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髙谷由布子氏「創意工夫のコミュニケーションでASEANをつなぎ、人をつなぐ」

創意工夫のコミュニケーションでASEANをつなぎ、人をつなぐ

競技ダンスに魅了され、部活一筋の大学時代を過ごしたという髙谷由布子さん。2年生で学年代表となり、4年生のときには130人が所属する競技ダンス部の女子部長も務めた。常に上を目指して努力を続けるそのひたむきさは、社会人になってからも変わることなく仕事に発揮されてきた。特に広報業務では、社内、社外、国内外、企業、個人、メディアと、多種多様な人々に対するコミュニケーションスキルを培った。やがてそうした経験や実績をバネに、初の海外赴任でシンガポールへ。人種も国籍も多様な仲間に囲まれ、躍進続くASEAN地域を舞台にした広報を担う。「いつも新しいことに挑戦していたい」と語り新境地を切り開く、髙谷さんの熱いチャレンジ精神に学ぶ。

プロフィール
髙谷由布子(たかたに・ゆうこ)
1987年、兵庫県生まれ。神戸大学文学部人文学科卒業。大学卒業後、江崎グリコ株式会社に入社。営業、人事、広報を経て2017年12月よりシンガポールに設立した地域統括会社 GLICO ASIA PACIFIC PTE. LTD. の初期メンバーとして参画。ASEAN地域における6カ国7社の社内コミュニケーションを担当。対外活動としては、メディアリレーション、コーポレートサイト運用、お客さま対応、CSRなど、社内外のコーポレートコミュニケーション全般に従事。

目次

  • 多様性活用力
  •      
  • コミュニケーション力

新たなチャレンジを求めてシンガポールへ

 現地法人の立ち上げにともない、シンガポールに赴任して、この年末で3年になります。当社はシンガポール、タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、ベトナムの、ASEAN6カ国7社を統括しており、私はそこで広報を担当しています。

 社外向けのコーポレートサイトや社内ポータルの制作運営、社内と社外のコミュニケーション、顧客対応、CSRなどが私の主な仕事で、シンガポール、マレーシア、フィリピン、ベトナムのローカル広報と、リージョン全体の広報を担っています。

入社8年目を迎えた30歳。新たなるステップアップの場として海外で働くことを決意した髙谷さん。

入社8年目を迎えた30歳。新たなるステップアップの場として海外で働くことを決意した髙谷さん。

 シンガポールに来ることが決まったのは、ちょうど30歳になった年でした。これからの人生やキャリアを考え、ステップアップの道を模索し始めた時期でもありました。そもそも私は、ずっと一つのことに取り組むよりも、節目節目にステージを変えて何か新しいことにチャレンジしたいタイプの人間です。営業、人事、広報を経験し入社8年目を迎えた当時の私にとって、一番チャレンジングに思えたのが、海外で働くことでした。

 そこで当時導入されていた会社の海外トレーニー制度に応募したのですが、希望していたインドネシアへの派遣は、結局その年は行わないことになり、がっかりしていたところへ、シンガポール行きの内示が出たのでした。もしかしたら、海外トレーニーに応募していたことや、ASEAN地域へ行きたいと希望していたことも、プラス要因になったのかもしれません。

 シンガポール支社は2017年6月に設立し、私は12月に着任しました。はじめの半年は、備品を揃えたり、ネットワークの構築サポートをしたりと、さまざまな準備に追われました。忙しくはありましたが、まるでベンチャー企業の立ち上げのような、わくわくする体験ができました。

“イングリッシュ”と“シングリッシュ”に悪戦苦闘。それでも「意外と何とかなった」

 海外に出てみて一番苦労したのは、やはり言葉の問題です。大学では部活一色の4年間を過ごし、就職してからも英語を使う仕事とはほとんど無縁でしたから、私の英語力は壊滅的に下がっていました。

 海外トレーニー制度に応募しようと思った頃から、少しずつ勉強を始めてはいましたが、シンガポール行きが決まった時点でも、まだまだ英語力は十分とはいえず、まさにチャレンジ精神で初の海外赴任に臨んだのでした。

 迎えてくれた上司はシンガポール人。同僚の国籍もさまざまです。最初は、話したいことがたくさんあっても、自分が英語で伝えられるのはそのごく一部、さらに相手に伝わるのはその何割かという状態で、何度ももどかしい思いをしました。

 また、シンガポールで話されている特徴的な発音やイントネーションの英語 “シングリッシュ”やシンガポーリアンの間で慣用的に使われている、独特の語いや言い回しにもとまどいました。例えばある朝、オフィスで誰かが話しています。「彼、今日はMCだって」「オッケー」。さあ、どういう意味でしょう? 実はシンガポールでは、ドクターからのMedical Certificate (MC)を会社に提出して、初めて病欠が認められます。だから「MC=病欠」なのです。このような初めての体験に多々直面し当初は悪戦苦闘したものの、今では地元の友達もたくさんできて、言葉をめぐる不安やストレスはほとんどなくなりました。

2020年3月撮影。Int'l Women's Dayの社内イベントにて。

2020年3月6日撮影。Int'l Women's Dayの社内イベントにて。赴任当初はジェスチャーや伝えたい思いなどを総動員して英語力を補ったが、今では言葉に関するストレスはない。

 ところで、英語の苦労話の後にちょっと矛盾するようですが、実はシンガポールに来る前の私には、「英語力は完ぺきではないけれど、行けば何とかなるだろう」という思いも、心の隅にありました。そして結果は、「意外と何とかなったな」です(笑)。

 そう言えるのは、それなりの理由があるからです。実際のコミュニケーションは、言葉だけで完結するものではありません。正しい文法も語彙ももちろん大切ですが、表情、ジェスチャー、伝えたい思いといった要素も大きいのです。それらを総動員して英語力を補い、一生懸命に話し、相手の言葉を理解しようと努めると、それなりにコミュニケーションは成り立つものです。それが分かったので、今は「相手に何をどう伝えたいか」を、まず考えるようにしています。

 そして、「言わなくても分かるだろう」という、日本流の以心伝心に頼らないこと。不確かなことはその場で確認し、英語が多少へたでも、できるだけ明確なやり取りを心掛けることが、「何とかなる」ための基本だと思います。

伝わらないコミュニケーション。その責任は発信する側にある

 これまでに英語と並んで苦労したのは、コミュニケーションそのものです。妹の一人が軽い知的障害をもっているので、私の家族はみんな、彼女がピンときやすい言葉を選んで話します。家族という小さな集団のなかでさえ、異文化コミュニケーションのような感覚があることを、私はこれまでの人生のなかで学んできました。それにも関わらず、その難しさにあらためて気づいたのは、日本で広報の仕事をしていたときでした。海外オフィスの広報担当者とのオンラインミーティングで、「では次回までにこれをやっておいてくださいね」と伝えて「はい」と返事が返ってきても、相手はいつも半分くらいしかやってこないのです。忙しくて対応する時間がなかったのだろうと思っていたのですが、何度も同じことが続くので、あるとき思い切って、こう尋ねてみました。「何に困っていますか?」と。

 返ってきた答えは、思ってもみなかったものでした。「説明された内容がよく理解できず、何をすればいいか分からなかった」というのです。私はちゃんと説明したつもりだったのに、相手は何をすればよいかをまったく理解していなかったのです。

 伝わらないコミュニケーションは、発信する側の責任だと私は思っています。こちらが当たり前と思っていることは、必ずしも相手の当たり前ではありません。相手が分かりやすいように話し、その人がちゃんと内容を理解しているか、確認しながら話を進めることは、コミュニケーションの基本ではないかと思うのです。

 あれ以来、誰かに指示を出すときは、何をしてほしいかだけではなく、それをやる目的は何か、そうすることでアウトプットはどうなるかなども含めて、相手がイメージしやすいように話すことを心掛けてきました。分からないことは遠慮なく質問してもらえる雰囲気づくりにも、もちろん配慮をしています。

 今の職場でも、こうした学びは生きています。タイとインドネシアの広報担当者との打合せで、合同ミーティングより、個別ミーティングが多いのもその表れです。広報の仕事の経験や、仕事に関する理解度は人によって違うので、一人一人と丁寧に話をし、その場で質問を受けたほうが、結果的に小さい労力でみんなの理解が深まるため、全員の足並みが揃いやすいのです。このようにコミュニケーション一つひとつに創意工夫を重ねています。

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