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日本を世界に開く。内閣官房の官僚からグローバル企業のマーケティングイノベーターに 加治慶光氏 アクセンチュア株式会社 チーフ・マーケティング・イノベーター

日本を世界に開く。内閣官房の官僚からグローバル企業のマーケティングイノベーターに

英語という共通言語を身につけ、自らの信念にしたがって、世界が直面する課題に対峙すること——。加治慶光さんが挙げる「グローバルに活躍する人材に求められる要件」は明快だ。企業戦略やマーケティングの領域など数々の組織でビジネスの最前線に立ち、また政府の立場から日本の国際広報活動にも足跡を残してきた加治さんに、グローバル時代における日本と日本人の役割を語ってもらう。

プロフィール
加治 慶光(かじ・よしみつ)
青山学院大学経済学部卒業。富士銀行、東急エージェンシー・インターナショナル、レオ・バーネット協同を経て、ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院にてMBA修了。日本コカ・コーラ勤務の後、タイム・ワーナーで映画宣伝部長、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントで、バイス・プレジデントマーケティング統括などを歴任。日産自動車にて高級車担当マーケティング・ダイレクターを務める。2016年東京オリンピック・パラリンピック招致委員会にエグゼクティブ・ディレクターとして出向。内閣官房官邸国際広報室参事官を経て、現職。文部科学省参与も務めている。

目次

  • 日本の強み
  • 日本と外国の橋渡し

グローバル企業で活躍するための3つのポイント

グローバルに活躍するためには、世界が直面する大局的な課題を知ること、ツールとしての英語、信念・自信をもつこと、この3点が重要という加治さん。

 2014年に内閣官房官邸国際広報室参事官としての任期満了に伴い、アクセンチュア株式会社のチーフ・マーケティング・イノベーターに就任しました。私の仕事はアクセンチュアのブランドをさらに日本で確立していくことです。アクセンチュアは世界120カ国以上に顧客をもち、戦略、デジタル、テクノロジー、オペレーション サービスを提供する世界最大規模の総合コンサルティング企業です。国内には約5200人の社員がいますが、私の直属の上司は日本にいません。PCやモバイル端末を使って、世界中の同僚たちと電話会議が開かれる。場所や時間の束縛もなく、国籍を意識することもありません。多くの方にアクセンチュアのことを知っていただければ、グローバルな組織の在り方について理解を深めていただけるのではないかと思います。そうすることによって、日本のグローバライゼーションを加速するお手伝いができるのではないかと考えています。
 政府で仕事をして実感したのですが、情報の流通や経済活動は国という枠組みを越えています。エネルギー問題、健康問題、環境問題、世界の深刻な課題は国単位では解決できません。これからの企業は、こうした地球規模の課題に対する解決策を提供できるかどうかが問われます。儲けだけを考え、嘘をついたりすれば、たちまちSNSでシェアされる。顧客が力をもつ時代です。私自身、まだ学びの途上ですが、長期的な視点が求められる課題の解決は、若い人達に望みを託すしかありません。いま自分ができることをやりつつ、若者達にさまざまな機会を提供したいと思っています。
 そのうえで、グローバルに活躍する人材には3つのポイントがあると思っています。
 まず第1は、世界が直面している大局的な課題について知ることです。人類共通の危機の前では国籍、宗教、肌の色、性別、年齢等の差異は単なる個性でしかなく、力を合わせて解決するという発想が求められます。まずはそのことを認識することで、自らと異なる個人や社会へのリスペクトが生まれるのではないでしょうか。
 第2に、ツールとしての英語を身につけることです。文献を読み、多様な人々の個性や心情を理解し、世界中の人々とコラボレーションをするためには共通の言語が必要です。そのためにはやはり英語力は欠かせません。
 第3に、信念、自信をもつこと。自信がもてないと相対的な自分の立場も分からない。相手のことも理解できません。

ビジネススクールで手に入れたものは

ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院の卒業式にて同級生達と。

 1991年、アメリカの大手広告代理店、レオ・バーネットの日本法人に転職したとき、私は英語が話せませんでした。「なんとかなる」と言われ入社しましたが、会議はほとんど英語(笑)。そのときは転職に失敗したと思いましたね。
 でも、なんとかしなくてはなりません。私は会議をすべて録音させてもらって、英語の発言を文字に書き出し、表現や言い回しを勉強しました。そうしていると、必要な言葉は500~600程度だと分かりました。3カ月ほどで暗記しました。そうしたら、いつの間にか英語の会議に出ることがcomfortableになりました。
 その後、世界中の法人社員が本社のシカゴに集まる会議がありました。このとき、フランス人、イタリア人、イギリス人、シンガポール人、そして日本人でチームを組んで、アメリカ市場である課題に直面している商品についての解決策を提案することになりました。ところが、日本人だけが議論の輪に入れなかった。衝撃でしたね。同じ言語圏、あるいは英語で教育を受けた人は同じ論理構造に基づいて議論ができる。このとき、ビジネススクールに行き、世界の人達がどんな共通概念に基づいて会話をしているのか知りたいと思いました。
 その後、95年から97年までノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院で学び、MBAを取得しました。サマーインターンとしてアメリカのコンサルティング会社で3カ月働いて、MECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive:ミーシー)などの基本的な思考フレームワークに関する考え方を叩き込まれました。MECEとは「重複なく・漏れなく」検証し、解決策を探すという、経営学やコンサルティングで使われる基礎的な思考法です。こうしたフレームワークひとつをとっても、成功した先達の定石を研究することで、誰もが成功の地図を手に入れられる。このときから外国人と働くことがcomfortableになりはじめました。
 アメリカのビジネススクールでの経験によって、日本という国のありがたみも再認識しました。70年間戦争をしていない。危機的な飢えも現在は存在していない。経済規模では世界2位(当時)。世界に誇れる特質ではないか。日本人としてのアイデンティティを感じ、日本に住み、日本語を話して暮らしたい。日本人が世界に開かれていくことを通じて、世界に貢献できるような仕事をしたいと考えました。
 その後、タイム・ワーナー、ソニー・ピクチャーズエンタテインメントで映画の宣伝に携わったあと、日産自動車に移り、マーケティング・ダイレクターになりました。映画と自動車が好きだったからです(笑)。

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