BBCキャスター・リポーター

大井 真理子さん

1981年東京都生まれ。高校2年生のときオーストラリアに留学。帰国後、慶應義塾大学環境情報学部に入学。1学年修了時にジャーナリズム修学のため、オーストラリアのロイヤルメルボルン工科大学(RMIT大学)ジャーナリズム学部に入学。在学中にオーストラリアの放送局でインターンとして勤務。2004年に3か月間渡米。05年、ブルームバーグ東京支局に入社し、経済報道を手掛ける。06年12月に英国放送協会シンガポール支局に入局し現在に至る。

英国放送協会(以下、BBC)で日本人初のキャスター・リポーターとなり、現在シンガポールに在住し活躍されている大井真理子さん。今でこそ、世界中に英語でニュースを伝える仕事をされていますが、高校2年生のときオーストラリアに留学した際、授業の内容が全く理解できず、そこから猛勉強して、現在の英語力を身につけられたそうです。

    2024年3月号

    完璧な英語でなくても
    仕事や生活で支障がなければそれでいい

    同じ教材の日本語版と英語版の読み比べが留学先での英語力向上につながる

    BBCでキャスター・リポーターをしているというと、子どもの頃から英語が堪能だったと思われるのですが、そんなことはありません。3歳まで父の仕事の都合でイギリスにいましたが、帰国後は学校の授業以外英語をほとんど勉強していませんでした。

    本気で勉強し始めたのは、高校2年生のとき、オーストラリアに留学してからです。父の転勤先のベトナムにはインターナショナルスクール(高校)が少なく、海外ドラマみたいな生活ができそう、といった軽い感覚で、知人のツテがあるオーストラリアに留学することを決めてしまいました。

    ところが、現地でホストファミリーと話すと、自分の英語力の低さにがく然としました。現地の語学学校で2か月勉強してから高校に入学したのですが、授業を受けても何を言っているのかさっぱり分からない。友達もできず、行ってみたいパーティがあっても呼ばれない……といった日々でした。

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    ロイヤルメルボルン工科大学に留学していたときの大井真理子さん

    しかし日本で盛大な送別会をしてもらった以上、逃げ帰るわけにはいきません。現地の教材を読んでも分からないので、日本から本を取り寄せ、その日本語版と英語版を読み比べました。毎晩、夜中の2~3時頃まで勉強しましたね。

    するとその効果が出て、1年後には英語の授業が少しずつ聞き取れるようになったのです。また友人ができ、パーティやキャンプなどに行くようになると、リスニングやスピーキングが上達しました。さらに、IB(国際バカロレア)の試験を受けるために、英語でエッセイを書く訓練をしたことがライティングの上達に役立ちました。

    自分のスキルが一番活かせる場を探し海外への道を切り開く

    メディアの仕事を志したのは、飢餓に苦しむ子どもたちを取り上げたBBCのドキュメンタリー番組を、ホームステイ先で見たことがきっかけでした。それから「将来は世の中の問題を映像で発信するジャーナリストになりたい」という思いを抱くようになり、ロイヤルメルボルン工科大学に進学してジャーナリズムを学びました。

    しかし、いざ就職しようと思っても、英語が第2言語で労働ビザのない日本人を、ビザを取得してまで雇おうという現地メディアはありませんでした。大学院に進み、そのコースの一環で地元の小さなテレビ局でリポーターの仕事をして、そこからメディア関係者たちに、「働かせてほしい」と手当たり次第に連絡しましたが、採用に至りませんでした。卒業後3か月間、アメリカ・ニューヨークに渡り仕事を探しましたが、それでも就職先は見つかりませんでした。

    そのようなとき、普段は無口な父からこんなアドバイスを受けたのです。「自分のスキルが一番活かせる場所はどこなのか考えなさい」と。日本語と英語が少し話せ、テレビのリポーターができ、原稿も書ける。海外では難しくても、日本ならチャンスがあるのではないか、というのです。

    しぶしぶ日本に帰国すると、すぐに反応がありました。アメリカ金融情報サービス大手のブルームバーグ東京支局で、仕事をさせてもらえることになったのです。担当は経済ニュース。当初は日本銀行とメガバンクの違いが分からないレベルでしたが、「ビジネス・経済の分野はなり手が少なく、次のキャリアにつながりやすい」と、ニューヨークで助言されたことを思い出し挑戦しました。するとそれが功を奏し、約2年にわたり多くの企業のCEOやエコノミストを取材した経験が買われ、BBCからオファーをいただいたのです。

    文法が完璧な人がリポーターに適しているわけではない

    BBCに入社する頃になると英語は大分上達していましたが、ネイティブスピーカーに対する劣等感は常に消えませんでした。例えば、ネイティブスピーカーのリポーターが書いた記事原稿は、英語の表現が秀逸なだけでなく、シェークスピアのような名作が巧みに引用されているなど、英語が第2言語の私には考えつかないような内容になっていたのです。

    しかし、BBCで何年かリポーターをしてからは、「どうがんばってもネイティブスピーカーにはなれない。できないことで悩むより、自分しかできないことを追求した方がいいのでは」と考えるようになりました。

    すると自分の強みが見えてきて、「私はネイティブスピーカーの特派員とは異なり日本語が話せる。日本では誰にでも取材ができてリアルな声を聞くことが可能で、テレビのワイドショーやタブロイド紙などからも情報を得られる。そんな私だからできる報道をすればいい」と気付きました。

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    日本から世界に向けリポートする大井さん

    発音やアクセントも、ネイティブスピーカーのようになる必要はないと思うようにもなりました。英語を母語にしていても、各地にはなまりがあります。例えば、ロンドンとスコットランドでは同じ英語でも言葉が違うと思うほどで、スコットランドの記者と初めて中継したときは、何を言っているのか聞き取れないぐらいでした。

    BBCのニュースを見ていても、今はマルチリンガルのリポーターが多く、英語が第2言語どころか、第3、第4言語という人もいます。そういう人はアクセントだけでなく文法も間違っていることがありますが、文法が完璧な人がリポーターに適しているかというとそうではないと思います。例えば、地域紛争などのことであれば、少しブロークンな英語でも、現地にいて内情に詳しいリポーターに伝えてもらう方が、よりリアリティがある内容を届けることができるのです。

    日本の学校で講演すると、「どうすれば英語を完璧に話せるようになりますか」とよく聞かれますが、「完璧な英語」を話せなくても、自分の生活や仕事上で支障がないところまで持っていければそれでいいのではないか、と思っています。

    完璧ではなくても、英語でのコミュニケーションができるようになれば、人生のやりたいことを広げていくことが可能ですので、皆さんにも是非その醍醐味を味わっていただきたいと思っています。

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