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スポーツと世界が私に教えてくれたこと

為末大さんは、数々の輝かしい実績を残した名スプリンターとして知られている。2001年に男子400Mハードルで出した47秒89の日本記録は、20年が経った今(2022年1月現在)なお破られていない。現役時代は、競技に対するストイックな姿勢と哲学的な思考から、「走る哲学者」の愛称で親しまれ、現在は実業界で活躍。穏やかな口調のなかにも、アスリートらしい情熱とビジョンを込めて、人生の転機や世界との付き合い方、そしてリーダーシップ論を語ってくれた。

    プロフィール
    為末 大(ためすえ・だい)
    1978年広島県生まれ。中学時代より陸上選手として目覚ましい活躍を見せる。男子100Mから400Mを経て400Mハードルに転向。スプリント種目の世界大会では、日本人として初めてメダルを獲得し、オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3大会に出場。引退後、株式会社Deportare Partnersを創業。一般社団法人アスリートソサエティの代表理事、新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長、国連ユニタール(国連訓練調査研究所)親善大使。『走る哲学』(扶桑社)、『諦める力』(プレジデント社)、『Winning Alone 自己理解のパフォーマンス論』(プレジデント社)、『為末メソッド 自分をコントロールする100の技術』(日本図書センター)など著書多数。

    リーダーシップは、誰もが獲得でき、行使できる力

     この記事は、「Leader's Voice」というコーナーに掲載されるということですので、リーダーシップについても少し考えてみましょう。基本的に、さまざまな状況の下、みんなのプラスになるよう考え行動することは、全てリーダーシップだと私は思っています。

    日本人には、一人一人が集団の中で状況を判断し全体の利益を考えて行動する、個人的で小さなリーダーシップがしっかり身に付いている。 為末 大 氏

    日本人には、一人一人が集団の中で状況を判断し全体の利益を考えて行動する、個人的で小さなリーダーシップがしっかり身に付いている。

     世の中の大きな枠組みや、重要なルールを変えるときは、強烈な主張やビジョンで人々を動かすような、強いリーダーシップが必要です。一方、穏やかに人の気持ちに働き掛け、相手を温かく見守りながら行動を促すリーダーシップもあります。私の祖母は、「やってみなきゃ分からない」が口癖だった人です。何事も自分でやってみる、体験から学ぶという私の原点は、そんな彼女が育んでくれたように思えてなりません。つまり私にとっては祖母もまた、ある意味リーダー的な存在だったのだろうと思います。

     私がもう一つ注目しているのは、一人一人が集団の中で状況を判断し、全体の利益を考えて行動する小さなリーダーシップです。その力は、自然災害やコロナ禍の日本で見事に発揮され、社会を守るネットワークのように機能しました。危機に際して取り乱すことなく対応する日本人の強さは、こうした個人的で小さなリーダーシップが、しっかり身に付いているからではないでしょうか。リーダーシップとは、全ての人が獲得できるし、行使できる力なのだと思います。

     かつて海外で活動していた時、はっきり自覚したことがあります。アイデンティティーという観点では、「日本人が日本人でなくなることはない」ということです。そして日本人としてのアイデンティティーの延長線で、グローバルに影響を与えることは、十分可能です。みんなが絶対に譲り合えない類の問題では、落としどころを見つけるのは、本当に難しいものです。でも、一方的に善悪を決めたり、黒白を付けたりせず、時に曖昧さを残す日本的なアプローチをうまく用いることで、やんわりとした着地点を見つけることができるかもしれません。主張すべきはきちんと主張するとして、日本型の柔軟なリーダーシップは、これからの世界において、決して捨てたものではないという気がしています。

    「私は誰の役に立ちたいか」と、自分自身に聞いてみよう

     一昨年以来、人類はコロナに翻弄されてきました。スポーツの世界では、しばしば無観客での試合が行われましたが、そのおかげで興味深いことが分かりました。

     サッカーの試合を例にとると、無観客試合では、ホームチームの選手がシュートを打つ確率が、少し下がるというのです。地元のファンが見に来ないので、リスクを取ってでもシュートしようという、選手の意欲が多少そがれるのでしょう。反面、ホームチームに審判がイエローカードを出す確率は、無観客試合で上がるといいます。地元ファンが詰めかける普段の試合では、審判も無意識に、ホームチームに遠慮していたというわけです。

     要は、観客が大勢入って応援すると、選手はリスクを取ってでもチャレンジしようという勇気が持てます。「頑張れ!」という声援も、実際に人間の行動に影響を与えているのです。スポーツ一つとっても、人は閉じられた個体ではなく、さまざまな影響を受けて生きていることが、とてもよく分かりますよね。良い影響、良い働き掛けで、人の行動が変わるなら、その先に、我々が目指すべき社会の姿が、見えてくる気がしませんか? 

     人と人とが影響し合うという文脈では、世界の一員である日本人にとっても、「コミュニケーション力」や「異文化理解力」は大切なスキルです。しかしこれらの力は、外国の人々の間に飛び込んで、片言でも話をするうち、それなりに上達していくものです。私自身の経験からも、それは間違いありません。

     私としてはそれよりも、「個としての軸」が重要だと、これまた自分の経験から思います。「個としての軸」は、その人の決断にも、人生設計や戦略にも影響しますから、意識して確立する必要があります。

     ではどうやって「軸」を作るかですが、私がお勧めするのは、国籍も人種も年齢もバラバラな、できるだけいろいろな人と会うことです。多様な人々の間に入ると、自分の立ち位置や、重視している価値基準などが、客観的にくっきりと見えるようになります。

     若い方であれば、「自分が本当にやりたいことは何だろう」と、悩むことがあるかもしれませんよね。今度そう思った時は少しだけ頭を切り替えて、「私は誰の役に立ちたいのか」と、自分自身に問い掛けてみてください。心の奥で本当に大切にしていることや、望んでいる方向性など、これからの人生の「軸」となるものが、はっきりしてくると思います。

     私自身はこれからもスポーツを「軸」として、さまざまな活動を続けていきます。先日、病を得たある人が、「病気になって初めて、自分の心身の状態を客観的に観察する経験をした」と話してくれました。アスリートなら、その日の自分の体温や心拍数を観察して、練習に反映させるのは当たり前ですが、一般の人でも自分の身体の状態をきちんと理解することが、リテラシーとして社会に定着するよう、取り組んでいかなくてはと思います。やりたいことはたくさんありますが、コロナ収束後には、アジアの若いアスリートたちとの友好を育む活動も再開する予定です。

     若者にはこの先の長い未来があり、時間があります。そのうちの少しの時間とパスポートを使って、「世界」というカオスの中に身を置いてみてください。「同じ人間なのに、こうも違うのか!」という現実と、「民族や言葉が違っても、やっぱりみんな同じ人間なんだ!」という現実を、身をもって感じるだけでも人生が変わると思います。

    為末 大 氏

    館長を務める新豊洲Brilliaランニングスタジアムにて。スポーツを「軸」として、これからもやりたいことがたくさんある。

    グローバル人材育成プログラムについて

    IIBCは、国境のみならず、あらゆる境界を越えて世界で活躍する人材を育てたいと考えています。グローバル化やデジタル化で世界がますます複雑化していく時代に大切な「個としての軸」「決断力」「戦略・ビジネスモデル創出力」「異文化理解力」「多様性活用力」「コミュニケーション力」。グローバル人材育成プログラムは、これらを学び、考え、育む機会を、EVENTやARTICLEを通じて提供していきます。

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