ進んだ木目田隆晴さん。
    英語がときにチャンスをつくり、キャリアの“飛び道具”にもなったと振り返ります。

    英語の役割に気づいたとき
    学ぶ意欲が高まった

    小さいときから、知らない土地に出かけることが好きでした。中学時代、一人旅で岩手県に行ったのですが、そこで日系3世の若い男性に偶然出会いました。彼は日本語が話せず、僕は英語が大の苦手。でもなぜか意気投合して一緒に観光名所をめぐりました。辞書を指し合ったり、ようやくひねり出した英語で会話をするのが楽しくて、「英語って、自分の意思を伝えて、相手を理解するためのコミュニケーションツールなんだ」と気づきました。そこが英語の出発点だったと思います。

    木目田 隆晴さん

    大学時代、自分でお金をためて1年間カナダに留学しました。出発前のTOEIC L&Rは400点に届かなかった。でも絶対英語ができるようになってやる!と意気込みだけは強くて、現地では、なるべくカナダ人や他国からの留学生と話すようにして、そのときにしかできない経験を大切にしました。ホームステイ先を出て自分で家を探したり、インターンシップで選挙事務所を手伝ったり。選挙事務所では有権者に片っ端から電話をかけて候補者への支持を訴えるんですけど、電話は相手の顔が見えないから苦労しましたね。

    語学学校で学ぶのは、“守られた英語”。丁寧にゆっくり教えてくれます。それも重要ですが、生活で使われる言葉のスピードや言い回しは、それとは全然違うことを留学先では実感しました。

    日本語を教えるボランティアも経験して、生徒さんからは日本に関することをたくさん聞かれました。「日本人は毎日すしを食べるんだろ?」と家庭で誰もが、すしを握っているイメージなんです。そのときは、自分がすし職人になるとは夢にも思っていませんでした。

    英語力×専門性でたどり着いた
    すし職人の世界

    帰国後、TOEIC L&Rの講座を受けたこともあり、最終的には900点に達しました。磨いた英語力を活かすために外資系企業に就職しようかと考えていたのですが、ちょうどリーマンショックの時期で、大企業だから安心だといった考えが崩れてしまいました。英語が得意な人はほかにもたくさんいるので、そこで勝負するのは得策ではありません。できれば自分だけの強みを持ちたい、英語に加えて何か手に職を……と考えていた頃、「銀座久兵衛」からスカウトメールが届いたんです。銀座久兵衛は、将来を見据えて大学の新卒採用をスタートしたばかりで、僕の経歴に目が留まったそうです。料理もまともにしたことはないし、右も左もわからないけれど、「自分が考えていた働き方だ、よし行ってみるか」と飛び込みました。

    配属は銀座本店でした。最初のうちは毎日辞めたいと思うほど大変でしたね。でも、造園職人の父からも「職人の仕事は10年辛抱しろ」と言われていたし、大学の同級生と会って話を聞いても、楽な仕事なんてない。プロとしてお金をいただく厳しさはどこも一緒だと思い、周囲からの応援を励みに修業を続けました。

    そんな時期にも、英語には助けられました。外国人のお客様がいらっしゃると「木目ちゃん!来てよ」と通訳を頼まれるんです。アレルギーの有無をうかがったり、食材の説明をしたりと、特別難しい会話ではありませんでしたが、板前さんは英語が苦手な方が多かったので、英語力は先輩方に目をかけてもらう“飛び道具”になりました。海外出店を視野に入れて早々にカウンターに立たせてくれたこと、オバマ元大統領・安倍元首相が会食したときには仕込みと接遇を任せてくれたこと。本来なら少し経験が足りなかったかもしれませんが、あと数センチに手が届いたのは英語力のおかげです。この場所だったから僕の“飛び道具”は最高に活きたと思います。

    英語の先にある「何を伝えるか」を意識して
    お客様と向き合っていきたい

    木目田 隆晴さんのキャリア「これまで」「これから」

    昨年自分の店「神田錦町 鮨 たか晴」を開店しました。お客様に心を尽くし、自分の名にある「晴」という字のごとく、晴れやかな気持ちでお過ごしいただきたい。店名にはそんな願いを込めました。

    すしは、職人の技や会話を含め、一期一会のライブ感が醍醐味です。僕は途中で「ご飯の量はちょうどいいですか」とうかがうようにしていますが、それは「お客様のコンディションに合わせますよ。なんでも教えてください」というメッセージであり、会話の糸口です。飲み物は足りているか、僕と話したいのか、お連れの方とじっくり話がしたいのか、召し上がるスピードはどうか。言葉にせず察することもコミュニケーションです。

    英語力は僕にとって頼もしい相棒ですが、語学力そのものより、“何を伝えるか”のほうが大切だと思っています。つたなくても、真剣に話す言葉に人は耳を傾けるし、心を動かされます。職人が包丁を研ぐように英語力も鍛錬しつつ、“何を伝えるか”を大切に、世界のお客様と向き合っていきたいですね。

    *TOEIC L&RはTOEIC Listening & Reading Testの略称。

    すし職人
    木目田 隆晴 さん

    大学在学中に1年間のカナダ留学を経験し、卒業後、すしの名店「銀座久兵衛」にて修業をスタート。7年目には、異例のスピードでカウンターを任される。退職後、沖縄の高級リゾートホテルで経験を積み、2024年、都内に「神田錦町 鮨 たか晴」を開店。

    すし職人 木目田 隆晴さん

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